翌日、また同じ場所に俺たちは集まった。おじさんの話を聞くためだ。
「覚悟は出来たの?」
咲夜が無邪気に問う。その声以外は、この場に存在していないかのような静寂。おじさんは頷き、語り出した。
「ああ、聞いている側も辛いかもしれないが——鶯が変わり出した頃の話からしようか」
***
「浩一郎、私たち、ずっと一緒ですわよね」
思えば、ここからだろう。鶯が狂い始めたのは。
高校二年生になり、クラス替えがあった。鶯と俺は違うクラスだったので、話す頻度が少しばかり減っていたんだ。
「当たり前だろ?」
「……それなら、良いのですが」
それでもって、俺は真奈と同じクラスだった。鶯は真奈のことが気に食わないらしく、他の人に接するよりも冷淡な態度で接している。
「あ、浩一郎くん! そろそろ授業が」
「うるさいですわよ、今は私と話していたでしょう。鬱陶しいのです。去りなさい」
真奈は一歩下がると、「ごめんね……」とそのまま去っていった。
「確かに、氷川の言う通りそろそろ授業だな。また放課後に」
「……そうですわね。また、後ほど」
鶯の声は震えていた。
「私、浩一郎と一緒に居たいですわ。早くこの学校から卒業したいです」
また違う日の鶯は、俺の腕に抱きついてそう言った。
「そうだな……」
そうは言っても、俺は大学に進学したい気持ちもあった。ネットカフェを経営するにあたって、経営学を学びたいと思っていたからだ。
「浩一郎、最近元気がないですわね。あの女狐のせいですの?」
「氷川のことをそんな言い方しなくても……」
鶯の真奈嫌いは加速していた。何が原因なのかはわからない、元々嫉妬深い性格だったのかもしれない。
「……そんなにあの女狐が大事ですの?」
鶯の声には、ぞっとするほど熱がなかった。付き合って一年以上経つ俺でさえ、恐れてしまう。
「いや、そういう訳では……」
「ですわよね、浩一郎は私だけのものですわ」
鶯は笑顔を見せると、「帰りましょう」と歩き出した。
この頃の学校は、何故か悪夢を見る生徒が続出していた。そこで、能力を持っていた俺は一人で悪夢退治を始める。原因もわからないまま、やみくもに退治しまくっている最中に仲間が徐々に増えていった。大半は、悪夢を見せられていた生徒の中で能力が発現した奴が俺のことを探し当てて声をかけてくることで仲間になっていった、という感じだ。真奈もその一人だった。
「浩一郎くん、この間夢で戦ってくれてありがとう。私にも手伝えることがあれば、いつでも言って。最近、私も夢の中で能力みたいなのが使えるようになって——人形を使って攻撃できるようになったんだ!」
「そうなのか。それは頼もしいな、よろしく」
こうして、俺たちの悪夢退治は正式に始動した。これが、俺と鶯をすれ違わせた最大の要因だろうな。
「最近、ぼーっとしていることが増えましたわね」
悪夢退治で睡眠時間が不足している中、鶯は呟いた。学年は三年生にあがり、受験も意識し始めていた頃だった。
「そうか?」
「はい。もしかして女狐と何かありましたの?」
「真奈と? いや、特に何も……」
鶯は険しい表情をしている。当時の俺は、その理由がわからなかった。
「……真奈? 随分と親し気ですわね」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
「浩一郎は、あの女狐に騙されています。可哀想ですわ、早くどうにかしないと」
鶯はその場から駆けていった。俺のせいで真奈が大変な目に遭うかもしれない、と思い俺も急いで教室に戻った。
結果から言うと、その時は真奈が無事だった。鶯は、居なかったんだ。
問題は、その日の悪夢退治の時に起きた。
「今日の悪夢の方向は……なあ、月谷。お前確か鶯お嬢と付き合ってたよな?」
俺たちの活動していた時は、悪夢を見る人間の方角を探知できる凄腕の占い師志望の奴がいたんだ。名前は、小沢。まあ、それはいいんだが……俺はその質問に「そうだけど」と答えた。
「今晩は、鶯お嬢だぞ。絶対助け出さなくちゃな!」
「ああ」
これが、このメンバーで行う最後の活動だとは思ってもいなかった。
***
その言葉の意味するところは、つまり。
「……おじさん、この後の展開ってさ」
何となく聞いたことがある。仲間を失ったとか、氷川さんとおじさんだけ生き残ったとか。
「皆には一度話したかもしれないな、詳細はまだだったかもしれないが……。もう一度聞くか?」
「うん、聞かせて」
「鶯のことを、知っていて損はないでしょう。聞かせてください」
咲夜と暁人がおじさんを見つめている。俺も、視線を再びおじさんに向けた。
「わかった。それなら、最後まで話そう」
おじさんは息を吐き出し、語り出す。