湊君にプレゼントを渡したその夜、私はひとりベッドにもぐりこみ、ごちゃごちゃと考えていた。
「恋の仕方を教えてよ」
そんな事を言われて、湊君と恋人になる契約を交わしたのは三か月前の七月だ。
そうだ、まだ三か月しか経っていない。
なのにすごく濃厚な日々を過ごしている気がする。
それもこれもあのストーカーのせいだ。
私のメンヘラほいほい気質が本領を発揮して、見事に変な男を引き寄せた。
そこから私は湊君と一緒に暮らすことにしたわけだけど、このままここに暮らし続けて大丈夫なのかと考えてしまう。
いつか引越し、しないとな。引越しするとしたら冬のボーナスが出てからだろうな。だとしたら一月か、二月ごろかな。この辺りは家賃高いから、住むなら電車で移動できる距離の方がいいけど……でもあのストーカーと顔を合わせるのは嫌だしなぁ。
うーんどうしよう。
私は今、湊君との距離感に悩んでいる。
一緒に泊まりで出かけよう。
そう提案されたのは嬉しい反面、それ、本当に行っていいのかと戸惑ってしまう。
恋人として過ごす、て契約だけど、いわゆる肉体関係とかについてはちゃんと話してないんだよね……
だって契約だからそこまではないと思っていたから。それは私の考えが甘かったのが悪いと思う。そもそも誰とでも寝る湊君が私に対してそういうこと言い出さないわけないじゃないの……
あの時はそこまで頭、回らなかったのよね。
最近、湊君の言葉のはしばしに肉体関係を匂わせるようなものを感じる事がある。
だって誕生日のプレゼント、何がいいか聞いた時に、抱きたい、みたいなことを言っていたし。冗談ぽかったけどあれ、実は本気だったのかもしれない。
同じ屋根の下で暮らしていて、今のところキスもしてない。恋人ならとっくにそれくらいしているわよね。
でも私には現状そこまでする勇気はなかった。
だから今日の額にキスだって、恥ずかしくって仕方ない。いや、私二十歳超えてるのになに、その中学生みたいな反応は。
おかしいでしょう自分。でもなぁ……なんだか現実味がないっていうか、自分がそういうことをするのが想像できないんだよね。
うーん、泊まりで出かけるとしたら部屋、どうするんだろう。
同じ部屋? それとも別々? でもそれはお金が倍かかってもったいないしな……
だからといって同じ部屋に泊まったらきっと、そういう話になるだろうからちゃんと考えないと。
湊君とキス……あー、駄目だ、想像しただけで恥ずかしさに顔も身体も熱くなってくる。
私、二十五歳だよ? そんなことで恥ずかしがってどうするのよ。いっそのことキス位しておいた方がいい……?
もうわけわかんなくなってきた。
泊まりで出かけるとしたらまだ先よね。
年末は嫌だし、寒いのも嫌だから行くなら三月とか四月がいい。
あぁ、どうしよう。
行きたい気持ちと行っていいのか、という気持ちがあってわけわからなくなりそう。
額にキスされたのも正直恥ずかしかった。でも、嫌じゃなかったな……
この先クリスマスとかあるけどどうするのよ私。
だって、クリスマスってそういう日よね?
そもそもイエス・キリストの誕生日じゃなくて、冬至のお祭りなんじゃなかったっけ?
誰よ、クリスマスは恋人の日、て決めたやつ。
……私は充分、湊君に惹かれてる。だからキスも嫌じゃないしその先も嫌じゃないと思う。
たった三ヶ月で私、チョロくないですかね。
湊君はどう思ってるのかな……
でも、それは一年経つまで待ったほうがいいのかな。
契約、だもんね。私たちの関係。
なんだかこのかたちは不安定で、このままでいいのかな、って考えてしまう。
これから私たち、どうなるんだろう。
季節は移ろい、暑い日々は過ぎ去り木の葉の色は変わり始めた。
秋はあっという間に通り過ぎて、冬がきちゃうのよね。
私は服を買いなおし、そして迎えた十月二十六日。
今日は、紅葉のライトアップを見に行く。
楽しみではあるんだけど二週間前に額にキスされたことを思うと、何ていうか気恥ずかしい。
毎日顔を合わせてはいるけれど、ご飯食べる時以外は基本干渉しあわないからな……
実はまともに顔を合わせていなかったりする。
行先は山だから、ジーパンに長袖のカットソー、それにコートを着る。
あのペアのネックレスをしてから黒いマフラーを巻く。
そしてボアの帽子を被って部屋を出た。
時刻は夕方の四時過ぎ。すでに太陽は傾き始めていて、あと一時間もすれば完全に日は落ちるだろう。
部屋を出ると湊君がすでに玄関に立っていた。
「あ、お待たせ」
私は慌てて彼に近づく。
すると彼は微笑んで頷く。
「大丈夫だよ。じゃあ行こうか。なんか、出店も出てるみたいだよ」
「へぇ、そうなんだ。楽しみだね」
その分人も多そうだけれど、以前より人の多いところに嫌だ、という思いは感じなくなっている。
湊君がいっしょだからかな。試写会の時は嫌で仕方なかったし。なんだか変な感じ。
湊君もマフラーをしてもこもこのパーカーを着ていた。
その隙間から、ちらり、とネックレスの鎖が見えた気がした。
あれ、今日はあのネックレス、してるのかな。
湊君は基本引きこもりだし、誕生日以来、食材の買い物でしか外に出ていないはずだ。
だからかネックレスをしているのを一度も目にしていなかった。
エプロンはほぼ毎日使っているのを見ているけれど。
ネックレスしてくれたんだ。ちょっと嬉しい。
そう思うと自然と笑みがこぼれてしまう。
「あれ、どうしたの灯里ちゃん、急に笑い出して」
不思議そうな声に私は首を横に振って言った。
「ううん、何でもない。早く行こう」
そう声をかけて私は湊君の腕を掴んだ。