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第64話 たくさんのマスコミ

 試写会ってマスコミの数がすごいんだなぁ。数えるのが嫌になるほど、報道の腕章をつけた人たちが目についた。

 人の数に圧倒され、しかも人ごみが嫌いな私は映画館のロビーにいるマスコミたちを見るだけでくらくらしてしまう。

 きっと、セプトリアスの分裂騒動がなければここまで人、集まらなかったと思うんだけどな……まさかマスコミの話題になるのを狙ってあの時期に公表したとかあるのかな、どうなんだろう。

 試写会の前に舞台挨拶があるそうで、そのときマスコミの撮影タイムになるらしい。

 ……賑やかそうだなぁ。そう思うとげんなりしてしまう。

 質問タイムとかあるんだろうか。きっと皆、セプトリアスがなぜ分裂することになったのか知りたいよねぇ。メンバーの多くはSNSをしているんだけど、誰も何にも語っていないらしいから。

 私でもちょっと気になるんだもん、ファンは気をもんでいるだろうな。

 セプトリアスのCDなどは品薄が続いているけれど最近になってメーカー出荷が増えてきていて、来週にはどの商品も小売店には入荷する運びとなっている。そうなるとまた、ランキングの上位をセプトリアスで埋めそうだな。

 配信のランキングを見ると軒並みセプトリアスが上位を占めているんだもの。グループがなくなるわけじゃないのに影響力がすごい。

 セプトリアスってアイドル人気的にはそこまでじゃないと思っていたのにな。

 しばらくすると映画館の開場となった。中に入ると女性客の姿がとても目立った。試写会って抽選なのかな。私たちみたいな関係者と思われる人たちの姿の他、セプトリアスのファンと思われる子たちが、さりげなくアクリルキーホルダーや缶バッチをつけていて、脱退のことを話をしているのが聞こえてくる。


「綾斗が抜けるの、すっごいショックなんだけどー」


「ねー、驚いたね。この映画って年明け上映の予定だっけ? 主題歌のシングル出るの、早くない?」


 確かに早いよね。こういうのって映画の公開に合わせて出すイメージだったけど、なにか理由、あったのかなぁ。


「すごいですね、人」


 感心したようにななみが呟き、鍵村さんが頷く。


「ほんとだよね。マスコミの数、いつもよりだいぶ多いし。だから警備もふやして費用が……」


 そこで鍵村さんは言葉を切りため息をついた。あ、費用がかさんだのね。宣伝効果はありそうだけど、公開はまだ先だし大変そうだなぁ……

 私たちは後ろの方の席に座り、開演を待つ。

 会場内はどんどん人が入ってきて、あっという間に満員となった。

 前方にはカメラを持ったマスコミが何人も並び、出演者たちが出てくるのを待っている。

 なんだろう、私、出演者でもなんでもないのに変に緊張してきた。今まで経験したことのない空気が場内に蔓延している感じがして、すごく居心地が悪い。早く始まらないかな。空気に飲まれて、ただ見に来ただけの私がすごくそわそわしてしまう。

 伏見綾斗は何か語るのかな。

 そんな声が方々から聞こえてくる。

 ドキドキしながら待っていると、ベージュのスーツを着た、司会と思われる女性が現れて会場内が静けさに包まれた。


『本日は皆様、お越しくださいまして誠にありがとうございます。映画、「ルナティックゲート」試写会に先立ちまして、出演者の皆さまからご挨拶がございます。では、拍手をもってお出迎え下さい!』


 司会の言葉と共に割れんばかりの拍手が、会場に響き渡る。

 すると、出演者である俳優たちがスクリーンの前に現れて、ものすごいフラッシュがたかれる。

 警察と探偵のバディものなので主役はふたりだ。

 最初に入ってきたのは茶髪の俳優、谷充希。彼は警察の役だ。彼に続いて入って来たのが、探偵役の伏見綾斗だった。こうしてみると……やっぱりあんまり湊君と似てないな。お父さん似とかお母さん似とかあるのかな。

 出演者たちは笑顔で手を振って、拍手にこたえている。

 基本、サスペンスドラマしか見ないから、あんまり俳優さん、知らないのよねぇ。

 女性の方は名前がわからないや。

 司会の女性がそれぞれの演者さんの役名と名前を言っていき、名前を呼ばれた俳優さんは前に出て頭を下げる。

 綾斗が前に出てきたときが一番拍手と歓声が激しくて、


「すごっ……」


 と、隣に座る鍵村さんが呟いたのがわずかに聞こえた。

 確かにすごい。アイドルって、こんなにたくさんの人たちを熱狂させることができるんだなぁ。


「あやとー!」


 方々から声があがり、本人は笑顔で手を振ってそれに答えている。

 すごい、しか言えない。こういうの初めてだから気圧されてしまう。

 演者たちの紹介が終わり、司会者さんが映画について質問していった。


『今回の映画はアクションが多い、とのことですが伏見さん、アクションはいかがでしたか?』


『そうですね、ドラマでも格闘シーンはやったことはあるんですけど、それとは比較にならない位多くて、アザをつくることもありました』


 そこでまた歓声が上がる。ファンってすごいな……私、ここまで熱狂したことない驚きの連続なんだけど。

 その後も質問が続いたけれど、マスコミからの質問受け付けはなかった。


『では、最後に一言ずつ、みなさんお願いいたします』


『皆さん、報道でご存じのように、僕は十二月でセプトリアスとしての活動を終了します。ですが、歌や俳優としての活動を辞めるわけではないので、応援してくださいますと幸いです』


 綾斗の言葉の後、ひときわ大きな歓声と拍手が続く。

 活動は続けるのね。ということは、噂通り元アイドルの相川秀星がつくった事務所に移動するのかなぁ。

 マスコミから綾斗に対して質問の声が上がるけれど、司会者の人はそれを無視して他の演者に声をかけていく。そして全員のコメントが終わった後、司会者は演者たちに退場を促した。


『では皆さま、大きな拍手でお見送りください』


 そう司会者が言うけれど、マスコミの声は止まらない。


「伏見さん、今後、相川氏がつくった事務所、エトワに移るんですか?」


「脱退理由はなんですか!」


 そんな声が飛び交うけれど、演者たちは何も答えず出口へと向かっていく。


「あやとー!」


 という歓声に、伏見綾斗は笑顔で答えて手を振ると、悲鳴に近い声があがった。

 最後まで伏見綾斗のターンって感じだったなぁ。

 俳優たちが退場すると、まるで嵐の後のように場内は静まり返る。

 喧騒が終わり、マスコミたちがすごすごと退場しいよいよ映画が始まる。

 ブザー音の後館内は暗くなり、スクリーンに映像が映し出された。



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