「お前はどこまでも信頼できないな」
「まあ、悲しい。とはいえ、敵同士ですものね。仕方ありませんわね」
武器が無いというのは、とんでもなく不利だ。相手は咲夜の能力を使って、ありとあらゆるものを武器に出来るのに。だが、諦めたら終わりだ。月見野鶯に勝てなければ、全員実験送りなのはわかっているのだから。
「……さて。おしゃべりはここまでです。いきますわよ」
鞭で床を叩き、鶯は人工地震を作り出した。俺は不意をつかれ、バランスを崩してしまう。それを見逃す鶯ではない。彼女は瞬間移動で間合いを詰めると、鞭で一閃。俺の体は後方へ吹き飛んだ。幸い、致命傷にはなっていない。が、痛い。特にモロに食らった腹部が痛む。
「貴方の実力はこの程度ですの? もう少し本気を出したらいかがです?」
鶯が近づいてくる。
「仲間がやられてショックだとか、そんなおセンチなことを考えている暇があるなら戦ってほしいものですわ——もっとも、高校生にそれを求めるのは酷かもしれませんが」
コツ、コツとローファーの靴音を響かせながら。
「……喰らうぞ、この夢」
鶯はニヤリと笑った。大きな口が出現し、理事長室の一部を呑み込む。久しぶりにまともな使い方をしたが、これで得られる能力は何だろう。そう考えていると、俺の視界に映るものがあった。俺だ。どういうことだ?
「そうこなくては、面白くありませんわ」
視界は、俺を中心に据えて動いている。これは、もしかして鶯の視界か? 考えられるとしたら、それが妥当だろう。多分だが、俺は鶯と感覚を共有している。相手はそれに気がついていなさそうだ。これは、チャンスだろう。今の俺には、鶯が次放つ攻撃の位置が読み取れる。腹部にダメージを負っていても避けられそうだ。
かと言って、鶯の思考が読み取れる訳ではない。鞭を振るうその瞬間まで、下手な待避は出来ないのだ。
「……来ませんの?」
あまりにも動かない俺を、彼女は不審に思ったらしい。
「俺は慎重派なんでな。皆やられてるのに迂闊には動かねーよ」
「浩一郎と似てますわね、そういうところ──」
鶯が鞭を振るった。しかし、俺には軌道が読めている。簡単に退避すると、彼女は「まあ、素早いこと」と汗をかきながら言ってきた。思ったより余裕がないのかもしれない。不老不死の研究はまだ未完成なのか、それとも鶯も体力は年相応なのか。それはわからないが、相手が弱っているならチャンスだ。
「このままだと、どうやら私が不利のようですわね。何か能力を使ってみましょうか」
言うが早いか、鶯の体は光に包まれていく。これは間違いなく、望月の変身能力だ。
「へえ、見た目そのままコピーできるのは便利ですわね」
目の前に立っているのは、かつて俺が悪夢から救い出した北条優莉の姿だった。その姿だと、絶妙に攻撃しにくい。わかってやっているな、こいつ。何処までも計算尽くしの女だ。北条のことは、確かに生徒会長の立場を利用して熟知していそうだ。対象を理解していないと、変身能力は使えない。そのことをわかっていたのだろう。
「さて、どうします? 貴方は攻撃できますの?」
「……」
黙り込むしかなかった。北条の姿が仮であるとはいえ、攻撃するのは気が引けてしまう。本来なら、そんなに悩んでいる時間はない。これも鶯の用意していた罠だと考えるのが自然だろうか。
「見た目が違っても、中身は一緒だ。やってやるさ」
「まあ、お強い意志だこと」
鶯は、床に捨てた日本刀を拾い上げた。咲夜の能力で本当に斬れるようになっている日本刀で、俺のことを斬ろうとしているのだろう。だが、軌道は全て読めている。赤子の手を捻るより簡単に避けられる。流石に向こうも何か勘付いたのか、「おかしいですわね……」と動きを止めた。だが、感覚を共有しているという発想には至らなかったらしく再び日本刀を振った。そして、それを避ける俺。
「ちょこまかと……! では、こちらの能力で固めてみましょうか」
俺の足が、突如動かなくなった。見ると、床との間に足枷がされている。これは、暁人の能力か。敵に回すと厄介な能力だな。いや、感心している場合ではないが……。
「これでもう、チェックメイトですわ。大人しく能力をよこしなさいな」
マズい。非常にマズい。確かに間違いなく攻撃は避けられないし、能力も奪われるだろう。
だが、もしここで俺が鶯を食べたなら。そうすれば、皆の能力を取り戻せるかもしれない。皆、助かるかもしれない。
彼女の頭上に口を出現させ、頭から鶯を飲み込んだ。