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第178話

 翌日の放課後。俺たちは宣言通り、月谷ネットカフェに集まっていた。

「今日は、変わったことはありましたか?」

 月影が皆に問う。誰もが首を横に振る。そう簡単に日常は変わらない。早く残党を潰さなければという思いだけが先走る。

「……そうですよね、昨日の今日では流石に変わらないですよね」

 俺の心を読んだかのような発言だ。少しびっくりしたが、月影は読心術が使える訳ではない。ただの偶然だろう。

「……おじさん呼んでくるよ。昨日の話の続きを聞けば、何か手がかりがあるかもしれない」

 おじさんと鶯の関係が、どのように変化していったのかは単純に気になる。席を立ち、カフェスペースに向かう。

おじさんは写真を眺めていた。写っているのは、制服を着たおじさんらしき人物と鶯だ。鶯の方は俺が見た時と見た目が変わっていない。

「おじさん、あのさ」

「何だ? 獏」

 おじさんの視線がこちらに向くのと同時に、写真は伏せられた。

「皆、昨日の続きを聞きたがってるんだ。よかったら話してくれないか」

「わかった、今行く」

 おじさんは立ち上がり、奥の部屋へ向かう。俺もそれについていく。

「あ、来た!」

「今日はどんな話なのかしら。手がかりになることがあれば良いけれど」

 皆が期待に満ちた目でおじさんを見ている。おじさんは咳払いをすると、「大した話ではないけどな」と置いて語り出した。


***


 俺と鶯の距離は、入学式以降急速に縮まっていった。だが、俺には秘密にしていることがあった。


 今は、獏が持っているグルメの能力のことだ。俺は誰かに譲られたわけではなく、最初の持ち主だったがな。流石に非現実的すぎて、引かれると思ったんだ。


 鶯は俺の悩みなんて知らず、日に日に距離を詰めてきた。

「浩一郎、今度私の家に来ませんか?」

「家?」

 異性の家なんて行ったことがないから、声が裏返ってしまった。

「はい。お父様に学校での友人を紹介して欲しいと言われましたの。私の友人といえば、浩一郎くらいしか居ませんもの。このクラスの女性陣には何故か避けられていますし。どうでしょうか」

 鶯が避けられているのは、彼女の態度が不遜すぎるからだ。本人が気づかないと意味がないのだが。

 流石に迷った。だが、鶯の瞳を見てたら断りづらくなって

「ああ、いいよ」

 と承諾してしまった。鶯は目を輝かせ、こう言った。

「では、執事を浩一郎の家まで迎えに行かせますわ。家の場所を教えてくださる?」

「わかった」

 俺は素直に住所を教えた。不用心だよな、今考えると。

「あら、そろそろ授業ですわね。また後で」

彼女は凛とした表情に切り替わり、黒板と先生に視線を移した。


 真奈と話したのも、この頃だったな。

「ねえ、月見野さんと何話してたの?」

 真奈は真奈で、若く見えるが……当時は普通だった。俺に話しかけてくる人も珍しいので、答えることにした。

「ああ、家に来ないかって……」

「えー⁉ 凄いね、月見野さんの家って大豪邸なんでしょ?」

 知らなかった、とは言いづらい。確かに執事がいて、理事長の娘なのだから裕福なのは当たり前だ。凄い誘いを受けてしまったかもしれない。

「そうらしいな」

 今知った情報を、さも知っていたかのように話す。鶯はトイレに行っていたが、戻ってくるなり真奈を睨みつけ鋭い声でこう言った。

「ちょっと、氷川さん。私の家のことをむやみやたらに話さないでくださる?」

「あ、うん……ごめんね」

 真奈は去っていった。鶯は溜め息をつくと、何かを呟いた。

「ん? 何か言ったか?」

「いえ、大したことではありませんわ。そんなことより、折角のお昼休みです。早く行かないと、食堂が混んでしまいますわ。財布は持ちましたか? 行きましょう」

 俺の返事を聞かずに、彼女は手を繋いで食堂へ走った。風紀委員と途中出くわしたが、鶯の顔を見るなり避けていった。やっぱり、彼女は有名人のようだ。


***


「鶯って、当時から変わらないんだな……」

 先ほど写真も見てしまったから、真っ先にその感想が浮かんだ。おじさんは頷き「そうだ」と返す。

「おじさんの恋バナって新鮮かも。恋愛してるイメージないから」

 咲夜はどこまでも素直だ。おじさんは苦笑気味に「そうかもな」と言った後にこう続けた。

「まあ、俺にも若い時があったんだよ」

「そっか」

 それは当たり前だろ、と思ったが口は挟まないことにした。他のメンバーも静観している。

「それで? 鶯の家はどうだったんですか?」

 場の空気が静まり返る前に、暁人が問う。おじさんは「そうだな……」と呟くと再び語り出した。


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