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第三十一章 これから編

第167話

 春休みなんて、あっという間に過ぎ去って俺たちは高校二年生になった。一部のメンバーとは今も連絡をとりあっている。その中で変わったことと言えば、いくつかあるが一番驚いたのは『米津と望月が付き合い始めたこと』だ。望月は色恋沙汰に疎いとばかり思っていたので、米津が報われて良かったなというのが俺の思うところだ。今度、咲夜の提案でダブルデートをすることになっている。正直、そういったことには不慣れなので不安だ。でもまあ、全員顔見知りだから何とかなるだろう。


 月影と暁人は変化なく日常を過ごしているみたいだ。みたいだ、というのは二人からの音沙汰が無いから想像するしかないという訳だ。月影がどうしているかはわからないが、高尾が振られたというのは知っている。高尾本人が、それで大分荒れていたからだ。今年はメンバーだった皆とは全員バラバラのクラスになってしまったが、新しい出会いも多かった。といっても、悪夢を見ていた人たちがこちらに気がついて声をかけてくるとかそんなのばっかりだが。


「それにしても、僕を情報通だと思われるのは困るな……。人間観察が趣味ってだけなのに」


 今年も同じクラスである成瀬は、こういうものの訊いたことには必ず答えてくれる。

「でも、何だかんだ知ってるだろ。俺は今年も同じクラスになれて嬉しいよ、成瀬」

「そうか……」

 彼は溜め息を零した。橋本と高尾が別のクラスなので、仕方なく俺と話してくれているのだろう。


 こういうのも良くないかもしれないが、成瀬がいてくれて助かっている俺もいる。去年からの知り合いというのはやっぱりデカい。それに、成瀬は恐らくツンデレだ。照れると口数が少なくなるのが、最近の発見だ。


「そういえば、月影って居ただろ。最近、学校に来ていないみたいだな」

 成瀬は話題を変えようとしたのか、月影のことを持ち出してきた。


「え? 月影が? 何で?」

「理由は知らない。北斗絡みなんじゃないか? 逆恨みされたとか」

 容易に想像出来てしまうのが怖い。俺は間髪入れずにスマホを取り出し、月影に連絡を入れる。


『久しぶりだな、最近元気か?』

 こういう時は、焦っていきなり本題をぶつけるのは良くない。まずはジャブだ。

『夢野くん、お久しぶりです。私は健康ですよ!』

『話したいことがあるんだけど、おじさんのカフェに放課後来られるか?』

『わかりました、行きましょう。放課後ですよね?』

『ああ。よろしくな』


 これで、月影から理由を聞けるだろう。授業が始まるのを告げるチャイムが鳴ったので、俺は自分の机に戻った。


***


 放課後。久しぶりの月谷ネットカフェ。俺は奥の部屋で、制服姿の月影と対面していた。制服を着ているということは、実は登校しているのだろうか。だが、それにしては疲労感が見られない。


「あの、お話とはなんでしょう……?」

 怪訝そうにこちらを見てくる月影。おじさんは空気を呼んだのか、表に出て行った。


「月影、最近登校してないらしいから気になってさ。何かあったなら力になりたいし」

「……」

 月影は黙りこくっている。

「月影?」

「登校出来ていないのは、事実です。何処でそれを知ったのかわかりませんが……」

 ぽつぽつと、言葉を紡ぐ月影。

「最初は、高尾くんを振ったことで精神的に疲れていただけだったんです。けれど、気がつけば学校に行くのが怖くなってしまって。私、中学の時も不登校だったんです。人と話すのも怖いくらいで。今は多少マシになりましたが、それはドリーム・イーターズの皆をまとめなきゃという意識があったからでしょうね。その責務から解放されたら、こんな感じになっちゃいました。本当に駄目ですね、私」

 引きつった笑顔で言われると、何も言い返せなくなってしまう。月影の今までの言動的に、過去に引きこもりの期間があったのは想像がついていた。「昔の私ならありえない」と時折口にしていたからだ。それも、仲間といる時に。

「駄目なんてこと、ないだろ。少なくとも、俺はお前が仲間で良かったと思ってるぞ。リーダーは月影以外には務まらなかったと思うし。あの中で一番責任感あるのお前だからな」


「夢野くん……」

 月影は、瞳に涙を溜めている。もう決壊寸前だろう。

「泣きたい時は泣けばいいんだ、月影」

「夢野くんっ……!!」

 彼女は、その場に突っ伏した。ぐす、と鼻をすする音が一番よく聞こえる。時間にしたら五分程度だろうか、月影は泣き止みこちらに視線を投げた。目が真っ赤に腫れていて、「これは泣いたな」と思われる容貌になっていた。


「すっきりしたのか、月影」

 そう問いかけると、

「はい。ご迷惑をおかけしました」

 といつもの声色で返された。もう大丈夫そうだ。漠然とした確信だが、月影は強い。そのうち登校して、元気な姿を見せてくれるだろう。


「じゃあ、帰るか。あんまりここに長居する理由もないしな」

「そうですね」

俺たちは立ち上がり、カフェを後にした。

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