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第172話

 確かに、鶯の意識が俺の中にあるというのも気持ち悪い。俺も解決するなら、それに越したことはない。

「問題は、どうすれば貴様を葬れるか……か」

「そうですわね。私自身、当たり前ですがこの様な経験は初めてなのです。なので、解決方法が全くわからず……困りますわ」

 鶯は頬に手をあて、考え込む仕草を見せた。長い足を組みかえるのは、黒タイツなこともあって少し煽情的に映る。

「私の能力やネルミの能力だと、葬るのは難しいかも……」

 確かに、咲夜の能力は夢で戦えるとは言えど意識を葬ることは難しいだろう。望月は変身能力なので、ダメージを与えることは咲夜より難しいだろう。

「だからといって、デコレーターに期待しても無駄だ。デコレーターはあくまでも『その場に何かを創造できる』能力であって、夢野と貴様の意識を切り離すことは出来ない」

 ……となると、残るのは俺と月影の能力か。俺は、月影に目線を投げる。

「……残念ですが、ドクターの能力は『夢の中に入った実体のあるメンバーの救出』。実体のなくなってしまった貴方には使えません」

「……となると」

 全員の視線が俺に向いた。

「夢野獏の能力は、元々浩一郎の能力です。浩一郎なら、裏技を知っているかもしれませんわね。どうかしら、ここは一つ浩一郎を夢に呼んでみては?」

 おじさんが、俺の夢に……。鶯とおじさんは、大昔に恋仲だったと聞いている。会わせて大丈夫なのだろうか?

「月影まくら、呼んできなさい」

「わ、わかりました……」

 支配する者特有の圧力を感じた。俺でさえ、背筋に寒気が走った。これが、元とはいえ学校の理事長か。月影は夢から脱出していった。


 数分後。「こっちです~!」という月影の声と共におじさんが姿を現した。夢の中におじさんがいる、という事実に現実味がわかず少し混乱する。

「鶯……本当に生きていたとはな。それに見た目があの時から全く変わっていないとは……」

「浩一郎、久しぶりですわね。私の不老不死研究は、あと一歩のところで打ち切りですわ。結構ショックですのよ、私」

 当然ながら、感動の再会ではない。おじさんは一度鶯を見ただけで、ずっと目線を別の場所に投げている。鶯はおじさんを凝視しているが。

「割り込むようでなんか悪いんだけど……おじさん、グルメの能力を使って、俺と鶯の意識を分断して鶯だけ葬ることは出来ないか?」

 おじさんは、俺を見て「そうだな……」と考え込んでしまった。そして、しばらく経った頃に再び口を開いた。

「不可能ではない、かもしれないが……俺もやったことがない。獏に出来るかどうかも、正直わからない。それでも良ければ、話そう」

「構いません、浩一郎——話しなさい」

 鶯は何処までも高圧的だ。おじさんはそれに慣れているのか、特に気にすることはなく続きを語り出した。

「要するに、今ここは獏の能力で例えると胃だ。手っ取り早いのは逆流させて、鶯の意識だけ吐き出させること。その為には、獏が一度能力を発動させたときに口の中に手を入れ、鶯を引っ張り出す必要がある。やれそうか?」

 答えは、この話を聞く前から決まっている。

「ああ。やってみる」

 確かに、出来るかはわからない。だが、この奇妙な状態を解消するにはそれしかないのだろう。

「じゃあ、早速いくぞ。喰らうぞ、この悪夢!」

 俺は能力を展開する。頭上に口が出現したのを確認したおじさんが、その中に手を入れた。

 途端に、吐き気に襲われた。しかし、これは俺自身のものではない。俺の能力が、苦しんでいるのだ。この能力と短い付き合いとはいえわかる。誰だって口の中に手を入れられれば、苦しい。地面が揺れ出した。まるで、えづいているかのようだ。

「これじゃ、鶯だけじゃなくて私たちも吐き出されてしまうのではないかしら」

 危機感を覚えたのか、望月が立ちあがる。

「別に問題はないだろう。僕らには肉体がある、目が覚めるだけじゃないか?」

 暁人はどこまでも冷静だ。吐き気でその場に蹲りながらも、俺は頷く。

「そうだと……思う。安心しろ、望月」

「私たちのことは心配しないで。獏、顔が真っ青だよ。大丈夫?」

 情けないことに、咲夜に心配をかけてしまった。本当はあまり大丈夫ではないが、これ以上心配をかける訳にもいかない。

「大丈夫だ、気にするな」

 胃液が逆流する感覚があったが、これも能力の影響だろう。皆の体が浮き上がった。

「……最後の挨拶くらい、しておきますわ。さようなら、皆さん。少しは楽しませてもらいましたわ、浩一郎とも最後の最後とはいえ再会出来ましたし。もう二度と、会いませんように」

 俺が盛大にせき込んだのと同時に、視界が暗転した。そして目を覚ますと、皆も同時に起き上がった。

「……上手くいった、のか?」

「どうでしょう……夢野くんの夢にもう一度入ってみて、彼女がいるかどうかで判断してみましょう」

 そうは言うものの、眠気など皆無だ。夢を見ていたので、脳は休まっていないはずなんだが……興奮しているのか?

 自分のことながらよくわからない。

「悪いけど、それは明日に出来ないか? 俺、びっくりするほど眠くなくて……」

 皆は顔を見合わせた。

「獏がそう言うなら、明日にするしかないか」

「そうね。副部長……夢野くんにこれ以上無理はさせられないわ」

 望月が俺のことを「副部長」以外の名前で呼んでくるのは、未だに慣れない。望月も、「副部長」と呼んでから訂正しているあたり、まだ不慣れなのだろう。

「明日もう一度、ここに集合してくれないか。付き合わせてごめん」

「構わない、深夜なら練習後だからな。奴らとの決着をつけるためなら、いくらでも付き合うぞ」

「私も。獏の中に他の人がいるとか、気持ち悪いし……」

 やっぱり、いい仲間を持ったな。俺。

「では、本日は解散で! また明日、月谷ネットカフェに集合しましょう~!」

 月影の言葉で、俺たちは帰路についた。


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