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第91話 兄弟

 二階席の前から三列目の中央に座り、私たちはステージを見つめた。

 ちなみに関係者席、指定席じゃないのよね。二階席、どこに座ってもいいらしい。まあ席が何百とあるから、なんだろうな。

 そういえば千代たちも来るはずだけど関係者席なのかな。うーん、けっこう広いし薄暗いから、いてもわからないかも。

 湊君は後ろの方に座りたがったけど、さすがにそれは勿体ないから前の方へと私が主張した。

 まだリハーサルは続いているらしくて、スピーカーを通していろんな声が聞こえてくる。

 まさかこんなところまで見られるなんて思わなかったなぁ……

 今ステージの上にはふたりのメンバーがいる。その中に、伏見綾斗がいないことだけはわかった。


「まさかリハーサル見られるって思わなかった」


「あぁ、うん。そうだね。まあ俺たちは一般客と違うし、ここに来るのは基本、演者の家族とかだからね」


 言われて私は辺りを見回す。

 最前列の席にはまだ十代と思われる子たちの姿もある。メンバーの兄弟かな。

 そういえば伏見綾斗には妹と弟がいるんだっけ。

 それはけっこうテレビで語っているから私でも聞いたことがあるし、妹の方は紅葉を見に行った時に見かけたから覚えている。

 湊君の腹違いの兄弟、か。でも綾斗って湊君の事をテレビとかで話したことはないっぽいのよね。

 調べても出てこないし、両親のこともほとんど話さないらしい。

 隠しているのかな。でもなんでだろう。


「来たら教えてって言ったのに、なんで教えてくれないかなぁ」


 聞き覚えのある声に驚いて首を巡らせると、湊君の横に立つ人影があった。

 衣装、かな。

 派手な赤いジャケットを着た青年がそこにいた。

 ゆるく予習したのでわかるけど、赤は綾斗のメンバーカラーだ。

 思った通りそこにいたのは伏見綾斗だった。彼は私の方を見るとにこっと笑い、


「いらっしゃい、この間もお会いしましたよね」


 と言ったので、私は慌てて立ち上がり頭を下げた。


「あ、はい、あの、森崎です。今日はありがとうございます」


 緊張のせいか声が上ずってしまう。

 改めて綾斗を見ると、なんていうか輝いて見える。

 これがオーラってものなんだろうか。すごいなぁ……

 紅葉を見に行った時とは全然違う人みたいだ。

 全然ファンではないのに、笑顔を向けられると変にドキドキしてしまう。

 そんな綾斗に対して、湊君は席から立たずに顔だけ向けて言った。


「チケットの手配してくれたことについてはもうお礼を伝えたでしょ。だからわざわざここに来たことを伝える必要はないって思ったんだけど」


 湊君の声は、相変わらず冷たい。

 何なんだろうな、この温度差は。

 綾斗の方は構いたい感じだけど、湊君の方は絶対に構ってほしくない、というオーラが出ているように思う。

 私には兄弟がいないから全然わからないけど、こういうものなのかなぁ……

 さすがに口がはさめずおろおろしていると、綾斗は気にする様子もなく笑顔で言った。


「あはは、そうだね。来てくれて嬉しいよ。グループでは最後だし、楽しんでいってよ。あ、そうだ。森崎さん」


 うそ、私、名前呼ばれた?

 こんなのファンに知られたら私、何されるかわからないやつ……!

 変にドキドキしながら返事をすると、彼は言った。


「今日の記念にグッズ、いりますか? よろしければ届けさせます」


 そんなことを言われて断るはずはなく。


「は、はい。あ、えーと、ありがとうございます!」


 と、裏返った声で答えて頭を下げるのが精いっぱいだった。


「湊が女性とこうしていられてよかったよ。てっきり彼女とかできないと思っていたから」


「そういう心配はいらないから」


 綾斗の嬉しそうな表情とかなりの温度差で湊君は嫌そうに言い、それを見た綾斗は笑って頷いている。

 変な兄弟だな……

 にしても今の綾斗の言葉、どういうことだろう。彼女とかできないって思われるようなことがあったって事よね?

 何があったんだろうな。

 湊君、まるで反抗期の子供みたいだ。

 私もちょっとだけこういう時期あったけど、なんだか黒歴史見ている気分で心が痛い。

 さすがに反抗期には遅すぎるもの。でもそういうんじゃないんだろうな。何かもっと複雑なものがありそう。


「わかったよ。じゃあね、また」


 終始笑顔でいた綾斗は、ニコニコしたまま手を振り去っていく。

 その背中に私は手を振って見送り、席に腰かけて湊君の方を見た。

 嫌そうな顔のまま、彼はステージを見つめている。


「ねえ、何があったの?」


 さすがに気になって聞いてみたら、湊君はハッとしたような表情をしてこちらを向く。


「え、何が?」


「湊君、いつも彼と話すとき機嫌悪いよね。それってなんで?」


「それは……」


 と言った後、視線を巡らせ顔をしかめてしまう。


「……綾斗は父に引き取られて、俺は母親に引き取られて。それが理由かな。俺は父親に似すぎてて。だから……」


 と言った後、湊君は下を俯き黙り込んでしまう。

 これはかなり根が深い理由がありそうだな。

 湊君が父親に似ていて、それでお母さんが変になっていったって言っていたっけ。

 どういうことなんだろうな、それって。

 子供を手放すって相当よね。そして湊君はお母さんのことも毛嫌いしている。


「構いすぎなんだよ、あいつ。自分の心配だけをしていたらいいのに。俺のことがばれたらスキャンダルになるんだから」


 なんていう呟きが聞こえてくる。

 心配しるのは普通な気がするけれど、だって兄弟なんだし。

 構いたいお兄さんと、構われたくない弟、って事かな。なんか片想いがすぎてちょっと綾斗が可哀そうに思えてくる。

 でも湊君の存在がバレたらスキャンダルになるってなんだか悲しい話だな。

 お父さんが不倫して、その結果離婚したんだもんね。それがスキャンダルになるって事なのかな。湊君たち何も悪くないのに。

 湊君はしばらく黙り込んだ後、首を横に振り言った。


「後で話すよ。きっといつか乗り越えないといけないし」


 こちらを見た湊君はそう言って、私の手を握りしめた。その手は心なしか、震えている気がした。



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