翌日の放課後。俺たちは宣言通り、月谷ネットカフェに集まっていた。
「今日は、変わったことはありましたか?」
月影が皆に問う。誰もが首を横に振る。そう簡単に日常は変わらない。早く残党を潰さなければという思いだけが先走る。
「……そうですよね、昨日の今日では流石に変わらないですよね」
俺の心を読んだかのような発言だ。少しびっくりしたが、月影は読心術が使える訳ではない。ただの偶然だろう。
「……おじさん呼んでくるよ。昨日の話の続きを聞けば、何か手がかりがあるかもしれない」
おじさんと鶯の関係が、どのように変化していったのかは単純に気になる。席を立ち、カフェスペースに向かう。
おじさんは写真を眺めていた。写っているのは、制服を着たおじさんらしき人物と鶯だ。鶯の方は俺が見た時と見た目が変わっていない。
「おじさん、あのさ」
「何だ? 獏」
おじさんの視線がこちらに向くのと同時に、写真は伏せられた。
「皆、昨日の続きを聞きたがってるんだ。よかったら話してくれないか」
「わかった、今行く」
おじさんは立ち上がり、奥の部屋へ向かう。俺もそれについていく。
「あ、来た!」
「今日はどんな話なのかしら。手がかりになることがあれば良いけれど」
皆が期待に満ちた目でおじさんを見ている。おじさんは咳払いをすると、「大した話ではないけどな」と置いて語り出した。
***
俺と鶯の距離は、入学式以降急速に縮まっていった。だが、俺には秘密にしていることがあった。
今は、獏が持っているグルメの能力のことだ。俺は誰かに譲られたわけではなく、最初の持ち主だったがな。流石に非現実的すぎて、引かれると思ったんだ。
鶯は俺の悩みなんて知らず、日に日に距離を詰めてきた。
「浩一郎、今度私の家に来ませんか?」
「家?」
異性の家なんて行ったことがないから、声が裏返ってしまった。
「はい。お父様に学校での友人を紹介して欲しいと言われましたの。私の友人といえば、浩一郎くらいしか居ませんもの。このクラスの女性陣には何故か避けられていますし。どうでしょうか」
鶯が避けられているのは、彼女の態度が不遜すぎるからだ。本人が気づかないと意味がないのだが。
流石に迷った。だが、鶯の瞳を見てたら断りづらくなって
「ああ、いいよ」
と承諾してしまった。鶯は目を輝かせ、こう言った。
「では、執事を浩一郎の家まで迎えに行かせますわ。家の場所を教えてくださる?」
「わかった」
俺は素直に住所を教えた。不用心だよな、今考えると。
「あら、そろそろ授業ですわね。また後で」
彼女は凛とした表情に切り替わり、黒板と先生に視線を移した。
真奈と話したのも、この頃だったな。
「ねえ、月見野さんと何話してたの?」
真奈は真奈で、若く見えるが……当時は普通だった。俺に話しかけてくる人も珍しいので、答えることにした。
「ああ、家に来ないかって……」
「えー⁉ 凄いね、月見野さんの家って大豪邸なんでしょ?」
知らなかった、とは言いづらい。確かに執事がいて、理事長の娘なのだから裕福なのは当たり前だ。凄い誘いを受けてしまったかもしれない。
「そうらしいな」
今知った情報を、さも知っていたかのように話す。鶯はトイレに行っていたが、戻ってくるなり真奈を睨みつけ鋭い声でこう言った。
「ちょっと、氷川さん。私の家のことをむやみやたらに話さないでくださる?」
「あ、うん……ごめんね」
真奈は去っていった。鶯は溜め息をつくと、何かを呟いた。
「ん? 何か言ったか?」
「いえ、大したことではありませんわ。そんなことより、折角のお昼休みです。早く行かないと、食堂が混んでしまいますわ。財布は持ちましたか? 行きましょう」
俺の返事を聞かずに、彼女は手を繋いで食堂へ走った。風紀委員と途中出くわしたが、鶯の顔を見るなり避けていった。やっぱり、彼女は有名人のようだ。
***
「鶯って、当時から変わらないんだな……」
先ほど写真も見てしまったから、真っ先にその感想が浮かんだ。おじさんは頷き「そうだ」と返す。
「おじさんの恋バナって新鮮かも。恋愛してるイメージないから」
咲夜はどこまでも素直だ。おじさんは苦笑気味に「そうかもな」と言った後にこう続けた。
「まあ、俺にも若い時があったんだよ」
「そっか」
それは当たり前だろ、と思ったが口は挟まないことにした。他のメンバーも静観している。
「それで? 鶯の家はどうだったんですか?」
場の空気が静まり返る前に、暁人が問う。おじさんは「そうだな……」と呟くと再び語り出した。