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第165話

 聞こえるのは、俺と鶯の息遣いだけ。

「ここは……どこですの?」

 そう思って当然だ。俺だって、中に入ったことはない。ここは、夢を喰らう口の、内部だ。見事なまでに、今までの夢が蓄積されている。

「ここは、俺の能力の最果てだ。ここでは、能力も使えない。俺でさえ未知のことだらけだが、能力が使えないのは実感でわかる」

「悪夢がミニチュアみたいになってますわね。これは貴方の趣味ですの?」

「そんな訳あるか」

 そんな会話をしたくて、ここに鶯を落とし俺もついてきた訳ではない。

「鶯。お前の悪行に悩まされてきた奴らだ。これを見て、何か思うところはないか?」

「ないですわ。強いていうなら、マイナスのエネルギーを有り難く頂戴しました、という程度です」

 どこまでも終わっている女だ。性格の矯正はもう不可能だろう。

「それにしても、趣味の悪い空間ですこと。どうしたら出られますの?」

「俺が許可したら。俺だって、戦いたくて戦ってる訳じゃないんだ。話し合いで解決出来るなら、それに越したことはない。今ここには武器になるものもない。完全に二人きりだ」

「そうですわね。お仲間も見当たりませんし」

 鶯は意外にも冷静だ。俺の奥の手もわかっていたということなのだろうか。

「少し話をしよう」

「……いいでしょう。現時点では貴方の方が、私より優位です。元の世界に帰ればわかりませんが、ここは提案を受けた方が得策なことくらいわかりますわ」

 鶯は俺の横に座り込んだ。改めて見ると、白い肌はつるつるしており若々しく見せるのに一役買っている。他にも、よく手入れされた髪はハーフアップにされていたりその姿は『生徒会長である月見野帷』にしか見えない。

「じゃあ、質問からいくか。何故、『トワイライト・ゾーン』を作った?」

「愚問ですわね——不老不死の研究の為ですわ。天城グループを併合したのもその為。彼らが不老不死の研究で、使えるという確信があったからです。実際、よく働いてくれました。その為に犠牲になった方もいましたが、大義の為には多少の犠牲が必要なものです」

 言葉が出なかった。それは、恐らく天城妃奈と偽時雨のことであり本物の時雨のことも指しているとわかってしまったからだ。

「夢で集めた負のエネルギーは、今どうなってるんだ?」

「研究所に保管してありますわ。もうじき実験動物になる貴方には関係ないことなので、特別に教えておきましょう」

 鶯はこの状況でも、自分が勝てるという確信があるみたいだ。その自信が何処から湧いてくるのかは大変疑問だが、あれほど自信過剰だと少し羨ましい。

「なるほどな。取引をしないか、月見野鶯」

「取引?」

 彼女の表情に警戒の色が浮かぶ。

「ここから出してやる代わりに、皆に能力を返すんだ。特に月影は絶対だ」

 月影の能力があれば、負傷したメンバーの手当てが出来るはずだ。そうすれば、全員の命が助かる可能性も十分にある。

「なるほど。貴方のしたいことはよくわかりました——実際、私もこのままでは何も出来ませんしね。いいでしょう。正直、貴方がここまでやるとは思いませんでした。返却いたしましょう」

「破ったら問答無用でお前を喰うからな」

 念のため、そう脅しをかけておくが効果は薄そうだ。能力を解除して、元の理事長室に視界が切り替わった。

「……言われなくとも、約束は守りますわよ。夢野獏」

 鶯は月影に近づき、唇を重ね合わせた。何だか、見てはいけないものを見てしまった気分だ。

「月影、大丈夫か?」

「はい、なんとか……。能力も何だかわかりませんが、戻ったみたいです。私は他三人と共に一時的に脱出するので、その間は夢野くんにお任せしても大丈夫ですか?」

 顔を紅潮させている月影はレアだが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「任せとけ。そっちも任せたぞ、月影。俺もすぐに行く」

 既に身体は限界に近いが、強引に笑顔を作る。

「はい!」

 月影は、床に穴をあけるとそこから三人と共に退出していった。

「これでまた二人きりだな、鶯」

「ですわね。さて、どうしますの夢野獏。お仲間は相変わらず、復帰に時間がかかりそうですけれども」

 ここで俺がやるべきことは、時間稼ぎだ。また最果てに連れて行くのも悪くはないかもしれないが、結構身体的に負担がある。あれは出来てもう一回が限度だろう。だとすると、この部屋で戦うしかない。本来なら、ここで戦うだけでも消耗する体力は莫大なものだが……。やるしかない。今、俺が倒されたら全滅だ。

「どうもしねえよ。お前を倒すだけだ」

「威勢はいいんですのね——私としても、またあの場所に連れていかれると困るので、早々にカタをつけたいところですが」

 鞭による一閃をかわし、俺は言う。

「そんなに弱っちくねーよ、お前にやられるほど落ちぶれてもいない」

「確かに、他の四人に比べれば手強いですわ。貴方。流石リーダー、とでも言っておきましょうか」

 鶯に称賛されても全く嬉しくない。それどころか、不快だ。

「お前に言われても嬉しくねーな」

「まあ、私はこう見えても貴方のことは一目置いているのですわよ。力を正式に引き継いでいるのは、貴方だけですし。いい実験結果が出そうで今から心が躍りますわ」

「誰が実験に付き合うっつったんだよ」

 鶯との視覚共有はまだ続いている。彼女はその事実に気がついていないので、こちらの方が有利なことには変わらない。

「随分と逃げ回るのが上手ですわね。もう一度、『デコレーター』で固めてみましょうか?」

 『デコレーター』に視覚は関係ない。好きな場所を回数制限はあれど、自由に改造できるのだから。今、一番厄介な能力だと言えるだろう。味方であれば心強いのに……。いや、そんなことを考えても仕方がない。敵の能力と化した今、対策を立てる方が先だ。

「いきますわよ。デコレー「させるかよ!」

 跳躍。俺が先程まで立っていた場所が、見る見るうちに足先から固まっていく。

「この能力、意外と扱いが難しいですわね。かといって変身は貴方には効かなさそうですし……武器化も厳しい、となると……」

 独り言を呟く鶯。俺をどう仕留めるか、考えを巡らせているようだ。月影たちが戻ってくれば、一気に戦いの流れがこちらに向く。少しでも、時間を稼がなくては。

「何一人で考えてるんだよ、お前ごと喰うぞ」

「それは少々困りますわね。不老不死に近い私と言えど、夢で事故があれば現実で意識を取り戻すことはないでしょうから」

 こいつを喰うなんて悪食すぎるので、出来れば俺も遠慮したい。しかし、そうも言ってられないのが現実だ。実際には夢の中だが。

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