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第162話

 そうだ、鶯にも夢の中だけで使える力があるはずだ。まずはそれが何なのか見極めないと。むやみやたらな攻撃は危険だ。

「……来ませんの? 私はこうして貴方たちを選別している時が、何より楽しいので構いませんが……」

 さらりと恐ろしいことを言ってのけたな、こいつ。

「何ふざけたこと言ってるの⁉」

 これには咲夜も怒りの感情を抑えきれていない様だ。ただ、望月を庇っているからでたらめな攻撃は出来ない。それが救いだった。

「そういえば星川咲夜、貴方は一回研究所で実験致しましたわね。いかがです? 私の自慢の甥、東川颯は。良い子でしょう、私の言うことなら何でも聞いてくれますのよ」

 研究所に東川みたいな小学生が何故いるのかずっと疑問だったが、そういうことか。それにしても、甥でさえ道具扱いなのか。どこまでも恐ろしい女だ。

「……最悪だよ。自分の家族まで手駒なの?」

「そうですよ? 人類の幸福の為には仕方のないことです」

 駄目だ。救えない。鶯の思想は、俺たちじゃ変えられない。無理だ。ここまで愚かな人間を、俺は知らない。

「お前は、不老不死が何で人類の幸福になると思っているんだ?」

「それもまた、愚問——と言いたいところですが、考え方が違えばわからないのも当然ですわね。良いでしょう、お答えします。

 誰しも、死にたくはないでしょう? 勿論この世には死にたいと思う人も居るかもしれませんが……比率で言えば生きたい人の方が多いはずです。しかも、見た目が変わらないのであれば尚のこと比率は生きたい側に傾きます。私が為したいのは、生きたい人間を幸せにすること。その為に不老不死は絶対なのです。ご理解いただけましたか?」

「人間は、命に限りがあるから美しいんじゃないか? 鶯、お前は間違ってる。不老不死の世界なんて、幻想なんだよ」

 というか、幻想であってほしい。不老不死の人間なんて、夢以外で存在してはいけない。しかも、それは誰かの犠牲の上に成り立つものなのだとしたら、尚更だ。

「浩一郎みたいなこと言いますのね。ああ、関係性は言わなくて結構ですわ。浩一郎は、初代『グルメ』でしたもの。その力を夢野獏、貴方に渡したのでしょう?」

「話が早いな、流石おじさんの元カノ」

「浩一郎も、おじさんと言われる年齢ですか。早いですわね、月日が経つというのは」

 鶯は、溜め息をついた。見た目が美少女である彼女の溜め息は、煽情的に映る。

「まあ、そんなことはいいですわ。夢野獏、貴方は最後です。仲間を失うという絶望を味わって頂いた後に、じっくり嬲って差し上げますわ」

 鞭を持ち、こちらに歩み寄る鶯。全員の気が引き締まる。ここで、鶯を喰らっても同じことが繰り返されるだけだ。鶯を喰らって退避することは出来ない。となれば、もうここで彼女を倒すしかないのだ。改めて覚悟を決める。

「いきますわよ」

 彼女がそう言い放った瞬間、視界から消えた。何処に行ったのかわからず、辺りを見渡していると

「こちらですわ」

 と咲夜の居る方角から声が聞こえた。

「きゃあっ!」

 鞭が叩きつけられる音が聞こえた。そして、その後に誰かが倒れ込む音も聞こえてきた。

「チェックメイト、ですわね。命まではとりませんので、ご安心を。でも、この変身能力は頂いておきますわ——“悪用“されないうちに、私のものにします」

 何を言っているのかはよくわからなかった。だが、望月が危機的な状況であることは十分に伝わってくる。鶯は鞭を制服のポケットに入る程度に小さくし、望月に歩み寄る。

「では、頂きましょう」

鶯は、デコレーターで作られた檻の残骸を望月に突き刺した。

「げほっ……!」

辺りが鮮血に染まる。望月の胸を貫いている残骸は、絶えず赤い液体を望月の胸から滴らせている。

「なるほど、これが変身能力の味ですか——まあ、悪くはありませんわね。さて、次はどなたに致しましょうか……」

変身能力の味? 何を言ってるんだ、こいつ。望月は息をするのもやっとな様子だ。これ以上はマズいと判断したのか、月影が夢の世界の外から望月に手を差し伸べた。

「望月さん、今助けますからね!」

 そんな月影の言葉は虚しく

「あら、五人全員揃いましたわね。夢を制御する能力、欲しいですわ——効率良く悪夢が見せられそうですもの」

 と、鶯によってかき消されてしまった。しかも、想定しうる最悪の事態を引き起こして。

 月影が、鶯に腕を引っ張られこちら側に落ちてきた。まだ鶯の能力の全貌がわかった訳ではないし、望月もこのままだと息絶えてしまうだろう。パニックに陥りそうだったので、一度深呼吸をして鶯の能力に関して考えてみることにした。

 まず、“味”と発言したこと。能力の味を感じる手段があるとしたら、それは能力を食べることだ。だとしたら、鶯の能力は俺と同系統のものになる。何かといえば、『能力を喰らうことで自分のものにする能力』だ。恐らくは、こういった能力だろう。ただ、それは強力すぎる能力なので何かしら制約はあるはずだ。俺が一番最後、と言われているからにはそれを見つけ出す時間もあるはずだ。だが、仲間のことをそれで救えなかったというオチにはしたくない。だから、守りながら探すしかない。

 ……出来るのか? いや、やらなきゃやられる。やるしかないんだ。

「こんなことはもう、やめましょう……理事長」

「それは無理な相談ですわね。貴方の能力も頂きますわよ、月影まくら」

 鶯は、月影の肩に手をかざした。

「月影、それ以上触れられたら駄目かもしれない! 退避しろ!」

「わかってます、でも理事長の力が強すぎて——」

 月影の足は理事長によって踏まれていた。これでは避けたくても避けられない。

「……ふう、ご馳走様。夢を制御する能力は、便利なだけあって胃もたれしそうですわ……」

「おい、さっきから貴様は何を言っている? 味だの何だのと」

暁人が踏み込んだ。鶯の方はと言えば、「そういえばお伝えし忘れていましたわ」と暁人に向き直った。


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