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第112話 ゲームをしよう?

 夕食の片づけをした私たちはお風呂に入り、テレビの前にあるソファーに腰かける。

 いつの間にかテレビの前に設置されたゲーム機と、二本のコントローラー。そして表示されているのは国民的ゲームキャラクターのカートゲームだった。


「いつ買ったの?」


「今日の昼。やったことはあるんだけど、引越しで家族が持っていったから俺、持ってなかったんだよね」


「何があったのよ?」


 言いながら私は赤いコントローラーを手にする。


「勢いで、かな。ゲームってそんなにやらないけど、引きこもっているのもよくないよなって最近思って、ボクシングのゲームも一緒に買ったんだ」


 そして湊は青いコントローラーを手に持ち私の隣に座る。すると当たり前のようにノアが私たちの間に滑り込み、香箱座りをしてテレビの方を見つめた。

 テーブルの上にはビールやチューハイの缶がふたつずつと、キューブのチーズやクラッカーがのった紙皿が置かれている。


「このゲーム、3D○でしかやったことないんだけど」


 と、携帯ゲーム機の名前を出すと、湊はコントローラーを操作しながら頷いた。


「あぁ、あったね。俺も持ってた」


「はやったもんねー、3D○」


「うん。今でもたまにやってるよ。RPGをちょっとずつやったりして」


 古いゲームってたまにやりたくなるんだよね。

 テレビ画面にはゲームが表示され、キャラの選択画面になる。

 知っている様で知らないキャラがたくさんいる。


「赤ちゃんキャラなんていたんだ」


「あぁ、うんそうだね」


 おなじみの兄弟に、キノピ○、亀にド○キー、色んなキャラが最初から使えるのね。

 誰にしようかな……


「とりあえず私、キノピ○にしようかな」


 かわいいから。


「俺は、うーん……」


 隣りで呻った湊が選んだのは、緑の恐竜のようなキャラだった。

 カートの形やタイヤの形などを選んで最初のコースを選ぶ。

 ビールを飲みつつ、私はゲームが始まるのを待った。久しぶりだし、ちょっと緊張するなぁ。

 画面が切り替わり、ゲームが始まる。

 丸ボタンを押すとカートが走りだし、隣でがさごそとノアが動く気配がした。

 途中でアイテムを拾うけど、使い方どうするんだっけ?

 操作方法ちゃんと見ておけばよかった。


「わぁ! ジャンプこわい」


「あんまり端行くとおちるよ」


 そんな、笑いを含んだ声が隣から聞こえてくる。

 ノアが動き、ソファーから下りてテレビの前に寄っていくのがわかったけれど、今私たちはそれを止められるわけなかった。

 一周目を終えて私は六位で、湊は三位。

 でも接戦で、順位はどんどん入れ替わっていく。


「あー! バナナの皮嫌い」


 誰かが落としていったであろうバナナの皮に滑ってしまい、私のカートはコインをまき散らしながら回転して止まる。

 そんな様子をノアはじっと見つめていて、テレビ画面に手を伸ばしていた。

 白熱した戦いは、私六位、湊一位で終わった。


「すっごい微妙な順位ー。もう一回やる!」


「そうだね。あ、他にもソフトあるからね」


「わかった。せっかくだし色々遊ぼう」


 そうして二時間ほどゲームをして過ごした後。

 ノアは飽きたのかケージに入って寝転がっているようだった。


「あー、面白かった。ゲーム、こんなに楽しいんだ」


「うん、またやろうよ」


「そうだね」


 ゲームを片付けてテレビはいつもの動画を流す。

 あー、眠くなってきたな。

 二缶目のビールはまだ半分くらい残っているから、これを飲み終えてから寝よう。

 そう思って私はソファーに座り、缶ビールに口をつけた。


「あぁ、まだ残ってるよね、お酒」


「うん、もったいないから全部飲んじゃう」


 そして私はグイ、とビールを飲む。だいぶ炭酸抜けちゃってるな。それだけ白熱した戦いをしていたって事だ。

 湊も二本目のチューハイを開けていたけど、そんなに飲んでいないはずだ。

 私に寄り添うように座った湊も缶を手にして、それに口をつけた。


「母親からメールが来たんだ」


「え?」


 驚いて私は缶をテーブルに置いて湊を見る。

 彼は缶をテーブルに置いてこちらを向き、言った。


「なんか、あの雑誌記者に突撃されたらしくって。『ごめんね』とだけ書かれていた。まあ謝られてもね。悪いのは不倫した父親だし。母親は……犠牲者だっていうのはわかってはいるんだけど、やったことは許せないし」


 そして彼は目をそらして俯く。

 それはそうですよね、。確か背中を切りつけられたんだっけ。


「『なんで私を捨てたの?』って言って背中切られて。何が起きたのかわかんなくって、ただ痛かったな」


 聞いているだけで心が苦しくなる話だった。

 彼の父親は再婚して子供できて穏やかに暮らしているんだろうけれど、お母さんの方はそうはならなかった。

 悲しすぎるよ。

 いったい何を言ったらいいのかわからない。

 私にできるのは話を聞くことと、一緒にいることくらいだ。


「その後、母親は警察の事情聴取うけたらしくて。俺は保護されて、二度と会うことはなかったんだ。それ以来俺は母親に見つかるのが怖くて、人前に出ることを拒んできた」


 だからイベントとか嫌がっていたのか。

 自分を傷つけた母親に見つかるのが怖いって、かける言葉が見つからないほど切ない。


「どうやって知ったのか、何回か仕事関係の方でメールきていたけど返事した事なかったんだよね。そうしたら今回のことがあって、一言謝られた」


「それで……どうしたのそれ」


「え? うーん……謝られても困るよね。だから何も返してないよ」


 そして彼は首を横に振る。


「放っておいてほしいんだ。俺は」


 まあそうだよね。今、湊には別の家族がいるし、平穏に暮らしているんだから過去の事でごちゃごちゃしたくないよね。

 苦しげに俯く彼の肩に手を回しそして、私は彼に向かって言った。


「私、一緒にいるから」


 どんな言葉を伝えるのが適切なのか全然分かんなくて、言えたのはそれが精いっぱいだった。

 すると湊は顔を上げ、私を見つめる。その顔はとても辛そうだった。

 何にもできないのが辛いなぁ……

 彼は私の背中に手を回してきたと思うと、ぎゅうっと身体を抱きしめてくる。

 湊は大きく息を吸い、そして吐くと、


「ありがとう」


 と呟いた。


「ねえ灯里」


「何?」


「今日、一緒に寝たい」


 甘く響く声で言い、彼は私の顔をじっと見る。

 そんな声で、顔で言うなんてずるい。そんなの拒否できない。

 顔が紅くなるのを感じながら頷くと、彼は微笑み顔を近づけてきてそして、唇を重ねた。

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