目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第81話 湊君のお願い

 夕食を一緒に食べて片づけをした後、湊君はパソコンに向かって作業を始めた。

 見た感じはいつもの湊君だ。

 私は一度自室にこもってガラスペンで遊んだり動画を見た後、お風呂に入っていつものようにキッチンに向かう。三連休だから明日は休みなのよね。お酒を飲もうかな。そう思い冷蔵庫を開けると、ビールの缶がいくつか入っているのが見えた。

 うーん、どうしようかなぁ。飲みたい気持ちはあるんだけど。

 そんなことを考えつつ冷蔵庫を閉じてグラスに水をくんでいると、カウンター越しに湊君が立ち上がるのが見えた。

 そして彼はこちらにやってくると、冷蔵庫を開けて言った。


「お酒飲もうと思うんだけど、灯里ちゃんもどう?」


 その提案に私は頷き言った。


「飲むのむ!」


 まるで私の心を読んだかのような提案ね。

 私の答えを聞いて、彼は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。私はグラスを用意しながら尋ねた。


「何か食べる物用意する?」


「うーん、そこまでお腹は空いていないから大丈夫かな」


 じゃあグラスだけでいいか。私はグラスを、湊君は缶ビールを二本持ってリビングのソファーに向かい、並んで腰かけた。

 テレビには今日も動画サイトが表示されていて、激し目な音楽が流れている。


「いつも思うけど、流している音楽の温度差激しいよね」


 クラシックだったり何かのサントラだったり。今日みたいに激しいロックの日もある。

 プシュ、と缶を開けた湊君はグラスにビールを注ぎつつ言った。


「適当に作業用BGMを流しているだけだからね。音がないと集中できないんだけど、流れる曲は何でもいいから」


 あぁ、なるほど。それはなんかわかるかも。

 学生の時勉強しながら音楽聞いたり、動画見たりしていたっけ。

 ビールが入ったグラスを手にすると、湊君がこちらにグラスを向けて来たので、私もそれに合わせた。


「カンパイ」


 という言葉と共にグラスがぶつかり合う音がカラン、と響く。


「カンパイ。湊君、珍しいことするね」


「……そうかな、そう、かも?」


 なんてことを言いながら湊君は小さく首を傾げてグラスを口につけた。

 私もビールを飲み、テレビへと目を向けた。

 湊君はおもむろにテレビのリモコンを手にしてボタンを押す。

 動画から検索画面に切り替わり、湊君はポチポチとリモコンを押していき、別の動画を選んだ。

 今度は、ゆったりとした音楽だった。

 いったい何の音楽なんだろう。民族音楽……ケルトとかかな。背景画像が森の中で、木々の隙間から太陽の光がこぼれ、ゆらゆらと葉が揺れているのがわかる。


「今日、疲れちゃった」


 そう呟き、湊君はビールをグラスに注ぐ。

 でしょうね。

 人前にでるってきっと疲れるだろうし、湊君にとってそれは嫌なことなはずだから、なおさら疲れを感じていることだろう。

 しかもその中でお母さんの姿を見かけて、ストーカーが目の前に現れたんだもの。

 考えてみたら今日の出来事って濃い。

 湊君はあっという間に二杯目のビールを飲み終えて、三杯目のビールを注いでいる。

 あぁ、だから缶をふたつ出したのね。これ、大丈夫かなぁ。


「大丈夫? ペース早くない?」


「大丈夫だよ。それに酔ってもここ、家だからそのまま寝ればいいんだし」


 そう答えて湊君は勢いよくビールを飲んでいく。

 そんなに飲んで大丈夫ですか、本当に。

 湊君の言う通り酔ったらそのまま寝ればいいけれど。この感じは心配になってしまう。

 まあ、飲みたくなる気持ちはわかるからとことん付き合う、かな。

 私はやっと一杯飲み終わり、二杯目をグラスにつぐ。


「ねー灯里ちゃん」


 甘えた声が聞こえてきて、驚き私は横を見る。

 湊君はグラスをテーブルに置くと、ゴロン、と寝転がり私の膝に頭を置いてきた。


「ちょ……な、何してるの」


「だって約束したでしょ。お願い聞いてくれるって」


「そんな事言ったっけ……って。あぁ、そんなメッセージしたような気がするけれど」


 イベントが始まる前にそんなやり取りしましたね、そういえば。

 湊君はいたずらっ子のような笑みを浮かべて私を見上げている。


「だからね、俺、少しこうしていたい」


 と、甘えた声で言ったかと思うと、目を閉じてしまう。

 ちょっと待て。そのまま寝るつもりじゃないですよね?

 これってご褒美みたいなものになるのかなぁ、膝枕くらい言われれば全然するのに。そう思いつつ私は湊君を放っておいて、画面を見つめながらビールを飲む。

 その間湊君はとても静かだった。寝てるのかな、起きているのかな、どっちなんだろう。

 私はスマホでゲームをしつつ、時間が流れるのを待つ。

 こんなゆったりとした時間を、ただ黙って過ごすことってないよなぁ。

 何でもない時間だけど、退屈じゃないのは何でだろう。

 湊君がいるからかな。

 ずっと私、ひとりだったからなぁ。なんだか不思議な気持ちだ。

 音楽は静かだし、このままだと寝てしまうかも。

 ビールを三杯飲み終えたとき、湊君の声がした。


「灯里ちゃん」


「え? あぁ、うん、何?」


 グラスとスマホを置いて、私は下に視線を向ける。

 彼は目を開きそして、私の頬に手を伸ばしてきて、小さく笑い、言った。


「ありがとう、一緒にいてくれて」


「そ、そんな。お礼を言うのは私の方だよ。ストーカーから助けてくれたし、家に置いてくれたし。こんなゆったりとした時間もいいなあって思うし」


 恥ずかしいからだろうか、早口で私は言い、途中で訳が分からなくなって口を閉じてしまう。

 えーとつまり私は何が言いたいんだ。えーとえーと……


「今たぶん、私、幸せなんだと思う」


 やっと出てきた言葉に自分で納得し、私は満足した。うん、きっとそうだ。幸せかぁ。異性と一緒にいて幸せ感じるなんて私にもあったんだ。

 よかった……湊君と契約でも恋人になれて。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?