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第66話  誕生日

 そして十月十二日土曜日がやってきた。今日は湊君の、二十五歳の誕生日だ。

 朝、七時に目を覚ました私はばたばたと起き上がり、ベッドの下に隠してあったプレゼントを取り出す。

 ネックレスが入った小さな紙袋と、エプロンが入った青いラッピング袋だ。

 これ、やっぱり夜、渡すのがいいよねぇ。

 夕飯は外に食べに行って、帰ってきてケーキを食べる予定だから、そこで渡せばいいかな。

 あー、なんだかドキドキしてきた。

 お昼になったらケーキを取りに行ってそれまでは家で過ごす予定になっている。

 私が外に出るの、好きじゃないしお昼すぎないと湊君起きないから、出かける、という選択肢はなかった。

 私は早く起きたところで何もする気はなく、まず朝食を食べようと部屋を出た。

 ご飯に鮭の塩焼き、それにインスタントのお味噌汁。サラダとお茶を用意して私はソファーに腰かけた。

 にしても今日は冷えるなぁ。着る毛布、買おうかな。だから今朝は温かいほうじ茶を淹れた。

 あー、時間まで何をして過ごそうかなぁ。

 私はテレビをつけて適当なチャンネルに合わせ、


「いただきます」


 と言い、箸を手にした。

 テレビではニュースの後のエンタメコーナーが流れていた。

 アイドルの話や新しい映画の話などの中で、先日、私が見に行った試写会のことが流れた。


『……試写会が行われ、俳優の谷充希さんとセプトリアスの伏見綾斗さんらが舞台挨拶をしました』


 思わず箸を止め、お茶の入った湯のみを手にしてテレビに見入る。

 この間目の前で見たから俳優さんたちが何を話したのかは知っているんだけど、テレビをとおして見るとなんだか違うものに見える気がする。


『セプトリアス分裂騒動後、初めてマスコミの前に現れた伏見さんは……』


 その言葉になぜか緊張が走った。私、彼がなにを話したのか知っているのに。

 テレビ画面に伏見綾斗の顔がアップで映る。


『皆さん、報道でご存じのように、僕は十二月でセプトリアスとしての活動を終了します。ですが、歌や俳優としての活動を辞めるわけではないので、応援してくださいますと幸いです』


 と、そのままカットもなく流れ、映像はスタジオに戻った。

 そして無責任なコメンテーターが無責任なコメントを求められて言葉を発していく。

 結局肝心なことは何にも話していないよねー。伏見綾斗。そういうものなのかな。

 そう思いつつ私はお茶をすすった。


「あー……朝から見たくないもの見ちゃった……」


 突然背後からそんな眠そうな声がして、私は驚いて振り返る。

 いつからいたのか、湊君が眠そうな顔をして後ろに立っていた。


「え、あ、あ? み、湊君どうしたの?」


「がんばって起きたんだけど……」


 と言い、湊君は大きな欠伸をし、隣りに腰かけると私の方にもたれかかってきた。

 ちょ、恥ずかしいんだけど。


「まだ七時半過ぎだよ? 大丈夫?」


 早起きしたことも驚きだけど、なんでこんなもたれかかってくるの?

 すると湊君は、うるんだ目で私を見つめた。

 う……そんな目で見つめられるとすごくドキドキするんだけど?


「だって、なんだかもったいない気がして」


 もったいない? どういうこと?

 意味がわからないんだけど。

 湊君のシャンプーの匂いが漂ってきて私は気持ちが落ち着かなくて、ひたすらお茶を飲む。

 こんなもたれかかられていたら私、ごはん食べられないんだけどな、これ、どうしたらいいんだろう。


「こんなふうに人と誕生日、過ごしたことないから、なんかもったいないかなって。あ、ご飯食べてるんだ」


 そして湊君は私から離れて背もたれに身体を預けてテレビの方を見た。

 あ、よかった。


「うん、湊君も何か食べる?」


 普段彼は朝食を食べないけれど、とりあえず聞いてみる。

 湊君はしばらく考えた後、立ち上がって、


「大丈夫、コーヒー飲むから」


 と言い、キッチンに向かって行った。


『さて、話題のセプトリアスですが、十二月のシークレットライブの競争率がとんでもないことになっているそうです。締め切りは今月二十五日金曜日となっていて、来月、当選者には通知がいくとのことです』


『私の友達も応募した、って言ってました。七人全員がそろうのはその日が最後ですから、貴重なライブですよね。シークレットライブだし、映像化するかもわかりませんし』


 そうコメントしたのは元アイドルの女性だった。この子がいたグループって、セプトリアスが所属している事務所「キャラット」の男性アイドルたちと合コンやってるって噂が絶えなかったような……


「この子に言い寄られたって、綾斗に聞かされた」


 げんなりした様子で湊君が言い、ソファーに座る。

 コーヒーの匂いがこちらまで漂ってくる。

 ご飯食べたら私もコーヒーいれよう。牛乳いっぱいのカフェオレを。


「え、そうなの?」


「共演した時にって。アイドル同士の合コンもあるって言っていたし。聞きたくないけどそういう話をしてくるんだ」


 そう言って、彼はコーヒーを飲む。

 合コンの話しって本当なんだ……


「芸人とアイドルも多いって言っていたし。ほら」


 言われた私はテレビ画面の方を見る。

 するとアイドルと芸人の密会写真が、画面に映し出されていた。

 あー……まああるよね。私、こういう隠し撮り写真とか嫌いだ。芸能人だってプライベートがあるんだから放っておけばいいのに。


「綾斗も最近追いかけられて大変らしいよ。まあ、自分でまいたんだから仕方ないと思うけれど」


 そりゃ追いかけられるでしょうね。


「っていうか、湊君のことって、彼、公表してないよね」


「うん。だからマスコミに追いかけられることはないし快適だよ。父親は大企業の偉い人だから、離婚や不倫のこと知ってはいても手を出しにくいんじゃないかな」


 お金の力は偉大、ってことかな。

 私は内心苦笑して、湯呑を置いて箸をもった。

 朝食をおえてカフェオレを用意し、私はソファーに深く座ってぼうっとテレビを見つめる。

 番組は変わったけれど、相変わらずワイドショーが続く。


「ねえ、湊君とお兄さんあんまり似てないよね」


 テレビを見つめながらそう言って、私はカフェオレを飲む。

 テレビには試写会の様子が映っていて、伏見綾斗のコメントが流れている。

 すると、となりでビクン、と震えたような気がして私は驚き湊君の方を見た。

 彼はテレビから視線を外し、胸に手を当てて大きく息を吐く。

 あ……れ? どうしたんだろう。明らかに湊君、様子がおかしい。

 彼は首を横に振り、


「俺は父親に似て、綾斗は母親に似ているから」


 そう呟き、また息をつく。

 なんだろう、この感じ。なにか嫌なこと、あったのかな。

 父親の不倫で離婚したって言っていたっけ。それに孤児院にいた時期があるって。

 母親がいるのにいったい何があったんだろう。あまりにも個人的な話だし、あんまり聞いちゃいけない気がして、私は戸惑う。

 そこに湊君が女性と付き合わずにきた理由があるのかな。

 うーん、何があったんだろう。

 試写会の日の夜、伏見綾斗と電話したあと様子がおかしかったし、私と寝たい、とか言い出していたしな……

 お兄さんと母親の事は鬼門なんだろう、って思う。特にたぶん、お母さんの話題はだめっぽい。

 湊君はしばらく黙り込んだ後、私の方を向いて言った。


「ねえ、外に行ってもいいかな。せっかく早く起きたから出かけたいな」


 そして、彼はむりやりな笑顔を作る。あれ、珍しいことを言いだすなぁ。

 でも断る理由はないから、私は頷いた。

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