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第三十二章 過去編

第177話

 俺と鶯は、月見野学園高校の桜並木で出会った。艶やかな長い黒髪をたなびかせ、凛と歩いている彼女に一目ぼれしたよ。当時の俺は、まだ若かったから距離のとり方もロクに知らなくてな。というか、目の前を歩く彼女が月見野学園高校の理事長の娘だとは思いもしなかった。

「……あの」

 堪えきれず声をかけたあの時から、俺と鶯の因縁は始まったのだろう。

「どうかしましたの? この私に何か用でも?」

 振り返った彼女の顔は、人形の様に美しくて。この世のものではないのではないかと疑った。

「いや、大した用じゃないんだ。ただ、あまりにも桜と君が合っていたから思わず」

「ふふ、変わったお方。私は月見野鶯。貴方のお名前は?」

 微笑む鶯は、女神のようだった。神の姿なんて知らないが、存在していたらきっと彼女みたいな感じなのだろうと思ったことを今でも覚えている。

「月谷浩一郎。胸のエンブレムが同じ色ってことは、月見野さんも新一年生だろ? 一緒に入学式の会場に行かないか?」

 鶯は目を丸くして、こう答えた。

「まあ、良いですわ。私のことは鶯、と呼んでもらって構いません。浩一郎、行きますわよ。遅刻してしまいます」

「ああ、急ごう」

 鶯は無意識だったのだろうが、手をとられた時はドキドキした。ひやりとした彼女の手の感触も、よく覚えているよ。


入学式の会場に着くと、鶯は手を放して言った。

「私、新入生の挨拶の代表なので席が決まっていますの。浩一郎、楽しかったですわ。私はこれにて失礼します」

 一礼し、彼女は去っていった。適当な席に座り、入学式の開始を待つ。


 しばらくして、入学式が始まった。俺の頭の中は、鶯でいっぱいだったよ。単純だろう? 鶯の凛とした声での挨拶も、聞き惚れていた。本当に一直線で……懐かしいな。

 入学式が終わった後、クラス分けを見てびっくりしたよ。鶯と同じ席だったから。最初は出席番号順になっているクラスの席で、俺と鶯は前後の位置だった。

「まあ、また会いましたわね。もしかして、運命だったりして。うふふ」

「……そうかもな」

 素っ気なく返すのに必死だった。

「今のは笑うところですわよ」

 そう言ってニヤッと笑う鶯の姿さえ、美しいと思ってしまった。


***


 なるほど、おじさんの一目惚れだったのか。確かに俺が見た鶯も、美人ではあったけど……。

「今日はここまでにしよう、この話は長いからな。そろそろ皆家に帰る時間だろう」

「わかった。おじさんも、気がついたこととかあったら言ってくれよな。また明日、ここに集合しよう! おじさん、大丈夫だよな?」

「勿論だ」

「じゃあ、今日は解散! また明日」

 俺たちはバラバラと帰路についた。


「それにしても、おじさんが先に惚れてたんだね。びっくりした……」

 隣を歩く咲夜が言う。

「確かに、それには俺もびっくりだよ。おじさん、あんまり色恋に興味なさそうなのに」

 結婚もしてないし。いや、今日の感じだと鶯のことを引きずっていて出来なかったのかもしれない。未練が無いように見えても、それはそう取り繕っているのかもしれないな……。

「だよね。あ、私ここだから。また明日ね!」

「おう、また明日」

 咲夜が家に入ったのを確認し、俺も再び歩き出す。夕飯は何だろうな……。



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