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第111話 彼を支えたい

 普段よりも少し早く帰宅して、足早にリビングに向かうと普段と変わらない様子の彼が、キッチンに立っていた。

 彼は私の姿を見ると、ニコッと笑い、


「お帰り」


 と言う。


「あ、うん、ただいま」


 笑顔を見てほっとしたところに、


「にゃー」


 と、ノアがすり寄ってくる。私はその場にしゃがみ、ノアにもただいまを伝えた後、ノアを抱え上げてキッチンへと近づいた。

 テレビがついていて、動画サイトの作業用BGMが流れている。

 聞いたことがある歌だ。歌入りの曲、流しているのは珍しいな。


「今日の夕飯はさばの味噌煮と、イカと大根の煮物。あとお味噌汁にサラダだよ」


 今日は和食なんだ。

 一緒に暮らし始めて半年以上になったのかな。お互い料理のレパートリーがかなり増えた。

 休みの日は一緒に作ることもあって、新しい料理に挑戦することもあった。


「あ、うんわかった。私、ご飯よそうね」


 そして私はノアを床におろした。

 私はご飯をよそい、テーブルに並べる。湊はおかずなどのお皿や器をお盆に載せて、テーブルへと運んだ。あと、お茶用のカップと温かいほうじ茶を用意する。

 基本、ご飯の時はお茶なんだよね。


「明日なんだけど、作ってみたい料理があるんだ」


 と、湊が言い出す。


「え、何?」


「ケーキってつくったことないなって思って」


 あー、ケーキ。確かにつくったことないな。


「作るの大変かなって思って作ろうと思わなかったけど、材料少な目で作れるチョコレートケーキとか調べたら出てきたから作ってみたいなと思って」


「あぁ、そういうのSNSのおすすめで出てくるね」


 チョコレートケーキか。

 湊はシンプルなケーキが好きだ。というか、フルーツと生クリームの組み合わせが苦手らしい。

 チョコレートも中に何か入っていたりするのは好きではないらしく、バレンタインデーには生チョコレートを買ってきて一緒に食べたのよね。


「だからチョコレートケーキ作ってみようよ。道具と材料買ってきてさ」


「いいね、作ろう」


 お菓子作りかぁ。初めての事はわくわくしてくる。

 私と湊は向かい合って座り、いただきます、と言って夕食を食べ始めた。


「さばの味噌煮、おいしいね」


「うん。ありがとう」


「ねえ、湊は仕事、どんなイラスト描いてるの?」


「うーん、カードゲームのイラストとか、ポスターとか。そんな感じかな。途切れないし、指名で仕事くれる会社もあるからありがたいよ」


 なんていう、他愛もない会話をかわす。

 聞きたいことはある。だけど私からそれを聞いていいのかわからなかった。

 あの週刊誌の記事、読んだのかな。読んでないのかな。ちなみに私は読んでいない。

 あのあと、SNSをいろいろ見ては見たけれど、雑誌への批判が圧倒的に多かったな。

 ワイドショーでも少し流れたと見かけたけど、芸能人の親の事なんてどうでもいいでしょうに。

 何となく、落ち着かない空気が流れる中夕食を食べ、このままもやもやを抱えるのも嫌で私は自分から例の件に触れた。


「ねえ、湊はあの雑誌の内容って読んだの?」


 勇気をだしてそう尋ねると、湊は首を横に振って押しついた声音で言った。


「見てないよ。興味ないし」


 興味ない。まあ、そうか。そうよね。湊らしい。


「そもそも俺、今の両親と養子縁組してるから縁、切れてるし。記事を知った両親から心配の電話が来たけど、大丈夫って伝えたよ」


 と言い、彼は笑う。

 あぁそうか。叔父さんに養子として引き取られたんだもんね。

 遠いので会うことはなかなか少ないみたいだけど、時々電話はしているみたいだった。

 何回かその電話をしている姿を見たことあるけど、綾斗のときとは全然違ったのよね。始終笑顔だった。


「そう、なんだ」


「前の事務所辞めたから、そういう情報が出たんじゃないかって綾斗は言ってたんだよね。そもそも元父親の離婚歴なんて調べたら簡単にわかることだし。母親の事も調べようと思えば調べられるだろうし」


 調べるって戸籍とかかな。いや、近所の人に聞いたらわかっちゃうか。人の口に戸はたてられないものね。

 湊は箸を置き、ほうじ茶が入ったマグカップを手に持ち言った。


「今までSNSでただ流し見していた話題に俺の事が出てくるなんて思わなかったよ」


「そ、それはそうでしょうね」


 普通に生きていたらそんなこと起きないもの。

 SNSは一気に情報がひろがるものね。


「SNSを見た限り、雑誌批判が多かったけど」


「あ、そうなんだ。連絡受けてすぐ雑誌のアカウントはミュートブロックしたし、ミュートワードの設定したし、しばらく見ないようにしようってログアウトしたからそこまで見なかったんだよね」


「すごい徹底ぶり」


 私なら気になって、SNSを見ちゃうだろうな。

 すると、湊は肩をすくめ私を見つめ苦笑する。

「SNSはひとつじゃないしね。画像中心のSNSってあるからそっちにイラストあげたらいいだけだし。AI学習の騒動もあったからSNSの利用は悩んでいたんだよねー。俺も勝手に学習されて販売されてるの見たし。ああいうの、勝手に名前使われて迷惑なんだ」


 と言い、ため息をつく。

 そ、そうなんだ。AI学習について私はあまり理解していない。でも俳優や声優の声をデータ化して販売している話や、総理大臣の声と姿を使ってフェイク動画流した事件とかあるのを考えると、成りすましとか簡単にできちゃうから怖いよね。


「そういうの、あるんだね。仕事でAI使う事はあるけど、使い方によっては怖いことになるね」


「道具だから使い方次第なんだけどね。まあ、そういうのもあるからしばらく見ないようにするよ」


「そう、だね。何言われるかわからないしね」


「そうそう。俺の名前は出てないみたいだし。まあ、新しい話題が出ればすぐに忘れられるよ。熱しやすく冷めやすいんだから」


 それは確かにそうだな。

 とりあえず、湊が気にしていないならいいか。私が気にやむことではないし。

 私は彼を支えるだけだ。

 そう思って私がお茶を飲んでいると、湊は立ち上がりながら言った。


「この話はおしまい。ねえ、お風呂入ったらお酒飲んで、ゲームしない?」


 と言い出した。


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