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第175話

 HRが終了したタイミングで、伊東先生に声をかける。

「先生、お昼休み空いてますか?」

「え? うん、空いてるけど……どうかした?」

 普段俺から声をかけることはないので、先生は驚いているみたいだ。

「ちょっと相談したいことがあって……」

「わかった、職員室に来て。どこか空いてる教室をおさえておくから、そこで話をしようか」

 先生は何かを察したらしい。そう言い残すと、教室から出て行った。とりあえず、第一段階はクリアだな。昼休みまでは適度に頑張ろう。

 教材を取り出し、理科室まで移動する。一時間目は生物だ。段々内容が難しくなってきているので、ちゃんと勉強しなければ。


***


 昼休みになったので、職員室へ向かう。

「伊東先生、いらっしゃいますか?」

 職員室の奥の方から、「今行くよ」と声が聞こえた。しばらくすると、珍しく白衣を脱いでいる伊東先生の姿が現れた。

「お待たせ。行こうか、ついてきて」

 先生はそう言うと、歩き出した。大人しくついていくと、相談室の扉が見えた。

「今日はここくらいしか空きがなくて……でも、密室だから声は漏れないと思う。で、相談って何かな?」

 先生は扉を開け、ソファに腰をおろした。俺も反対側のソファに腰掛ける。

「……鶯理事長が亡くなってから、何か職員室に変化はありませんか。どんな些細なことでも良いんです」

 先生は顎に手をあて、しばらく考える素振りを見せた後にこう答えた。

「そうだなあ……強いて言うなら鴎理事長のことを良く思っている人は居なさそうだとか? どういう理由なのかはわからないけどね。それに、心なしか時雨に対しても皆あたりが強い気がして……。夢野くんは、どうしてこのことを知りたがってるの?」

 流石に怪しいか。かといって、ここが校内である以上盗聴器がある可能性は十分だ。

「ああ、まあ……」

俺はスマホを取りだし、メモ機能に文字を打ち込む。

『放課後、校門前で待っています。来てほしい場所があるので、一緒に行きましょう』

 先生は画面を見た後に頷いた。先生はどの部活の顧問を務めている訳ではないので、放課後は暇なのだろう。

「まあ、とにかく。相談にのってくださりありがとうございました。俺はここで失礼します」

「うん、またHRの時間にね」

 立ち上がり、相談室を後にする。やっぱり、職員室事情は不可解な点がいくつかある。皆にも後で相談するか。

『今日の放課後は、月谷ネットカフェに集合で。俺は伊東先生を連れていくから、少し遅れる』


***


「ごめん、お待たせ。帰る準備に時間かかっちゃって」

 小走りで伊東先生が俺に向かってくる。当たり前かもしれないが、白衣姿ではなかった。多分、鞄の中に折り畳まれてしまってあるのだろう。

「大丈夫ですよ。じゃあ、向かいましょう」

「うん」

 俺たちはおじさんのカフェへと歩き始めた。


「それにしても、生徒と一緒に下校するなんて初めてだよ。まあ、夢野くんには時雨ともどもお世話になったから他の子よりは分かり合えてるつもりだけど」

 道中で先生が話しかけてきた。時雨との関係は、口ぶりから推測するに少しは改善したらしい。

「俺は大したことはしてないですよ。あれはあの人と先生が自分で頑張ったから」

 事実だ。俺がしたのは、夢を喰うことだけ。他のことは他のメンバーと時雨、そして先生が出した結果だ。

「……時雨はわからないけど、僕はそんなことないよ」

 先生はそう呟いた後、「そういえばどこに向かってるの?」と話題を変えてきた。

「ああ、俺の知り合いのおじさんがやってるカフェに……」

「そうだったんだ。カフェってことは、コーヒーとかあるのかな? 楽しみかも」

 おじさんが淹れるのはインスタントコーヒーなのだが、それは黙っておくことにした。楽しみをわざわざ潰す必要はない。しばらく他愛のない話をして歩いていると、見慣れた建物が視界に入った。

「着きました。ここです」

「月谷ネットカフェ……ああ、カフェってそういう……」

 先生はがっかりした様子だ。最初からネットカフェだと言っておけば良かった。だけどもう手遅れなので、さっさと中に入る。

「こんにちは、伊東優介先生。いつも皆がお世話になっております」

 おじさんが先生の姿を見るなり会釈した。こんな姿見たことないので、驚いてしまう。

「え、ええと……どうして僕の名前を……? というか、貴方は?」

 先生は困惑した様子で、おじさんに尋ねる。考えてみれば、おじさんと先生は初対面なのだから困惑するのは当たり前だ。というか、おじさんは何故先生の名前を知っているのだろう。誰かが教えたのか?

「失礼。俺はここのオーナーの月谷浩一郎。今集まってる彼らから、先生の話を聞いていたんです。鶯の件でも協力して頂いたようですし」

 やっぱり、おじさんに誰かが教えた様だ。先生はおじさんの口ぶりを疑問に思ったのか

「元理事長と、もしかしてお知合いですか?」

 と訊いた。おじさんは嫌な顔一つせず、「ええまあ、同級生でして」と答える。

「そんなことより、獏。皆が待ってるぞ。先生と一緒に奥の部屋に行っててくれ。先生はコーヒーか紅茶飲まれますか? 飲まれるようでしたら後で持っていきますが」

「コーヒー頂けるんですか? 急に来たのにすみません。お願いします」

「おじさん、俺にも。先生、行きましょう」

俺は奥の部屋に繋がっている扉を開いた。案の定、俺たちが一番最後に到着したみたいだ。全員の視線が先生に向く。

「お久しぶりです、伊東先生」

 真っ先に口を開いたのは望月だった。彼女は文系なので、今年先生の授業を受けていない。

「えーと……望月さん? だよね。久しぶり」

 先生が軽く会釈する。

「空いているところに適当に座ってください」

 俺が定位置に腰掛けながら、先生にも座るよう促す。彼は頷くと、マットの上に座り込んだ。

「……で、僕をここに連れてきた意味は何? 学校じゃ話せないことがあるとか?」

 普段は鈍感っぽいのに、変なところで勘が冴えている先生だ。

「そうです。昼休みにも訊きましたけど、最近職員室で変わったことはありませんか? 鴎理事長を好んでいる人間が居なさそうだとか、用務員へのあたりが強いとか以外で」

 昼休みに訊いたことをさらりと皆にも共有しておく。全員黙っているが、何か思うところはありそうだ。先生はそれには気がついていない様で、一人で語り出した。

「そうだなあ……新海先生が鴎理事長に「鶯理事長から何も聞いていませんか?」って訊いてるのは見たかな。他は本当に……さっき夢野くんが話したことくらい」

 新海先生。その名前は久しぶりに聞いた。俺が倒れて保健室に運ばれたときに、夢に侵入したであろう人物。保健室の先生というのは特殊な立ち位置だろうから、職員室でも浮いているのかもしれない。だから、多分伊東先生の記憶に残っているのだろう。


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