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第90話 ライブ会場

 そしてやってきた、十二月二十一日土曜日の午後、四時ごろ。

 夜中に雪が降る、という予報が出ていて空気はひんやりとしており吐く息は白い。だから私はマフラーに手袋までして完全防備だ。それでも寒い。

 ここは市内にある大きなホールの前だ。そこに私は湊君と一緒に来ていた。

 今日は人生で初めての、アイドルのライブだ。

 しかも分裂騒動が起きたセプトリアスが七人揃う最後のライブ。だからだろう、中には入れないっていうのにマスコミの数がすごかった。

 場所も時間も公表されていないのに、こんなにマスコミ、集まるんだ。

 だって、私たちでさえ場所を知ったのは今朝だ。湊君あてにメールが来てそこに書いてあって知った。いったいどこで彼らは会場を知ったんだろう。SNSへの書き込み厳禁なはずだけど流す人いるのかなぁ……

 そこで私は気が付く。あ、そうか。メンバーの家を張っていたらわかるのか……きっとマスコミはメンバーの家の場所、把握してるわよね。そこから後をつけたらいいだけだもの。

 大変だなぁ、有名人て。なんだか嫌な気持ちになってしまう。だって家族も追いかけられたりするんだもんね。湊君の前には今のところ現れたことないけど、もし知られたら今回の事もあるから絶対マスコミに囲まれるだろうなぁ。プライベートを暴くのってなんか嫌だ。

 そんなことを思いながら、私たちは横目にマスコミを見つめ、ホールの裏の方へと向かう。

 開場は五時。開演は六時だそうで、開場までまだ一時間近くある。

 ライブ会場のホールは二千人ほどしか入れず、一般のお客さんは一階のみで、二階は関係者席となっているらしい。ということは、当選者すごく少ないんじゃあ……

 そう思うとガクブルしてしまう。

 当たった人、人生の運を使い切るくらいの勢いよねぇ。

 シークレットライブだけど物販があるらしく、準備している様子がガラス越しに見える。こういうグッズはチケットなくても買えることが多いみたいだけど、今回はシークレットライブだからチケットないと買えないらしい。

 ここでのグッズって、超貴重品よね……どうしよう、記念に私も何か買っていこうかな。

 そんなことを考えていると、私の隣でスマホを見ていた湊君が、着ているコートのポケットにそれをしまいながらこちらを見て言った。


「灯里ちゃん、中に入ろう」


「え? あ、入れるの?」


 だってまだ開場じゃないのに。

 私の疑問に湊君は頷き言った。


「スタッフ入り口から入れるよ。ほら、これそういうパスだから」


 と言い、機嫌の悪そうな顔でコートの中に隠した、パスがはいったネックストラップをちら見せしてくる。

 そのネックストラップは、セプトリアスのロゴとシークレットの文字が入った特別な物らしい。

 それにしても。

 私は湊君の顔をちらっと見る。

 ずっと機嫌がよろしくない感じがするんだよね。

 ライブ、嫌だったのかな。

 まあ私が興味を持たなかったら絶対に来ることはなかっただろうし、仕方ないけれど。

 ちょっと罪悪感。いやでも私だけで行く、と決めたわけではないし。

 そう自分に言い聞かせ、私は頷き言った。


「そうなんだ。じゃあ、早く来ても大丈夫なんだね」


 なんでこんなに早く来るのか不思議に思っていたけど、関係者パスってそういうことできるんだ。


「時間ギリだと人も多くなるし、駐車場に入るのも大変になるからね」


 その言葉を聞いて、あぁ、とひとり納得する。

 私が嫌がるもんねぇ、人ごみ。でも湊君と付き合うようになってから人が多いところに出かける機会も増えて、だいぶ慣れてきたとは思うんだけど。でも車が動かなくなるのは嫌だなぁ。ぜったいげんなりする。

 私は湊君に連れられて関係者入口へと向かう。

 そこには女性のスタッフさんがひとりいて、私たちを見るとにこやかな笑顔を浮かべて言った。


「お疲れ様です! 関係者パスお持ちですね。身分証のご提示をお願いします」


 と言い、タブレットを手にした。

 私たちは免許証を出してそれを見せると、スタッフさんはタブレットで検索をしているようだった。


「えーと……柚木湊様と森崎灯里様ですね。確認できました。席は二階になります。柚木様、伏見さんから来たら教えてくれと言われているのですがお会い……」


「しないので大丈夫です」


 とても爽やかな笑顔で、スタッフさんの言葉を遮り答える湊君。

 その笑顔が何だか怖い。

 スタッフさんは一瞬黙り込んだ後、貼りつけたような笑顔で頷き、


「あ、はい、わかりました。伏見さんにはそう伝えますね」


 と言い、タブレットに視線を戻した。

 湊君の張りつけたような笑顔を見て私は内心苦笑いをし、スタッフさんに頭を下げ湊君の後を追いかけて中に入った。

 あまり来たことのない場所で、なおかつ裏口からなんて入ったことないから変に緊張してきょろきょろしてしまう。

 何人ものスタッフが行き交う関係者の通路を慣れた様子で湊君は進み、裏口から表のホールへと進んで行く。そこから警備の人にパスを見せて柵で仕切られた先にある階段を上っていった。

 その階段から外へと視線を向けると、明らかに人の数が増えていた。

 皆、建物の外で並んでその時を待っている。

 すごいなぁ、アイドルって。こんなにも人の心を動かすんだ。

 初めてのライブ。なんだか怖くなってきて、ぎゅっと手すりを握りしめた。


「灯里ちゃん、大丈夫?」


 その声にハッと我に返り、私は前を向き階段の踊り場に立ってこちらを見下ろす湊君を見る。

 彼は心配げな顔をしてこちらを見ていたので、私は首を横にぶんぶん、と振り、言った。


「うん、大丈夫」


 そして私はいそいそと階段を上りきった。

 二階席のあるフロアに人影は少ししかなかった。

 ここにいるのは皆関係者、ってことよね。

 私たちの親世代ぽい人の姿も見えるけど、演者の血縁者なんだろうな。

 高校生くらいの子の姿もある。

 そういえば伏見綾斗の妹ってあれくらいの年令よね。今日、来るのかな。


「灯里ちゃん、こっち」


 と言われ、私は慌てて湊君の後を追う。

 茶色のドアを二枚通り過ぎると、眼下にステージが見えて大音量で音楽が流れていた。

 ステージの両サイドと背後に設けられた巨大なスクリーンに、炎の映像が映されている。

 そしてステージでは三人のメンバーがパフォーマンスをしているようだった。

 すごい、これってリハーサルよね。

 開場は五時だっていうのにまだリハやってるんだ。

 思わず足を止めて見ていると、湊君に腕をつつかれた。


「行こうよ、灯里ちゃん」


 耳元で大きく言われ、私はステージから目を離さず頷き彼に手を引かれるようにして座席へと向かった。

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