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第6章 猫を迎えて

第89話 保護施設

 十二月十五日日曜日。

 今日も凍てつく風が町を吹きぬける。肌寒さに目が覚めるけれど、隣で車を運転する湊君は正直眠そうだ。

 時刻は十一時前。ちゃんと湊君は土曜日の夜に早めに寝て、十時前に起きてきた。

 急な引越しで仕事が停滞してしまったし、年末進行も重なり大変らしいけれど、大丈夫かな……という思いはある。私が運転すればいいと思うんだけど、保険の問題もあるからそういうわけにもいかないのよね。そしてなんといっても私は車を持っていない。

 住宅街から川を渡った先にある、白い二階建ての建物が動物愛護センターだ。

 駐車場にはワンボックスカーやミニバンなどの車がちらほらと止まっていて、それに小学生と思しき子供たちを連れた家族連れが乗り込んでいく。

 まさか本当に猫を飼う話になるとは思わなかったなぁ。

 湊君といると色んなことが起きて驚きの連続だ。

 実際に引き取れるのはしばらく先になるそうだけど、どうなるのか楽しみだな。

 期待に胸を躍らせながら、私たちは車を降りて愛護センターに入った。

 中に入るとすぐ、ホワイトボードの看板が出ていて、このまままっすぐ行った先の部屋が登録会の会場だと書かれていた。

 日曜日だからだろう、人影は余りなかく、静けさに包まれている。

 奥へ進み指定の部屋に入ると二十畳ほどの広さで、長テーブルがいくつも並んでいる会議室みたいな所だった。

 実際会議室なんだろうな。

 入り口近くに職員の方が座っていて、ニコニコ笑って言った。


「譲渡希望ですね。こちらの説明をよくお読みになり、書類に記入をお願いします。記入が出来ましたら面接となりますのでよろしくお願いします」


「わかりました」


 湊君は、職員から数枚の用紙とボールペンを受け取る。

 室内には夫婦と思しき二人組が、椅子に並んで腰かけて書類を読んでいた。

 静かな室内に、ペンを走らせる音が響く。

 私たちも並んで腰かけて書類を読んだ。

 そこには動物を引き取る前のセルフチェックが書かれていた。

 県内に住んでいることや、ペットが飼えない住宅ではないかなどのほか、気になることが書かれていた。

 申請者に何かあった場合、申請者以外に一名、譲渡動物を飼うことができる家族や後見人が必要。

 その言葉を見た私は思わず湊君の顔をちらり、と見る。

 この場合、私が後見人になるって事よね。一緒に暮らしているわけだし。

 これ、私と湊君が別れたらどうなるんだろう……でも私も一緒に飼うことを決めたんだから、これって私も責任負うことになるよね。

 うん、覚悟決めないと。


「ねえ灯里ちゃん」


 書類から顔を上げず、湊君が静かに言った。

 小さな声だけれど、静まりかえる室内では大きく響いて聞こえる気がする。


「何?」


「これ、大丈夫?」


 そう言いながら湊君は、後見人の文言のところにペンで線をひいていく。そこで止まるよねぇ。私も気になるもの。命を引き取るんだもの、責任重大よね。いつ何があるかなんてわからないし。

 でも覚悟は決めているわけだから、何かあったときは私も責任負う。


「大丈夫だよ。だって、ふたりで飼うって決めたんだし」


「……うん、そうだね」


 ちょっと不安げな様子を見せる湊君の肩に私は手を置き、顔を覗き込みつつ言った。


「本当に大丈夫だって。お互いに何かあったら互いに責任負うのは当たり前じゃないの」


 そう声をかけると、湊君はしばらく黙り込んだ後、ハッとした様子でこちらを見つめてくる。

 あれ、なんだか顔、紅い?

 気のせい、かな。

 なんでそんな驚いた顔をしているんだろう。

 訳が分からず私は小さく首を傾げて彼を見る。

 視線が絡まりそして、湊君は首を横に振り、


「ごめん、何でもない」


 と呟くと、書類へと視線を戻した。

 うーん、変なの。

 そう思いつつ、私は湊君の肩から手を外し、書類の続きを読んだ。

 譲渡動物を飼うことの注意事項や心構え、手続きのあとの連絡について書かれている。

 どうやら書面で、いわゆる合格通知みたいなのが届くらしい。

 おおよそ申し込みから二週間前後だそうだけど、年末年始がある為、通常より時間がかかる可能性があるそうだ。

 一カ月たっても連絡がなければ、郵便事故もあり得るのでこちらに電話をかけてください、とあった。

 確かに、年末年始挟むとなると余計に郵便事故、増えそうだよね。

 書類に必要事項を記入して職員の人に渡すと、面接になる。

 別室に呼ばれて私たちは職員の方の質問に答えた。面接って何歳になっても緊張するなあ。

 何聞かれるのかとドキドキしたけど、あの書面にあった、注意事項に関することの説明と質問だった。

 そしてそれに答えたのは全て湊君で、私が答えることはなかった。

 あっという間に時間が過ぎ、私たちは職員さんに挨拶をして愛護センターの建物を出る。

 スマホを見ると時刻は十二時を回っていた。


「あー! すっかり冬だねー」


 言いながら私は手を上にあげて大きく伸びをする。

 辺りの木はすっかり葉を失い、冬を迎える準備を終えている。もうすぐ今年も終わるのかぁ。あっという間だな。こんなに濃い一年を送ったのは初めてだと思うの。もう二度と襲われたり、ストーカーにあったりはしたくないけれど。平和がいいな。

 空を見つめていると、湊君が私の隣りに来て言った。


「そうだね。ねえ灯里ちゃん、お昼どうしようか」


 お昼かぁ。せっかく外に出てるんだからそのまま食べに行くのがいいよね。楽だし。

 そう提案すると、湊君は頷き、そうだね、と言った。


「どこに行こうか。俺は何でもいいけど」


 私も正直何でもいい。考えるのが面倒な時はチェーンのお店に限ると思う。

 ぱっと思いついたうどんのお店を伝えて、私たちは車に乗り込んだ。

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