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第68話 プレゼント

 そして、夜がやってきた。

 駅前のイタリアンレストランで早めの夕食をとった後、マンションに戻ってケーキを開ける。

 五号の、小さなチョコレートケーキだ。

 ケーキだからお茶の方がいい、ということで温かい紅茶を用意した。

 ソファーに並んで座り、お皿やフォークなどを用意する。

 そして、誕生日と言えばこれを忘れちゃいけないと思う。


「ねえねえ、ろうそくさす?」


 言いながら、私は「2」と「5」の数字の形をしたろうそくを手にした。

 すると湊君はそれを笑って見て頷いた。


「そんなの久しぶりだよ」


 そう言って、湊君は私からろうそくを受け取ってケーキにさした。

 しょうじき、私もケーキにろうそくをさすなんて久しぶりだ。

 たぶん、十二歳の誕生日以来じゃないかな。

 それ以降はさすがに恥ずかしくってろうそくはさしていない。

 冗談半分でろうそく用意したんだけど、意外と湊君、のりのりだった。

 なんでろうそくを吹き消すのか、お父さんに昔聞いたから、っていうのはあるんだけど。

 湊君はろうそくを吹き消す理由、知ってるかな。


「あ、でもライターないよ」


「それなら私、持ってる。ほら、お線香あげるのに使うから」


 そして私はライターを湊君に渡した。


「あぁ、ありがとう」


 湊君はライターを受け取り、ろうそくに火をつけた。

 テレビからながれる静かな音楽を聞きながら、私はその炎を見つめた。

 火をこんなふうに見つめるのも久しぶりかも。

 お線香に火をつけるろうそくをこんなふうに見つめることもないし。それに、すぐ消してしまうから。


「あ、電気消す?」


 言いながら電気のリモコンを手にすると、湊君は首を横に振った。


「さすがにそこまではいいよ」


 まあそうですよね。


「ねえ、なんでろうそくに火をつけて吹き消すのか知ってる?」


「そんなの考えたことないや」


「一気に吹き消せたら願い事が叶うんだって。だからろうそくを消すときは、願い事をこめて消すといいって、昔お父さんに教えてもらったんだ」


 子供の頃はそれを信じて、お願い事をして吹き消したっけ。

 その全部が叶ったかどうかはもう覚えていないけれど。


「願い事かぁ……」


 真剣な声で呟き、湊君は黙り込んでしまう。


「あぁ、うん、決めた」


 と、笑って頷きそして、湊君はろうそくの火を吹き消した。


「あ、歌うたってないのにー」


「そこまでは恥ずかしいよ」


 笑いながら言い、湊君はろうそくを引き抜く。

 だから私、動画サイトで歌を流そうと思って用意したのに。

 なんてことはさすがに言えず、私はすごすごとスマホをとじた。

 ちょっと残念。


「ケーキの前にねえ、これ、プレゼント!」


 私はソファーの後ろに隠していたプレゼントの袋を取り出す。

 結局プレゼント、何がいいのか聞きだせなかったから、私の好みになってしまったけれど。


「ありがとう……あれ、ふたつあるの?」


「うん。まあ、とりあえず見て!」


 と言い、私はプレゼントを押し付ける。

 あぁ、すごく緊張する。

 湊君はまず、ラッピング袋の方を開けた。そっちはエプロンが入っている方だ。湊君が好きな、深い青のエプロン。彼は中身を見ると、恥ずかしげに笑い、


「ありがとう」


 と言った。

 よかった、とりあえずこのチョイスは間違っていなかったらしい。


「あれ、模様入ってるの、これ」


 言いながら湊君はエプロンを開く。


「あぁ、うん。三日月と星が描いてあるの」


 そんなに目立つものではないけれど、黄色で三日月と、北斗七星が描いてある。


「へえ、かっこいいね」


 湊君はエプロンを丁寧に畳み、次に小さな紙袋の方に手を入れた。

 そこから出てきたのは、ペアで買ったネックレスが入っている小さな箱だった。

 気にいってくれるかな。

 正直不安だ。


「……あれ、ネックレス?」


 少し驚いたような声をだし、湊君は箱からネックレスを取り出した。

 三日月に青い石がついたネックレスだ。


「うん。湊君、お月様みたいな感じだから、それで月のネックレスにしたんだけど……」


「お月様みたい、って初めて言われたよ」


 ですよね。


「なんていうか、暗闇の中を優しく導いてくれる感じで。だから月にしたんだ」


 思わず早口になってしまうけれど、意図は伝わっただろうか。


「ありがとう、灯里ちゃん」


 よかった。嫌、ではなさそうだけど……


「でね、それ、ペアになってるんだけど……大丈夫、かな」


「ペア? でもひとつしかないけど」


 湊君は不思議そうにネックレスを見つめる。

 私は自分がしている円形に星のマークがついたネックレスを外し、そのモチーフを湊君が持っているネックレスのモチーフと重ねた。

 するとひとつの円が出来上がる。


「あぁ、灯里ちゃんが今日ずっとしてたネックレスがそうだったんだ」


「うん。両親がずっと、ペアのブレスレットしていて。それで憧れがあったんだけど……嫌じゃないかな?」


 不安になって私は、おそるおそる湊君の様子をうかがう。すると、彼は首を横に振って言った。


「ありがとう、灯里ちゃん、俺のためにいろいろ考えてくれて」


 言葉と共に、湊君の手が私の頬に触れる。

 そして顔が近づいたかと思うと、額に唇が触れた。





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