山の中だから辺りは暗くて、空の星がよく見えた。
「あー、人が多いって疲れる」
ため息交じりに私が言うと、運転席の湊君が笑って言った。
「あはは、そうだよね。あれだけ人が多いとさすがに俺も疲れちゃうな」
私たちに人が多いところは向かないなってしみじみ思う。
「だからねえ、泊まりで出かけるなら人が少ないところがいいな」
「それって難しくないかな」
苦笑交じりに言われ、私は言葉を飲み込む。
そうかなぁ。そうか……うーん、本が読めるホテルとかあるから、そういうところに私は行きたい。
でも湊君がそこまで本に興味なかったら意味がないか……
旅先でも引きこもっていたい。引きこもりでも楽しいホテルってないかな。
「ねえ灯里ちゃん」
「何?」
「泊まりで出かけたい話、まじめに決めていいの?」
真面目な声音で言われ、私は押し黙ってしまう。
う……そう言われるとどうだろう。ただ断る理由、無いしな……
「う、うん。だって一年の間は恋人として過ごす約束でしょ? なら泊まりで出かけるくらいするでしょ」
そうだ、恋人なんだからそれくらいする。そう自分に言い聞かせて答えると、湊君は小さく、そうだね、と言った。
「行くならシーズンオフがいいよね」
「うん、それだけは譲れない」
シーズンオフっていうと、二月とかかな。その先だと四月半ばとかゴールデンウィーク明けかな。
「じゃあ来年、契約が終わる前に行こうか」
ってことは七月かな。そうなるとだいぶ先だな。
「わかった、じゃあどこがいいか考えておくね」
極力冷静にそう答えたものの、正直気が気じゃなかった。だって泊まりで出かける、となるといろいろ意識をしてしまうから。
「別々の部屋でもいいよ」
まるで私の考えを見透かしたように言われ、私は思わず視線を泳がせてしまう。
それについては即答ができず、
「それはその時に話そう」
とだけ言うのが精いっぱいだった。
やっぱりこの距離感、どうしたらいいのかわからない。
もし、本当の恋人になりたいと私が望んだらどうするんだろう……?
そう思って運転する湊君の横顔を見る。
「……この通りって、この時間になるとある意味明るくなるんだよね」
と言い出すので、私は外に視線を向けた。
そこはいわゆるホテル街だった。
そういえば来るときもここ、通ったっけ。その時はまだ外、明るかったからあまり気にならなかったけど外が暗い今はホテルの照明が眩しい。
他に道はないから仕方ないだろうけれど、これはなんだか気まずい。
前を走っていた車がその中にひとつに入っていく。
「ここってホテル、多いんだね……」
「だいたいこういうホテルって山の中にあることが多いよね」
そうか……言われてみればそうかもしれない。
なお私は入ったことがない。だって、いままでそこまでいった恋人なんてだれひとりいないから。
ホテル街を抜け、またしばらく暗い夜道が続く。
「ねえ、ちょっとだけ寄り道していい?」
「よ、寄り道?」
ホテル街を抜けた後とはいえちょっとドキドキして思わず声が裏返ってしまう。
「ホテルじゃないよ。見晴らし台がこの先にあるから、そこに寄りたいってだけ」
なんだ、よかった。
しばらく行くと、山の下り道の途中、湊君が言っていた見晴台の駐車場にたどり着いた。
ここもやっぱり混んでいて、車を降りてその見晴らし台に近づくと、カップルだらけであることに気が付く。
足元を照らす照明があるだけで、誰の顔もわからないからだろう。木でできた見晴らし台の上にいるカップルたちはみんな寄りそっているように見えた。
そこから見えるのは、私たちが住む町の夜景だった。
こうして見ると地上ってほんと、明るいんだなぁ。
暗いから空の星もよく見える。星座の名前はさすがにわかんないけど。
オリオンと北斗七星、カシオペアくらいよね、わかるのは。
「こんなところあるんだ、初めて来た」
「そうなんだ。俺も前に教えてもらって一度きたきりだけど、また来たい、ってなるとは思わなかったよ」
こんなカップルだらけの所、ひとりでなんて来ないし知る機会もないと思う。
人が多いから、私たちは自然と身体が近づいてしまう。うぅ、すごく近い。
そうか、周りの人たちが寄りそっているのはこのせいもあるのかも。
ちらり、と湊君の顔を見ると、思った以上に近くにあった。
「さっきよりはずっと人、少ないけど密度は高いね」
「そ、そうね。ちょっと近すぎて恥ずかしいかも」
さっき手を握って歩いたとはいえ、こう密着に近い状況になると恥ずかしさが違う。
「ねえ、灯里ちゃん」
「何?」
「そろそろ、名前、呼び捨てにしてもいい?」
突然何を言いだすのかと思い、私は湊君の顔をじっと見た。
彼の表情はぼんやりとしか分かんないけれど、きっと不安げな顔、しているんだろうな。
三か月しか経っていない。でももう、三か月も経った、ともいえる。
「別にいいよ。じゃあ私も、湊って呼ぶようにするね」
そう言ってみたものの、なんだかむず痒い感じがした。
きっとこれ、慣れるまで時間がかかるだろうな。
私の答えにほっとしたのか、湊君は微笑んだように見えた。
「ありがとう。じゃあ今度こそ帰ろうか」
「うん。もうあいてるお店少ないよねー」
「そうだね。最悪、スーパーで惣菜買っていくのでもいいかな」
「いいよそれでも」
私たちはどちらからともなく手を出して、その手を握りしめて見晴らし台を後にした。