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第188話

 彼は去っていった。伊達に挨拶するのは、どうするべきか。頭を悩ませていると、

「夜見くん、行ってしまいましたね……」

「夜見くんらしいけどね。……伊達さんには、また後日挨拶しようか」

 確かに、その方が良いだろう。何か気まずいし。

「じゃあ、後はどうする?」

 会わない方が良い人間も居るかもしれないし、難しいところだ。米津に声をかけるか迷うが、望月との時間を壊すのは頂けない。

「仕方ない、解散にするか。月影、何かあったらいつでも連絡してくれ」

「そうそう! 離れても仲間だからね!」

 咲夜は月影を抱きしめた。月影は今日だけで何回抱きしめられたのだろう。さっきは長戸路にも抱きしめられていたような。やはり、サイズ感的に抱きしめやすいのか?

「……そうですね、お二人とも体調が悪くなったら頼ってくださいね!」

 その言葉は、とても頼もしい。月影も、悪夢退治を通して成長したということだろう。

「その時は、頼りにしてるからな」

 月影の頭に手をのせ、軽く撫でる。

「子ども扱いしないでください!」

 そう言いながらも、満更ではない表情の月影。まだまだ子どもっぽいところもあるんだな。

「では、私はこちらなので。また連絡します! 卒業おめでとうございます!」

 彼女は俺たちに背を向け、歩き出した。その背中が遠くになるまで、俺たちは見つめる。街灯が点き、暗くなった道を照らし始めた。

「……帰るか」

「そうだね。おじさんのところに顔出しとく?」

「そうするか」

 俺たちは月谷ネットカフェに向かう。道中では、三年間の思い出で盛り上がった。


「いらっしゃい、卒業おめでとう」

 おじさんは優しく俺たちを出迎えてくれた。顔が青白いのは、照明のせいだと思いたい。

「あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

 咲夜が席を立ったので、おじさんに一つ訊いてみることにした。

「そうだ、おじさん。東川鴎って何者なんだ?」

 おじさんは、目を見開いた。訊かない方が良かっただろうか。しかし、もう遅い。

「鴎、か……彼女は鶯の妹だ」

「そんなことはわかってる、もっと人柄とか……」

 おじさんは、黙り込んでしまった。

「……おじさん?」

 呼びかけても、口を開く訳ではない。気まずいな。何かおじさんと鴎の間にあったのだろうか。


「……鴎は」

 どれくらい時間が経っただろう、多分五分くらい。しかし、それだけの時間でも永遠に感じられるほど長かった。

「鴎は、鶯の妹で……昔は姉妹仲が良かった。だが、鶯が高校三年生の時、悪夢を見せ始めたあたりから……鴎は鶯のことを嫌い始めた。悪夢のことに気がついていた訳じゃない、それまで家に来ていた俺が来なくなったことに不満を覚えていたらしい」

 鴎は、いや……鴎もおじさんのことが好きだったのだろうか? 流石にそれはないか。

「どうして?」

「鴎は、鶯に早く家を出て行って欲しかったらしいな。元々姉思いの子だ、多分鶯に幸せになってほしかったんだろう。俺と二人で、な。だが、俺が家に来なくなった。別れたのを察したんだろう、鴎は鶯に突っかかることが増えたらしい。後半は伝聞だけどな」

 鶯のことを想っているのは、今でも変わらない気がするが。先程の鴎の話しぶりから判断するしかないけれど。

「そうだったのか」

訊いておいて、それしか感想が出なかった。少し申し訳ない。だが、コメントしづらいのも事実だ。

「まあ、鴎の話はこれくらいでいいだろう」

「ごめん、お待たせ! 何話してたの?」

 おじさんが話を切り上げたのと、咲夜が戻ってきたのはほぼ同時だった。咲夜はなにも怪しんでいない。おじさんにアイコンタクトをし、誤魔化して貰うことにした。

「昔話をな」

「そうそう、小さい頃から世話になってたから思い出してたんだ」

 咲夜は、ポニーテールをかき上げて「そうだったんだ、私もお世話になったから話に加わりたかったなぁ」と発言した。どうやら、無事誤魔化せたみたいだ。軽く胸を撫でおろす。

「俺はいつでもここに居るんだから、話に来たい時は来ればいいさ。コーヒー飲むか?」

「そうだね、コーヒー飲みたい! 獏は?」

「俺も飲もうかな」

 おじさんは席を立ち、「わかった」と言い残すとキッチンの方へ去っていった。俺と咲夜はそれを見送り、顔を見合わせる。

「獏と出会って、結構長い時間経ったよね」

「そうだな。小学校から高校まで一緒だもんな、会ったのはもっと前だけど」

 咲夜と初めて出会ったのは、確か五歳頃だったはずだ。親同士がその頃から仲良くし始めたとか、理由はそんな感じだった。もう、十年以上前になるのか。時間が経つのはあっという間だな。このまま結婚とか、するのだろうか?


 咲夜と昔話をしていると、おじさんが両手にコーヒーを持って戻ってきた。

「はい」

「おじさん、ありがとう」

 受け取ると、コーヒーの芳醇な香りが鼻を刺激する。一口飲むと、思考がクリアになる感覚があった。


「今日は親御さんも待っているだろうし、それを飲んだら帰るといい。俺はいつでも待ってるから」

 確かに、今日は外食だと親が張り切っていたような気がする。咲夜の家もそうなのかもしれない、高校の卒業式は人生で一回きりだから。

「そうだな。来たばっかりで悪いけど帰るよ。また顔出すから」

「私も。今日はお母さんがケーキ作ってくれてるの」

 咲夜の家は外食ではなさそうだ。しかし、手作りケーキとは羨ましい。我が家では、母親の技量的に作られることはないだろう。

「良いな、俺は外食だよ。じゃあ、おじさん。今日はこれで」

 コーヒーを飲み干し、カフェを出る。仲間で集ったカフェが、今日はやけに小さく見えた。

「じゃあ、獏。ここで。また連絡してね」

「おう」

 咲夜が家に入るのを見て、再び歩き出す。進路は違えど、これからも仲良く出来たらいいな。

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