十一月二日土曜日。
湊君は明日のイベントの準備で家にいないので、午後、私は千代といっしょにお出かけをしていた。
今日から三連休、ということもあり駅前は人が多かった。
駅から伸びるペデストリアンデッキの広場では楽器演奏している人がいて、とても賑やかだ。
人が多いのは苦手な私にはちょっと辛い。
これといって買い物があったわけじゃないけれど、駅前にある店を見て回ったあとに入ったチェーンのカフェ。
店内は混みあい、タブレットやパソコンを電源に繋いで作業をしている人たちや、ノートと教科書を開く高校生らしき子たちの姿がちらほらある。
なんとか見つけた席に座り、期間限定のクリスマスドリンクとドーナッツを頼んだ私は、甘いドリンクを飲みつつ千代に言った。
「恋人って、何するだろう」
「急にどうしたのよ、中学生じゃあるまいし」
呆れたように笑いながら千代が言う。
まあそうなるよね、でも私はわりと本気だ。
「だって私、恋人が何するのかわかんなくなって」
言いながら私は肩をすくめる。
正確には恋人の契約をしている相手と、だけど。
「そんなの好きにしたらいいじゃないの。悩むようなことそれ?」
そう笑いながら言いながら千代は苦そうなカプチーノを飲む。
そうですよね、私もそう思う。
普通の恋人なら悩むことじゃないんだろうな。でも私たち、普通の恋人ではないし。
「わかんないから悩んでるのよ」
「例の彼氏? たしか、一緒に暮らしてるんだよね。それだけで充分じゃないの?」
確かにそうかもしれないけれど。
「でも一緒に暮らしてるだけだよ?」
そう私が言うと、千代は文字通り固まった。店内のざわめきが大きく聞こえるような気がする。談笑する女性の声がよく響く。
「この間フリューゲルのライブ行ったんだけどねー」
フリューゲルは今最も人気のある男性アイドルグループだ。そのあとにセプトリアスの話が続く。フリューゲルは不動の人気を誇っているけれど、セプトリアスは分裂騒動以来、皮肉なことに人気が上がっているのよね。
過去のアルバムやライブDVDが売れていて、ランキングの上位をとっている。仕事でセプトリアスの名前を毎日見かけるもの。
しばしの沈黙のあと、千代はカプチーノを飲みながら何度も瞬きを繰り返して小さく首を傾げながら言った。
「え?」
「え、ってなに」
「どういうことそれ」
どういうことも何もない。そのままの意味だから。
よく考えたらこれ、昼間のカフェで話すことじゃないわね。
なんてまろやかに伝えようか。
「この間初めて手を繋いだの」
「だからなにその中学生みたいな報告は」
呆れたような声で言われ、自分でもそうだな、と思ってしまう。
そうよね、これって中学生とか高校生よね。いや、高校生の方がもっと先の事をしているかもしれない。
「だってそうなんだもん」
「だもん、て子供じゃないんだから。なんでそれだけなのよ、一緒に暮らしてるのに」
「それは自分でもそう思うけど、なんて言うか……うーん、距離感がよくわかんなくて」
言いながら私は腕を組み、うーん、と思わずうなってしまう。
「今まで付き合った時はどうしてたのよ」
「今までちゃんと付き合ったことなんてないわよ。だって、豹変する人ばかりだったし」
そう私が答えると、千代は沈黙した後、
「そっか」
と、なんだか気まずげに呟く。
そうですよ。この年齢で私、恋愛経験うっすいのよ。なのに付き合った彼氏の数は多いの。わけわかんない。あれ、彼氏としてカウントしたくないんだけどな。しないことにしようかな、ろくな目にあっていないから。
本当に私の今までって何だったんだろう。
それに今だって私たち、契約上の恋人だしなぁ。
……そういえば私たち、普通の恋人になりたい場合ってどうするんだろう。
契約の時そんな話はしなかったな。考えてみたらちゃんと決めておいた方が良かったのかもしれない。今さら過ぎるけれど。
私は腕を組んだまま、正面に座る千代を見つめる。
彼女はスコーンをほおばった後、不思議そうな顔でこちらを見た。
「どうかしたの?」
千代に契約のこと、話したら怒られるかな……
心配かけたくはないし、でも悩んでいるし、その為には契約の事を話さないとだしどうしよう。
頭の中でぐるぐると考えが回る。
「ううん、なんでもない」
笑って言って、私は首を振って腕をときクリスマスドリンクを飲む。
やっぱり言えない。でも人に言えない関係ってなんだかいやだな。
今度、湊君と話してみるかな。
もし……もし、契約ではなく本当の恋人になりたい、っていったらどうなるのかな。
でもはっきりさせたら今の関係、壊れるだろうか。
それもそれで嫌だしな……そう思うとたぶん私、言えないだろうな。
あれこれ考えていると、千代は言った。
「まあ、人との関係なんてそれぞれだし、灯里がやりたいようにやりなよ。今までいろいろあったわけでしょ? でも今は結構うまくいっているみたいだし、だから後悔しないようにしたらいいんじゃないかなぁ」
後悔しないように、か。
私はドリンクを見つめ、
「そうね」
と呟き、ぐい、とドリンクを飲んだ。