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第93話 ライブのあと

 六時を少し過ぎた頃、ホール内が暗くなりそして、ステージが眩しく輝いた。


「きゃー!」


 一斉に観客たちの声が響きそして、音楽が流れ始める。

 あぁ、始まるんだ。

 私はペンライトを手にしてじっと、ステージを見つめた。

 メンバーたちが次々に現れ、人々の歓声が一際大きく響く。そんなに多くのお客さんが入っているわけじゃないのに、こんなに声って聞こえるんだ。

 雰囲気に気圧されていると、歌が始まった。

 最初の曲は私でも聞いたことがある歌だった。

 デビュー曲じゃないかな。

 歌も音楽も結構な音量で流れているのに、それに負けない位歓声が聞こえてくる。

 アイドルってすごいなあ。こんなに人を熱狂させられるんだ。

 曲のあと、メンバー紹介になりトークが始まる。

 ところどころ笑いが起きて、わきあいあいとした雰囲気だ。

 その後も曲の合間にトークが入ったんだけど、どのトークも面白いし、メンバーたちは私が思っているよりもずっと、仲よさげに思えた。

 だから分裂は仲たがい、とかじゃないんだろうな、って感じたけどどうなんだろう。

 ライブは二時間近くやったんだけど、楽しいせいか時間が経つのがかなり早く感じた。

 アンコールまでやってホール内が明るくなり、私はペンライトの電源を切って大きく伸びをした。


「あー、あっという間だったー」


 ホール内に、公演終了のアナウンスが流れていて、ざわめきが階下から聞こえてくる。


「うん……ああ、そうだね」


 何だか心ここにあらず、という声音で言い、湊君は首を横に振る。


「綾斗ってあんななんだ。初めてちゃんと見た」


 なんて呟いている。


「あれ、テレビとかで見たりしないの?」


 すると湊君は首を横に振り言った。


「見ないよ。たまに音楽チャンネルでPVを見かけるくらいで。あんなに喋ってるの見たのも初めてだ」


「すごいよねー。あんな風に人を熱狂させて楽しませるの。アイドルってすごいんだねぇ」


 心底感心して言うと、湊君は小さく頷く。


「そうだね」


「あんまり似てないと思ったけど、笑い方とか声、けっこう似てるんだね」


 マイクを通しているからか、綾斗の声は湊君の声によく似ているように聞こえた。

 顔はそこまで似ているように思わなかったけど、実はけっこう似ているのかも。

 私の言葉を聞いて、湊君はちょっと嫌そうな顔になる。


「そんなの初めて言われたよ」


 でしょうね。だって、綾斗と湊君が兄弟だって知っている人あんまりいないんだから。


「子供の頃は、あんな歌うとか踊るとかそんなそぶり何もなかったと思うんだけど」


「そうなんだ。なんでアイドルになったのか知ってるの?」


 すると湊君は顔を伏せて言った。


「あちらの母親のつてじゃなかったかな。綾斗は……あの義母を満足させるためにやってたんだと思う」


 あー……そうか。今のお母さんとは血、繋がっていないもんね。しかも不倫相手になるんだっけ……

 そのお義母さんに嫌われないため? すごい話だな。なんて言うか、怖い。


「今はもう、家を出てひとり暮らししているから、義母の機嫌を取る必要もないしね。脱退の理由のひとつだと言ってた」


 今回の脱退騒動、そういう理由もあるのね。

 それは絶対に言えない話じゃないの。私が聞いていいんですかそれは。

 これは墓場まで持っていく話だなぁ。

 考えてみると結局、誰も脱退の事を語らなかったもんね。

 そういうものなのかな。ファンだったらちょっと切ないんじゃないだろうか。

 今の話を聞いたらとてもじゃないけど人に言えない話だ。だけど他のメンバーは関係ないよね。じゃあ他にどういう理由があるんだろう。あるとしたらお金の問題や待遇、契約関係だよね。

 SNSではいろんな噂が流れていたけど、どこにもきっと、真実はなさそうだ。だって、本人たちは何も語らずじまいなうえ、今日のライブを見る限りはとっても仲良さそうなんだもの。

 アナウンスで、どこの席の人から退場を、と流れて足音が響いてくる。

 前列に座っていた綾斗の妹と弟は連れだって階段を上っていく。


「ねえねえ帰りどうするの?」


「運転手が迎え来てるっていうから早く帰ろう。混む前に帰らないと」


 なんて言っている会話が聞こえてくる。

 ふたりが私たちの横にさしかかった時、妹の方がこちらに気が付いて立ち止まった。


「あ、この間、お兄と話していた方ですよね」


 にこにこと笑いそう言った妹の後ろで、不思議そうな顔をして弟が私たちの顔を交互に見る。


「私、綾斗の妹で紗那と言います。こっちは弟の和斗」


「こんばんは、柚木湊です」


 張りつけたような笑みを浮かべて湊君が言った。

 これは私も名乗らないと、だよね。


「森崎灯里です」


「ここにいるってことはお兄の友達ですか?」


 友達じゃないけど、どう答えるんだろう。

 そわそわして湊君の顔を見る。すると彼は首を横に振り、


「友達ではないですよ」


 とだけ答える。いや、まあそうですけど。


「弟です」


 まさかの言葉にドキッとしていると、ふたりは目を見開いて湊君を見つめる。

 そうよね、そういう反応になるよね。

 ちょっとこれ、どうなるんだろう。


「あ……だってお父さん、離婚歴あるって言っていたっけ……」


 おろおろしていると、弟の方、和斗が呟く。

 あ、それは隠していないのね。


「そういえばお兄に聞いたことある。弟がいるって。時どき会っているって。でもお母さんがよく思わないから内緒だよって……」


 そう紗那の方が呟きそして、湊君の顔をじっと見つめた。


「言われてみるとお父さんにそっくり……」


 本当にそうなんだ。

 湊君はお父さんに似て、綾斗の方はお母さんに似て。自分を裏切った男によく似た息子を育てていたお母さんはどんな気持ちで……

 そう思い至った時、私はハッとして湊君の顔を見つめた。

 湊君は笑っている。その笑顔が何だか怖かった。

 お父さんに似ていたから、それで何かあったっんだよね? そんな事、前に言っていたよね。それでお母さんが変になっていったって。

 でも何があったんだろう?

 嫌な考えばかりが浮かんでしまう。

 あー、やだやだ。こんな想像したくない。思いつく内容、みんな虐待なんだもの。だけど湊君がお母さんを嫌っているのは確かだし、女性に対してどこかおかしい価値観を持っているのもたしかよね。

 いったい何があったんだろう。そして私がそこに踏み込んでいいんだろうか。それの答えは私の中でまだ出ていない。

 ひとりでハラハラしていると、湊君が口を開く。


「確かに似てるよね。俺もそう思うよ。だから母親は……」


「ちょっと、湊君」


 それを言ってはダメな気がして、私は彼の腕を掴む。

 すると湊君はこちらをじっと見つめ、首を横に振り小さく微笑んだ。


「そうだね。ごめん、止めてくれてありがとう」


「いや……うん」


 なんて答えたらいいのかわからず、私は変な返事を返してしまう。そして湊君はふたりの方を見て言った。


「初めまして、そしてさようなら」


 そう、ふたりに笑いかけると、湊君は私を引っ張るようにして歩き出した。 


「え、あ、えーと、また!」


 なんて言っていいかわからず、私はふたりを振り返ってそう言い、頭を下げた。

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