あ、綾斗にグッズのお礼、言いそびれてしまった。でも今さら戻ることもできず、私は湊君から礼を伝えてくれと頼んだ。
「わかったよ、それくらいなら伝えておくよ」
と言い、彼はスマホでメッセージを送ってくれた。
さすがにあんなたくさんもらっておいて何も言わないのは気分がよくないもんね。
ライブ会場を出ると、外でマスコミが出てきたお客さんたちのインタビューをしていた。
お客さんの中には泣いている人もいて、そんな人たちに容赦なくマスコミはカメラを向けている。
なんだか嫌だなぁ……
そんなマスコミを避け、私たちは駐車場へと向かいさっさと会場を離れた。
「すごいね、マスコミ」
「そうだね。よく綾斗はあの人たちに囲まれて冷静に喋れるなって感心するよ」
それは確かにそう思う。
すごいなぁ、ほんと。
ライブ会場から離れ、夕食を食べるためにレストランに寄る。ふたりでライブの感想を言い合いそして、私たちは家へと向かった。
人ごみと、初めてのライブで疲れていたんだと思う。私は車内で眠り込んでしまった。
そうしたら久しぶりに夢を見た。
お父さんとお母さんの夢だ。
あぁ、今でも見守ってくれているんだなって嬉しくなる。
ここは昔住んでいた家だろう。
お父さんとお母さんがそろっていて、ケーキとプレゼントが前にある。服装からしてきっとクリスマスだろう。
私、サンタさんを信じていたっけ? それはよく覚えていない。
私はケーキを食べてプレゼントを受け取って嬉しさで心いっぱいだった。
『私たちはずっと、灯里の幸せを祈っているよ』
そう言って、お母さんが私の頭を撫でてくる。
そんなの知っているよ、お母さん。お父さんと今は一緒にいるのかな。
私もお父さんとお母さんみたいに、一緒に歩んでいく相手、見つけられるかな。
そう思った時、場面が切り替わってしまう。
目の前に現れたのは両親じゃなくって湊君だった。
何を言っているのかわかんないけど、私と湊君は手を繋いで歩いている。
なんてことのない普段の日常の夢だ。
私、湊君と幸せになれるのかなぁ。
……私、湊君とずっと一緒にいていいのかな。
このまま湊君と一緒にいれば私、もうストーカーに悩むことはないかな。家族欲しさにいろんな出会いを求めなくていいのかな。
『ねえ湊、私とずっといっしょにいてくれる?』
私の意思なんて関係なく、口が勝手に動く。
すると湊君はにっこりと微笑み頷いて言った。
『当たり前じゃない。俺はずっと、灯里といっしょだよ』
そして顔が近づいて来たかと思うと唇が触れた。
ゆさゆさと身体が揺らされ、私はゆっくりと目を開ける。
んー……眠い。なんだか身体はふわふわして、なんだか力が入らない感じがする。
「……きて、ねえ、灯里」
ん……? 今なんて言った?
これ、まだ夢かな。だって夢の中で湊君、私の事を呼び捨てにしていたし。
「灯里ちゃん、ねえ、灯里ってば。着いたよ、家に」
ってあれ、これもしかして夢じゃない?
驚いて私はばっと目を開けて、運転席に座る湊君を見る。
当たり前だけど車の中だから暗いし、駐車場に灯りは少ないので湊君の表情はよくわからない。
「え、と、ねえ、今私のことなんて呼んだ?」
言いながら、私は湊君に身体ごと近づけた。
こうすれば表情がよく見えるよね。
すると彼は驚いた顔をして身体をひいて逃げてしまう。とはいえ狭い車内だから逃げ場なんてあるはずなかった。すぐに追い込まれた湊君は目を見開いて私を見つめた。
私は顔を近づけて言った。
「ねえ今、私の事を呼び捨てにしなかった?」
絶対したよね、そうだよね?
言いながら私は彼の肩にそっと触れる。
すると湊君の目が泳ぎ、そして俯いてしまう。
「うん……まあ……ほら、もう五か月経つし、そう呼んだ方がいいのかなって……ちょっと思った、から」
と、しどろもどろに答える。
やだ、湊君が恥ずかしそうにする姿、ちょっと面白いんだけど。
たかだか私を呼び捨てにするだけで、なんでそんな恥ずかしそうなんだろう?
思い返してみたら、湊君て、女の子の事を呼び捨てにしてるの聞いたことないかも。
「そうねぇ、もう五か月かぁ。色々あったね。じゃあ私も名前、呼び捨てにしようか。ねえ、湊」
言っててなんだか変な感じがしてくる。背中がむずがゆいというかなんというか。
「出会って十年以上経つのに、こういうふうに呼ぶの初めてだからなんかおかしいね」
笑いながら言うと、湊君も笑って頷いた。
「あぁ、うん、確かにそうだね。俺、女の子のこと名前で呼び捨てにするの、初めてかな」
あぁ、やっぱりそうなんだ。なんだか特別な感じがするかも。
「そっかー。でも契約でしょ、私たち」
だからあまり踏み込んじゃいけないと思っていた。
でも今、私は湊君のいろんなことを知ってしまった。
かなり踏み込んでしまってきっと、もう戻れないだろう。そう思うと心が揺れ動く。さっきの夢みたいに、私たち本当にずっと一緒にいるのかな。そんなこと望んでいいのかな。
そう思うと心が揺れる。
悩んでいると湊君の手が私の頬に触れた。
「ねえ、契約じゃなくって本当の恋人になりたいって言ったら、どうする?」
まっすぐに私を見つめ、真面目な顔をして湊君は言った。
本当の恋人……
という言葉に私の心臓が高鳴る。
顔だけじゃなく、身体中の温度が上がっていって今にも沸騰してしまいそうだ。
どうしよう、恋人って……
そう言われるとしり込みしてしまう。だって、私、恋人という存在とろくなことがなかったから。
湊君なら大丈夫だと思う。だけど……本当にいいのかな。
私、大丈夫、かな。今までの事を思うと自信をもって頷けない。
私が黙ってしまっていると、湊君は微笑み言った。
「まあ、まだ時間はたくさんあるし。その時に答え、出してくれるといいな。俺は灯里ちゃんといたいから」
そして顔が近づいて来たかと思うと唇が触れた。