出かけるって言われて、私はいそいそと着替えをする。
どこに行くかわからないから、スキニーパンツにトレーナー、それに薄手のコートを羽織る。そして、今日湊君にあげる予定のペアのネックレスの片割れを身に着けた。
ショルダーバッグに財布とハンカチなどをつめ、軽く化粧をして私は廊下に出る。
するとすでに準備を済ませていた湊君がそこに立っていた。
ジーパンに紺色の厚手のパーカーを着て、黒い帽子を被った彼は私に気が付くと微笑んで言った。
「行こうか」
「うん」
靴を履いて外に出ると、冷たい風がびゅうっと吹いて、思わず身震いしてしまう。
少し前まで三十度近くだったのに、今日はちょっと冷えてませんかね?
寒暖差激しすぎでしょう。でも日中は暖かくなるって天気予報に書いてあったっけ。だからコートは薄いのにしたんだけど。
「ねえ、どこに行くの?」
通路を歩きながら尋ねると、
「あんまり考えていないけど、どこか行きたいな、と思って」
と答える。
またざっくりとした答え。
どこか、ねぇ。私は頭の中で近隣の行けそうな場所を考える。
「ケーキを取りに行かないとだからなるべくなら近場がいいな」
そう私が言うと、湊君は、そうだよね、と呟く。
そうなると場所は限られるわよね。
「そうだ。博物館とかは? それならそんなに遠くないし」
車で三十分ほどいったところに県立の自然史博物館がある。ふだんいかないからちょうどいいんじゃないだろうか。
「あぁ、それならいいかも」
駐車場に行き、私たちは車に乗って出かけていった。
道路はそこそこ混みあっていて思ったよりも時間がかかった。
駐車場も博物館から少し離れた場所になってしまい、そこそこ歩くことになる。
車を降りて歩いていると、子供たちが親に手をひかれて博物館の入り口に向かっていくのがみえた。いや、もしかしたら逆かもしれないけれど。
博物館の周りは木が多く、葉の色が変わり始めていて季節の移ろいを感じる。
ここは私たちがすむマンションがある町に比べたらすこし標高が高いのよね。だからちょっとだけ涼しく感じた。
「ねえ、湊君。そろそろ紅葉のライトアップ、始まるのかな」
「あぁ、うん。その話をしようと思っていたんだけど、月末……二十六日の土曜日はどうかな。来週からライトアップ、始まるそうだから」
言いながら湊君はスマホを見つめた。
「いくいく!」
楽しみだなぁ。予定を入れないようにしないと。
そう思って私はスマホを出して予定を入力した。
自然史博物館は恐竜の骨格標本や、動物のはく製などが飾られている。
今は特別展として南極と北極の動物に関する展示が行われていると書かれていた。
「湊君とふたりで出かけるの、久しぶりだね」
「そうだっけ。最後に出かけたのって猫カフェだったよね」
つまり三週間ぶり、よね。
それは久しぶり、と言っていいと思う。
湊君、いつ一緒に出かけたのかってちゃんと覚えているのかな。まあ、覚えてなくても別にいいけれど。
「そうそう、三週間ぶりだよ。私が外出るの好きじゃないから家で過ごすことが多くなっちゃうもんねぇ」
出かけない一番の理由はそこなのよね。わざわざ人が多いところに行きたくないからどうしても家で過ごしがちになってしまう。
……でも、湊君と出掛けるのは嬉しいって思えるようになったから、私、ずいぶんと変わったかもしれない。
「そうだね。まあ、俺もそんなに外出ないからあんまり気にならないけど、でも一度してみたいことはあるんだよね」
そう言って、湊君は立ち止まこちらを向いた。
「してみたいことって何?」
湊君はこちらの様子を窺うように私を見つめている。
何、この沈黙。ちょっと気まずいんだけど?
彼はいたってまじめな顔をして言った。
「一緒に、泊まりで出かけてみたいかも。泊まりで遠出ってしたことないから」
そして湊君はにこっと笑った。
……泊まりで、おでかけ。
そう言われると頭に中であれこれと色々と頭をよぎる。
でもそれって……いや、そうなるよね、そうな……
どうしよう、なんて答えようかと一瞬悩みそして、私は、
「そうだねー、遠出かあ、確かに憧れるかも」
と、本音とも嘘ともつかないことを答える。
私の言葉を聞いて、湊君はほっとした様な顔になった。
湊君、私に何か提案するとき不安げな顔、すること多いような気がする。
最近はそうでもなかったけれど。なんでこんな顔するんだろう。
「じゃあ、今度一緒に考えようか」
湊君が安心した様子で言うので、私は色んな感情を抑えて笑顔で頷いた。
博物館には恐竜の骨格標本の他、蝶や動物の標本、剥製などが展示されていた。
北極と南極の特別展示には、ペンギンの説明や白夜などの解説などがあった。
南極の氷の展示に、南極を目指す高校生たちのアニメーションのコラボ展示もあって楽しかった。
博物館って、意外と楽しいんだなぁ。
博物館を出て車に向かう途中、私はテンション高めに言った。
「久しぶりに博物館来たけど楽しかったー」
「うん、そうだね。俺も久しぶりかも。子供の頃、両親と来たことがあったかな」
そう湊君は言い、一瞬暗い顔になる。
この表情……湊君にとって、両親とか家族の話は鬼門なんだな。
いったい何があったんだろう。聞きたい気持ちはあるけど、聞いてはいけない気がして私はそこには触れずに頷いた。
「そうなんだ。私がここに来たのは高校生の時が最後かな。あ、湊君も一緒だったでしょ。夏休みの課題で来たよね」
昔の想い出を手繰り出して私が言うと、湊君は首を傾げた後頷き言った。
「……あぁ、そういえばそんなことあったっけ。売店で買い物したり、キッチンカーで食事したのはすごい覚えてる」
そう答えて湊君は笑う。
「そんなこともあったねー」
湊君と過ごした時間はたくさんある。
だけど知らないことがたくさんある。
いつか湊君、喋ってくれる日あるのかな。
でも私は契約上の恋人だし、そこまで踏み込んでいいのか……そこは悩んでしまう。