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第77話 イベントの日

 空はよく晴れていて、風は少し冷たい位の穏やかな日だ。今、十一月なはずだけど、最高気温は二十五度近くになるらしい。そうなるとけっこう暖かいよね。だから私は長袖のカットソーに薄手のパーカーを羽織ったんだけど、ちょっと暑いかもと思い始めている。

 私は湊君と一緒にイベント会場に来ていた。

 外と、イベントホールを借りて行われる今日のチャリティーイベントは児童用語施設への理解を深め寄付金を募る、という趣旨だそうだ。

 また、子供たちに楽しんでもらうために色んなイベントが無料で楽しめるようになっている。

 スラックライン、と呼ばれる綱渡りが出来たり、モルックという木のピンを倒すものなど、珍しいスポーツを体験できるコーナーがあったり、自衛隊や消防、警察などの服を着て記念撮影ができるコーナーなどがある。

 それに何台ものキッチンカーがあって、いい匂いがしてくる。

 イベントホールでは子供たちが描いた絵やつくった物が飾られていたり、今回のチャリティーオークションで販売予定のイラストも展示されていた。

 湊君はついてすぐ、オークションの前に行われるトークショーの準備で行ってしまったため私はひとり、会場を周る。

 たくさんの親子連れや子供たちの姿があって、あちこちで子供の歓声が上がっていた。


「おっきい亀がいるー!」


 という声が聞こえてきて私は子供たちのそちらへと視線を向けた。

 大きな陸ガメが、のっそりと広場を歩いていて、子供たちがわらわらと集まっているのが見える。

 そんな様子を微笑ましく眺めながら私は会場を歩き回った。

 イベントホールではお笑い芸人のコントが行われていて、会場内が笑いに包まれている。

 芸人さんにはあんまり詳しくないからよくわからないけれど、見たことあるコンビ名かも。

 歩き回っていると見覚えのある女性の姿を見つけた。

 インフォメーションのテントの下に、広告代理店の女性の姿があった。

 名前何だっけ……たしか、湊君の元セフレの人。

 彼女は、募金箱にお金をいれていく人々に笑顔で挨拶をして、何かパンフレットみたいなものや景品みたいなものを渡している。

 まさか今回湊君がゲストで出演することになったの、彼女の仕業、とか?

 だとしたらなんだかなぁ。

 しばらく見つめていると、彼女の方が私の方に気が付いたみたいで目が合う。

 あ、やばっ。

 気まずく思いその場を去ろうと背を向けたとき、背後から声がかかった。


「森崎さん、でしたっけ?」


 名前を呼ばれたら振り返るしかない。

 見ると、にこにこと張りつけたような笑みを浮かべた、綿パンにシャツ、ジャケットを羽織ったあの女性が立っていた。真っ赤な口紅がとても印象的だ。

 名前……えーと……たしか……


「あがつま……さん?」


 疑問形で、自信なく言うと彼女は頷いた。


「えぇ、そうよ。覚えていてくれて光栄だわ。彼の付き添いできたの?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべて我妻さんが言う。

 付き添いっていうわけじゃないけれど。


「まあ、そんな感じでしょうか」


 と、あいまいに答える。

 なんだかちょっと嫌な感じだな。

 それが顔に出たのか、我妻さんは首を横に振って言った。


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと意地悪な言い方だったかしらね。私、別に貴方に何か感情があるわけじゃないし、彼にも……まあ未練がないわけじゃないけどどうこうする気はないから大丈夫よ」


「そうなんですか? てっきり今日のキャスティング、貴方がしたのかと思っていました」


 すごく未練があるから会うために、湊君を引っ張り出そうと今日のトークショーとオークションのゲストにしたのかと思っていたけど、違うって事?

 言った後、ちょっと意地の悪い言い方だったのかなと反省するけど、もう遅いか。

 我妻さんは気にする様子はなく何度も首を横に振り、苦笑して言った。


「違うわよ。今回のは養護施設側の要望。彼、そもそも養護施設にいた時期があるでしょ。だから毎年絵を出品してくれてるわけだけど。それでイベントにたくさんの人を呼び込みたいからって。それで会社の方にお願いしたのよね」


 あー、なるほどなぁ。

 そう言われれば納得はするけど、本人の了承を得ずに会社側がオッケーしたってことなのね。


「その様子だと、本人に話しいっていなかったのね」


 そして我妻さんは苦笑して腕を組む。


「そうなんですよ。そもそも人前、嫌いですからね」


「だから私も不思議に思ったのよね。だから当日来ないんじゃないかってちょっと心配していたんだけど」


 まあ正直、そうならないよう私が一緒に来ることになったんだと思うんだよね。


「なんで人前、嫌なんだろう」


 その理由は結局教えてもらってないんだよな。何でだろう。


「知らないの?」


 驚きを含む声で言われ、私は頷く。


「はい、知らないです。教えてくれないし」


 そう答えると、我妻さんは顎に手を当てて首を傾げ、不思議なものを見る目でこちらを見てくる。

 え、何、なんなの?


「そうなの。まあ、あまり知られたくないんでしょうね」


 と、なんだか含みのある言い方されると気になるんだけどなぁ。

 でも人の口から聞きたいわけではないしな。


「そうなんでしょうね。まあ、その内話してくれるかもしれないのでそれを待ちます」


 私がそういうと、我妻さんは、そうね、と言って頷いた。


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