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第182話

 翌日。新海先生は大体保健室に居るので、昼休みにそこを訪れることにした。


 午前中の授業を乗り切り、保健室へ直行する。他のメンバーは部室で待機している。夢の中での戦いになった時、対応できるようにだ。


 保健室の中に入ると、いつも通りの新海先生の姿があった。

「夢野くん、久しぶりだね。どこか悪いの?」

 相手にこちらの目的は悟られていないようだ。少し緊張しながら、俺は問いかける。

「いや、悪いとかではないですけど——先生、『トワイライト・ゾーン』って知っていますか?」

 先生の表情は変わらない。だが、俺には確信がある。新海先生があの組織に入れ込んでいるということを。

「知らないなぁ、それがどうかしたの?」

「いや、新海雪穂先生。絶対に知っているはずだ。東川鴎理事長に、何も知らないのかって迫ったことを俺は知ってます。まずは、俺の話を聞いてくれませんか」

 まだ先生の顔色は変わらない。余裕そうでもある。

「カウンセリングってこと? いいよ」

 反論したかったが、そんなことに割く時間はない。俺は無視して話を続ける。

「去年、俺が保健室で寝てた時に夢を見ました。その時、新海先生——あなたは夢に介入しましたよね。それだけじゃない、この学校の先生はみんな前理事長である月見野鶯の立ち上げた巨大組織……トワイライト・ゾーンの構成員だと鶯本人が言っていました。そして、鶯の死後鴎理事長に迫った新海先生。あなたが鶯の遺志を継いでいる、トワイライト・ゾーンの残党だということはわかっています。その上で、俺は残党の意志を潰しに来ました」

 一気に話したので、軽く息切れした。新海先生は、口元を歪めて返答する。

「よくわかったね、確かに私は空中分解してしまったトワイライト・ゾーンの一員だよ。あの時夢に介入したことを、覚えていたなんてね。ちょっと計算外かも。でも、意志は潰えない。私が鶯様の計画を継いで、人類ごと幸せにしてみせるから」

 やっぱり、あの時の黒髪美女は新海先生だったのか。納得するのと同時に気を引き締める。彼女は、トワイライト・ゾーンの中でもかなり手強いはずだ。悔しいが、昔の俺が自爆手段で強引に夢から覚めるしかなかったことがそれを物語っている。

「俺が——俺たちが必ずその野望を打ち砕く」

 新海先生は、ふっと微笑んだ後に「出来るかな?」とワントーン下がった声で言った。

「新海先生、そもそも貴女は勘違いをしています。鶯が不老不死を研究していた、その理由を。鶯は全人類を幸せにしたかった訳じゃない。自分と、愛していた人の幸せの為に研究をしていたんだ。鶯は貴女が思うような人格者じゃない」

 先生は、黙り込んでいる。少し間があいてから、彼女は語りだした。

「……それが、何だって言うの? そうだったとしても、私は遺志を継ぐ。研究は後一歩のところまで来ていたもの。鶯様が居なくとも、いや、むしろ今の話的に居ない方が……人類の幸せに貢献できるかもね」

 駄目だ、話が通じていない。語りで諦めてくれる訳ではなさそうだ。しかし、流石に女性に手をあげるのは気が引ける。神谷の時も少し思ったが、俺は甘いのかもしれない。

「……先生の考えはよくわかりました。俺はなるべく、戦うのは避けたいんですけど……仕方ないですね。今夜、夢の中で勝負しましょう。そこで先生が負けたら、潔く研究は諦めてください。先生が勝ったら、自由にしていいです。どうですか、この勝負」

「わかった、受けるよ。今夜だね? 絶対に負けない」

 即答だった。一切の迷いも見受けられない。負けるとは、思っていないのだろう。俺だって、負けるとは思っていない。これが、正真正銘最後の戦いになるはずなのだ。絶対に勝って、残党の意志を潰す。

「先生、今夜零時に夢で会いましょう。そろそろ授業が始まるので、俺はこれで失礼します」

 先生が何か言う前に、保健室から退出する。こうなったことを報告するために、スマホを取りだしメッセージを送る。

『今夜、新海先生と戦うことになった。とりあえず放課後、おじさんのところに集合で』


***


「新海先生って、やっぱりトワイライト・ゾーンの残党だったの?」

 おじさんのところへ向かっている途中で、咲夜に問われた。

「ああ、まあ……皆の前でちゃんと説明するよ」

「わかった」

 あんなに温厚そうな先生が、というのが咲夜の見解だろう。俺も、それはわからなくもない。だが、事実として新海先生は危険人物だ。そう思えない気持ちもわかるけど。

 そんなことを考えている間に、おじさんのカフェに着いた。俺たちを皆待っていたみたいだ。

「副部長、星川さん。待ってたわ。それで、新海先生はやっぱり残党だったのかしら?」

 望月の勘は鋭い……いや、あの文面だったら誰でもそう解釈するか。

「そうだ。昼休みに保健室で話したときにそう言ってた」

「やっぱり、この学校には残党がいたんだな。それで、勝算はあるのか?」

 暁人がこちらを向き、痛いところを突く。

「いや……正直な話、新海先生の能力はわからないからな……」

 弱気になってはいけないが、勝算があるのかと言われると微妙なところだ。一回夢で対峙しただけ——しかも、勝ったとは言い難い。

「じゃあ、ここで話し合いましょう~! 時間はまだあります、夢野くんも一人じゃありませんから。月谷さんにも意見を貰いましょう」

「あ、じゃあ私がおじさん呼んでくる! 待ってて!」

 咲夜はバタバタと部屋から出て行った。おじさんからも意見が聞けるのは、確かに頼もしいかもしれない。だが、おじさんは新海先生を知っているのだろうか。おじさんとは十歳以上歳が離れているはずだが……。

「呼んできたよ!」

 咲夜はすぐに戻ってきた。後ろにはおじさんがいる。

「話は聞いた、やっぱり残党がいたんだな。鶯も厄介な置き土産をしてくれたもんだ……」

 溜め息をつくおじさんに、俺は訊ねる。

「新海先生って、知ってるか?」

「いや、知らないな。鶯が引き抜いたんだろうが、俺と決裂した後のことだろう」

 俺の予想通り、おじさんは先生のことを知らないらしい。おじさんは申し訳なさそうだ。少し声が小さい。

「いや、いいんだ。俺も新海先生のこと詳しくは知らないからさ。だから困ってるんだけど」

 おじさんが知らないとなると、正直八方塞がりだ。相手の能力も不明のまま、対策しなければいけないのだから。

「新海先生は、保健の先生だよね? だったら、能力もそういう感じなんじゃないかな? 私たちが自分たちの立場に近い能力を持ってるみたいに、先生もそうである可能性は高いと思うんだよね」

 確かに、その線はありそうだ。だけど、保健の先生が持っていそうな能力ってなんだ?

「例えば?」

「ああ、咲夜の予想でいくなら『ドクター』みたいな能力じゃないか? やっぱり医療系の能力である可能性は高いと思うが」

 おじさんの予想は、多分正解に近い。というか、その見解を信じるしかない。情報があまりにも少なすぎるからだ。

「医療系、というと……後方支援系じゃないかしら。例えば、傷の完治を早めるとか。自分にも適用できる能力であれば前に出てくるかもしれないけれど……」

 望月の言うことも一理ある。確かに、ダメージを受けても治るのが早ければ俺たちと戦っても勝てる可能性を見出すかもしれない。先生が「絶対に負けない」と発言したのには、そういった能力事情があるのかもしれなかった。いや、この能力を持っていると決まった訳ではないが。

「望月、能力を予測するのはいいが決めつけるのは危険だと思うぞ。夢野が戦うとはいえ、僕たちもサポートをするのだから。もっと柔軟に考えなくては」

 そうだ、俺がメインとは言えど仲間がいる。新海先生は一人のはずだ。能力がどんなものであれど、数では俺たちの方が有利。それを崩さないためには、柔軟な考えも大事だ。

「そうですね~、私たちも夢野くんのサポートをしますから。邪魔にならないようにしましょう~。夜見くんの言う通り、柔軟に対応しなければいけませんね」

「偽時雨の時みたいに、連携して新海先生を倒そう! 戦える能力なのは私もそうだもん、武器を持ってくよ」

 皆の言動が、俺に勇気を与えてくれる。


ふと時計を見ると、午後六時を過ぎていた。

「とりあえず、大体の方向性は決まったし……一回解散にするか。結構いい時間だし。また深夜零時に、ここに集合にしよう」

「あら、もうこんな時間だったのね。この後に備えて、一度休息をとろうかしら」

「賛成です! では、失礼します」

 一人、また一人と部屋から出て行く。俺と咲夜とおじさんが、残っていた。

「獏、絶対に勝てよ」

「わかってるって。皆も居るんだし、絶対に負けない」

 これが正真正銘、最後の戦いだろう。

「じゃあ、また後でな」

 俺はおじさんに背を向け、家路を急いだ。

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