ゴールデンウィークを報じるワイドショーは、どれも混んでいる映像ばかりだった。
渋滞何キロ、新幹線の混み具合など、見ているだけで外に出る気持ちがマイナスになる情報ばかりが溢れてくる。
どうして人は、混んでいる場所にわざわざ向かうんだろう。人が多いのを楽しんでいるのではとすら思う時がある。
普段の買い物先であるスーパーだっていつもより人が多かった。
そんな感じなので連休中、私は家に引きこもりサブスクで映画やアニメ、ドラマなどをひたすら見ていた。
そして迎えた五月五日の月曜日、夕方五時過ぎ。
私と湊は一緒に郊外にある巨大ショッピングモールに来ていた。
この時間なら少しはましかな、と思っていたけれど意外と人は多く、駐車場に止めるのも時間がかかった。
以前ならこの時点で帰りたい、と強く思っていただろう。けれど今は湊がいるのでそこまで嫌でもなかった。
苦手なのは変わらないけれど。
車を降りて、私は思わず上に思いっきり手を伸ばして呻った。
「んー! 疲れた」
いや、大して車に乗っていたわけじゃないんだけど、混んでいる、というだけで私の脳はその状況から逃げることを望んでしまう。
だから余計に疲れるんだろうな。
「あはは。そうだねー。んー、先にご飯食べようよ。六時近くなると混むし」
言いながら彼は私のそばにやってくる。
その間にも注射されている車が動きだし、駐車場に入ってくる車と入れ替わっていく。
これはしばらく空かないかもしれない。
私は湊の提案に頷き、彼の腕をがしっと掴み顔を見上げて言った。
「そうね、混む前にさっさと食べに行こう」
たぶん、私の顔には必死さがあったんだと思う。湊はそんな私の顔を見て苦笑して頷き、入り口へと向かって歩き出した。
ショッピングモールの館内はたくさんの人が行き交い、見ているだけで帰りたい気持ちが心の中で顔を出し始める。
人が多いのってやっぱり苦手なのよね……人に酔うっていうか、どこ見たらわからなくなるというか。
それでもレストラン街はまだましだった。
あくまでもまし、レベルだけど。
ここももうしばらくたてば混みあうだろうな。
私たちはオムライスの専門店に入り食事を済ませて、レストラン街が混みあい始めた頃に買い物へと向かった。
時刻は六時半近く。
それでもまだショッピングモールを歩く人の数は多かった。楽しそうに、幸せそうに寄り添い店に入り、ショップ袋を下げて店から出てくる。
私たちは湊の服と私の服をそれぞれ見に行ったあと、百均に足を向ける。
最近、シーリングスタンプの材料って百均でも売ってるのよね。
必要なものはワックスやそのワックスを溶かすためのシーリングスプーン、キャンドル、溶かしたワックスにマークをつけるスタンプなどだ。
今の百均てすごいな。これらの道具がそろってしまうんだもの。
賛否はあるだろうけれど、お試しでやるにはちょうどいいんだよね……続けられるようなら改めて買えばいいって思うし。
私が手芸コーナー見ている間に、湊は文具コーナーへと消えた。
色んなアルコールマーカーが売られているって言っていたっけ。
私はシーリングスタンプに必要な道具を買い、ホクホク顔で店を出る。
作るの楽しみだなぁ。作ったら何しよう。手帳を飾ったり、コラージュとかもいいなぁ。ちょっとやってみたいかも。
妄想しながら歩いている私の目に、一枚のポスターが映る。
それは、ショッピングモールの通路の壁に貼られた、とあるお寺で行われるあじさい祭りを知らせるポスターだった。
青や紫のあじさいの花の中で、微笑む浴衣の女性のイラストだ。
あじさいかぁ。小学校の時、折り紙とかちぎって貼り絵でつくったことあったような。
それにしてもあじさい、きれいだな。
雨つゆかな。葉や花びらが濡れていて、キラキラ輝いている。
すごいなぁこのイラスト。
「へえ、あじさい祭りなんてあるのね」
「ああ、これ」
と言って、湊がじっとポスターを見る。
「俺が描いたやつ」
そう、短く言いこちらを向く。
「え、あ、え? そうなの?」
驚いて私はポスターとイラストを交互に見た。
それにしてもタッチが違う様な……
「本当にそうなの? なんだか描き方が違う様な……」
「依頼によって変えることがあるからね。こういうのは好き勝手に描けるわけじゃないし」
なるほど。だからわからなかったのね。私、部屋に飾って毎日見ているのに。ちょっと悔しい。
湊はポスターをしばらく見つめた後、私の方を向いて微笑み言った。
「行ってみる? あじさい祭り」
その提案に、私は顎に手を当てて頷く。
「そうね、あじさい見に行くなんてしたことないし」
あじさいをプッシュしている観光地があるのは知っている。SNSで流れてくるし、フォロワーさんたちが観光地の写真を張ってくれることがあるからそれで見かけることもある。
「お茶屋もでるし、色んな色のあじさいが、山の斜面にたくさん咲いていて綺麗だよ。資料の写真にあった」
「そうなんだ。絶対行こう! えーと、六月の半ばからなんだね」
ポスターに書かれた情報を見つめて私はバッグから手帳を取り出して、カレンダーを見た。
行くならいつがいいかな。初日って絶対混むよね。六月は祝日ないし……やっぱり土曜日かな。
「あぁ、そうだね。俺も予定、確認するよ」
そうか、そうよね。湊だって仕事の都合あるもんね。
私は手帳から顔を上げて笑って頷いた。