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第163話

「私の能力は、他の能力者から能力を奪える。たったこれだけの、シンプルな能力ですのよ。だから今は夢の主導権は私にありますし、月影まくらと望月ネルミは一般人です」

「確かに、普段なら見えているものが見えませんね……彼女の話は本当、みたいです」

 俺の予想と、ほぼ同じだ。おじさんが現役だった頃も、こんな感じだったのだろう。おじさん以外のメンバーは能力を奪われ、為す術がなかったのだ。氷川さんも、恐らく引き抜かれただけ運が良く能力は奪われていたのかもしれない。実際、氷川さんは能力の話をしなかったし。

「……となると、時間が無いな」

「え?」

 ぽかんとしている咲夜に、暁人は告げる。

「望月のことだ。彼女は今一般人として夢に存在している。そうでなくとも、夢で命を落とせば現実に影響するだろう。だから、望月が生きているうちに勝敗を決しなければいけないんだ」

「そうだった、ネルミが生きてるうちに鶯を叩かないと!」

 咲夜の顔つきが真剣なものに戻る。と、同時に鶯は再び視界から消えた。

「能力で順序を決めるべきでしたわね——反省していますわ。夜見暁人、貴方の『デコレーター』は私が貰います」

 今度はどこから取り出したのか、二振りの刀が彼女の手に握られている。そしてそれは、暁人めがけて振り下ろされた。


「デコレーター!」

 自分の周りに強靭な壁を作り、暁人は防御した。しかし、こんなにデコレーターを使って体に支障はないのだろうか? 本当は我慢しているのではないだろうか、と不安になる。

「ふ、貴方の能力には使用制限があることも存じておりますのよ」

「……だから何だ。僕は全身全霊で貴様を倒す、それだけだ」

 自分が被害者になったこともある暁人は、強気だ。恐らく、一番組織に憎しみを持っているのも暁人だろう。

「そういった強情な点がなければ、きっとモテますわよ」

「減らず口ばかり……!」

 鶯は、瞬間移動でもしたかの様な速さで暁人の視界に割り込んだ。そしてそのまま、刀を暁人の腹部に突き刺す。まるでダンスを踊るかのような、軽やかな動きだった。

「貴様っ……!」

 暁人は膝から崩れ落ちた。彼の着ている服は、鉄臭い液体で汚れてしまっている。

「では、頂きますわ——なるほど、これは堅いですわね。でもまあ、構いませんわ。食べられないほどの堅さではありませんもの。夜見暁人、悪くはないですわ。この能力」

そして、鶯は咲夜の方に向いた。俺は最後で間違いなさそうだ。

「さて、星川咲夜に夢野獏。貴方たち、幼馴染なんですってね。私の力量上二人いっぺんにお相手できないのは申し訳ないです。安心しなさい、『グルメ』である貴方は最後です」

「何をっ……私たちで倒してみせるんだから!」

「咲夜、落ちつけ。時間が無いのと仲間がやられた怒りはよくわかる。だけど、冷静さを欠いたら確実に負ける。もう俺たちしか残っていないんだから」

 まともに戦ったら、俺たちの方が負けるのは目に見えている。そもそも夢の管理者は鶯だし、デコレーターの能力も彼女が所有している。他にも、まだ使っていない能力もあるかもしれない。先程の瞬間移動は清水時雨も使っていたはずだし。だとすると、神谷の幽霊を操る能力なども怪しい。あの能力の打開策は、未だに立っていない。使われたら今まで以上に苦戦するだろう。

「星川咲夜、貴方はデザイナー志望だと聞きました。だったら、この能力が適当かもしれませんわね」

 鶯が指を鳴らすと、煙が立ち込めた。反射的に手で口の辺りを覆うが、咲夜はワンテンポ遅れて少し煙を吸ってしまったみたいだ。

そして、同時に聞こえたガシャンという音。咲夜の立っていた方角だ。目線をそちらに向けると、バランス感覚を失ったのか咲夜が倒れている。

「咲……夜⁉」

 長袖を着ているから、腕はわからない。が、下半身はマネキンの様に変化していた。マネキンというよりは、大きな着せ替え人形みたいだ。多分、この煙の効果だろう。こんな能力まであったのか……。感心している場合ではない。咲夜は身動きがとれない以上、攻撃に転ずるのは不可能だろう。となると、俺と鶯の一騎打ちだ。勝てる気がまるでしない。

「あの時、浩一郎を逃したのはやはり失敗でしたわね。夢を食べられては、制御も何もありませんもの。それにしても、この強さでよく今まで誰も死にませんでしたわね?」

 挑発だ。のってはいけない。血まみれの理事長室は現実味に欠けるせいか、判断能力が鈍る。鶯はそこまで計算済みなのだろうか。だとしたら、とんでもない策略家だ。

「うるせえよ。お前こそ、今までずっと出てこなかったってことは自分に自信がないんじゃねえの?」

「なるほど、浩一郎が気に入る訳もわかりますわ。昔の浩一郎そっくりです、貴方は」

 鶯は再び溜め息をつくと、先ほどしまった鞭を取り出した。

「庇う仲間はもう居ません。貴方と私、どちらが生き残れるかに戦局は変わっているのです。しかし、私とて冷酷な人間ではありません。受け取りなさい。星川咲夜の力で本当に斬れるようになった模造品の日本刀ですわ」

 これは、素直に受け取っていいのだろうか。隠し武器でもあるのでは……。

「受け取りませんの?」

「こう見えて、用心深いんでな」

鶯は残念そうに、「何でわかりましたの?」と日本刀を捨てた。


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