そのあと、本当に綾斗からライブグッズが届いた。
スタッフの人がビニールの袋いっぱいのグッズを届けてくれて、私は何度も頭を下げた。
その袋の中にはタオルにTシャツ、公式ペンライトまで入っていた。すごい、こんなのあるんだ。
子供の頃映画で見た光る剣みたいな形のペンライトは、ボタンを押すごとに色が変化した。
赤から始まって、オレンジ、黄色、緑へと変わっていく。全部で七色、セプトリアスのメンバーカラーだ。
「すごいね、これ。ペンライトだよ。あ、持ち手のところにグループ名が入ってる」
「そんなのもあるんだ。それと……Tシャツ何枚も入ってるけど、これ、絶対灯里ちゃんあてだけじゃないよね」
苦笑して言い、湊君はTシャツを取り出す。
本当だ。黒いTシャツと白いTシャツがあるんだけどMサイズとLサイズが入っている。それにタオルも全色揃ってるしこれ、いったいいくら分だろう。考えると怖くなる。
「こんなに貰っていいのかなぁ」
「いいんじゃないかな。どうせ綾斗が買い取ったものだろうし」
そうだとしたら私、何か後でお礼しないとだよねぇ……
黙り込んでグッズを見つめていると、湊君の声がした。
「気にしなくて大丈夫だよ。綾斗は好きでやっているんだから。お礼とか気にしなくていいよ」
「え、あ、そ、そうなの?」
「そうだよ。だから大丈夫」
そこまで言われたら……うん、心の中でお礼を言おう。ありがとう、綾斗。
リハーサルが終わり、ステージから誰もいなくなってしばらくすると開場時間になり、ホール内がざわめき始める。
「だからもう少し早く出ようって言ったんだよ」
聞き覚えのある声に思わず驚き、私はキョロキョロと辺りを見回す。
なにこれ、湊君の声にそっくりなんだけど? 正確には昔の声に。
驚いたのは湊君も一緒なようで、ゆっくりと首を巡らせた。
後ろから階段をおりてくる二人組。
どちらも若い、たぶん高校生くらいだ。
女の子と男の子で、声の主は男の子の方だ。昔の湊君にすごく似ていて、思わず目を見開いて隣の彼と見比べてしまう。
もうひとりの女の子は見覚えがあった。以前、綾斗と一緒にいた女の子だ。ということはきっと、綾斗の妹と弟なんだろう。
「だって、服が決まらなかったんだもの。お兄のライブでしょ? だからちょっと気合入れたくて」
そう言っている割にはそこまで気合の入った感じはしないような。
膝よりちょっと上のスカートに、紺色のコートを着ている。
いたって普通の高校生って感じの服だし、焦げ茶色の髪は高いところで綺麗に縛っている。
この前もそうだったけど、派手さはないのよね。化粧は薄くしているみたいだけど。
「気合っていつもといっしょじゃん?」
呆れた様子で弟の方が言い、ふたりは階段を下りていきそして、最前列のあいている所に座った。
「自分見ているみたいでなんだか恥ずかしい」
そう呟いた湊君はちょっと機嫌が悪そうだった。
まあ確かにそうだろうな。あんなに似ているんじゃあ、双子みたいだよね。
「ねえ、面識はあるの?」
「いや、俺、父親には会っていないし向こうの家には行ったことないから。俺の存在を知っているのかもわからない」
あぁ、そうなんだ。お父さんにも会ってないのか。
どんな顔していいかわからなくなっていると、湊君は私の表情に気が付いたのか首を横に振って言った。
「別に、気にしてないし。俺には家族がいるしそれに、今は灯里ちゃんがいるから大丈夫だよ」
微笑み言われ、私は顔が真っ赤になるのを感じて思わず下を俯いた。
あーもう、恥ずかしい。
「灯里ちゃんと一緒じゃなかったら、ここに来ることもなかったし」
「そういえば、綾斗って湊君の事は全然喋ってないんだね。今のふたりについてはけっこう話しているみたいだけど」
「あぁそれは……」
と言い、湊君は正面へと視線を向ける。
開演までまだ一時間近くある。
観客たちはまだまばらだからきっと、物販に行っているんだろう。
「ほら、うちは父親が不倫して離婚したからね。俺の存在はマスコミの餌食になりかねないからじゃないかな。週刊誌が好きそうでしょ。綾斗の父親は不倫の末子供を捨てて、実の母親は俺を手放したなんて話、スキャンダラスだし」
そうか……そうよね。
確かにマスコミが好きそうな話だ。有名人の家族も大変だな。
でもまてよ。
「だからたぶん、誰にも言わないと思うよ。その割にこういうところに招待したがるんだからよくわからないんだけどね」
そうそう、それが不思議なのよね。
湊君の存在を隠したいのかそうじゃないのかわかりにくい。隠したいならこんなところに招待しないと思うのよ。なんでそんな危険をおかすんだろう。
自分の仕事を見せたいとか、かな。向こうは湊君のこと、構いたくて仕方ないみたいだし。綾斗的な愛情の表し方なのかもしれない。
「複雑だなぁ」
言いながら私は腕を組み首を傾げた。
「綾斗は母親や俺と面会交流していたからずっと連絡取ってるけど、俺はあんまり関わりたくないんだよね。あんな光が当たる場所に出たんだから、俺のことなんて構わなくていいんだよ」
そう言った湊君の顔は心底嫌そうだった。
あぁ、それでさっきの呟きになるのか。
それはもう、当事者にしかわからない話よね。ううん、かける言葉が何も見当たらない。
「なんでそこまで彼のことが嫌なの?」
「母親と連絡取っているからかな。俺は本当に関わりたくないんだよ」
だからそのお母さんといったい何があったのよ。そこにすべての秘密が隠れていると思うのよね。
湊君がなぜ今まで色んな女性と関係を持ってきたのか。そしてひとりも恋人を作らなかったのかって。
全ての原因はお母さんとことにあるんじゃないだろうか。そう思うけど、さすがにちょっと踏み込めない。
湊君は嫌そうな顔で言葉を続けた。
「わかるんだけどね、綾斗がなんで俺を気にするのか。わかるんだけどそれがちょっと重荷なんだ。だって綾斗は何も悪くないし」
そして彼は顔を伏せる。
どういう意味なんだろうな、それって。気になるけど後で話すって言っていたし、今はただ黙って聞いているしかないよね。
黙っていると湊君は首を振り、こちらを見て微笑む。
「うん、そうだ。嫌いっていうか……そうじゃないんだけどまあ、俺、こじらせてるのかも」
こじらせるってなんだろう? 全然意味が分からないけど、そうなんだ、と、頷くしかできなかった。