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第181話

 鶯の夢の中に入ると、いきなり地震が起きた。

「うわっ⁉」

バランスを崩した仲間に手を差し伸べ、見えている学校の教室の扉を開ける。


そこには、鶯が居た。彼女は机の上に座っていて、黒いタイツを履いた脚をスカートから覗かせている。学校の制服を着ているので、夢だということも一瞬忘れてしまった。

「やっぱり、女狐と一緒に何かしていたのですね。けれど、知っているかしら浩一郎。夢の中で命を落とすと、現実には戻れなくてよ」

 あまりにもいつも通り話すものだから、混乱してしまう。

「……そうだとして、どうしてそんなことを知っているんだ?」

 鶯は溜め息をつき、言い放った。

「随分疎いですわね。もう少し、勘が鋭いかと思いましたが……いいでしょう。それは、私が生徒たちに悪夢を見せてきたからですわ。負のエネルギーは不老不死の莫大なエネルギー消費に変換できますの。私と浩一郎がずっと一緒に居るためには、必要なことです」

 鶯を狂わせてしまったことに、罪悪感を覚える。元々は、高圧的ではあったが純粋な少女だったはずだ。それが、どうして。

「おい月谷、ぼーっとするな! 鶯お嬢、彼女の様子がおかし」

 小沢の言葉は最後まで発せられることはなかった。何故なら、針串刺しにされてしまったからだ。

「い、いやああああああああ!」

 その光景を見た仲間の一人が、絶叫した。鶯は、表情一つ変えず小沢だったモノを見ている。

「今からでも女狐と手を切れば、犠牲はこれだけで勘弁してあげますわ」

「……月見野さん。自分の幸福のためにこんなことやってきたのなら、貴女は間違ってる」

真奈は鶯の方に歩み寄る。鶯は動かない。俺は、情けないことに二人の対話を見ていることしか出来なかった。

「私の幸せ、というのは厳密には間違いです。私と浩一郎のことに口出ししないでくださる?」

「浩一郎くんは、確かに月見野さんと幸せになりたかったかもしれない。でも、犠牲が出る形でそうなりたい訳ではないと思う。ね、浩一郎くん」

 二人の視線が俺に向く。唐突に話題を振られたので、少し口籠ってしまった。

「あ、ああ。確かに、真奈の言う通りだ。俺は、誰かを犠牲にしてまで幸せになろうとは思っていない」

 鶯の目は、見開いている。

「何ですの、浩一郎まで——ずっと一緒に居ようって、約束したじゃないですか」

「あれは、不老不死になって永遠を生きようという意味ではないぞ」

 鶯の頬に、涙が伝った。予想外の出来事に、全員が一瞬怯んでしまったのがいけなかったのだろう。俺と真奈以外の仲間が、矢に胸を射られていたり小沢と同じ目にあっていたりと何らかの形で絶命してしまっていた。

「こんな、酷い……!」

 絶句する真奈をよそに、鶯は俺に近寄ってきた。

「……謝れば、この女狐のことは見逃してあげますわ。でも、私との時間は終わり。どうしますの?」

「……鶯、俺との時間は終わりだ。真奈を見逃してくれないか」

 これが、鶯との断絶だった。

「……わかりました。氷川真奈、貴女に光栄な仕事を与えますわ——私の部下になりなさい。そうすれば、浩一郎も貴女もこの夢から帰しましょう」

 真奈は、少しの間黙り込んだ。きっと、彼女なりに葛藤があったのだろう。どれくらい時間が経ったか——恐らく五分以内だったはずだ——真奈は口を開いた。

「わかった、約束だよ。月見野さんの部下になってもいい、だから浩一郎くんは無事に帰して」

「……つまらない結末でしたわね」

 付き合っていた最中には一回も見せたことのない、冷たい表情をこちらに向け鶯は指を鳴らす。その瞬間、視界が暗転した。


***


 なるほど、鶯とおじさん……そして氷川さんの関係性は理解できた。だが、鶯が今影響を及ぼしている可能性があるかどうかは正直判別できない。残党は、鶯のことをどれくらい知っているのだろうか。彼女が最初に不老不死に手を出したきっかけが、純粋な愛情だと知ったら——残党はどうするのだろう。

「聞き苦しい話ですまないな」

「ううん、全然! 鶯のこと、ちゃんと知れたし」

 咲夜がいつも通りなので、少し安心した。他のメンバーも、変な様子はない。

「それなら良かった。……それで、これからどうするんだ?」

 全員が黙り込んだ。沈黙に耐え切れなくなった頃、俺は話しだす。

「そうだな……。やっぱ、残党は潰さないとだろ。鶯の最初の思惑はわかったことだし、それを私物化するようなら夢で決着をつけるまでだ」

 何か、鶯の味方をしたとも捉えられる言い方をしてしまった。だが、皆そのことを咎める訳でもなく頷いている。

「夢野くんの言う通りです、残党の皆さんに改心してもらいましょう」

 月影が言いきった。覚悟は固いようだ。

「だね、鶯の最初の目的が意外と純愛だってわかったし。とりあえず明日、新海先生に話してみよう」

「そうだな」

 話がまとまった。おじさんは腕時計を見て、それから俺たちに視線を移す。

「もう遅い、今日は話を聞いてくれてありがとう。また何かあれば、いつでもここに集合してくれ」

「それでは、本日は解散にしましょうか。また明日!」

俺たちは、各々の家に向かって歩き出した。

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