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第十四夜 餓鬼(その二)

●第十四夜 餓鬼(その二)

 お台場にある私立鳳学園。それは芦屋結衣あしや・ゆいが通う高校だ。

 その一階の教室で、クラスメイトの榊原愛さかきばら・あい藤堂舞とうどう・まい、そして星川美唯ほしかわ・みいの三人は結衣に問いかける。

「結衣……なんか最近、やつれてない?」

「そんなことないよ……今も食べてるし」

 鳳ロール (ナポリタンスパゲッティのロールパンサンド)をもぐもぐと頬張る結衣だが、明らかに先週より頬がげっそりとしている。

「鳳ロール、今日何個目? 明らかに過剰よ!」

「でも、お腹が空いて……」

 美唯に言われて結衣は食べた数を指折り数えるが……気が付けば両手が必要な数になっていた。

「だからお腹だけがこんなにポッコリ……」

 舞が赤いセーラー服の裾から手を突っ込み、お腹を撫でる。

「……順調に育ってますね」

「誰の子よ! そもそもしてないわよ!!」

 結衣は医者のフリをして揶揄ってきた舞の頭をペシっと叩く。

「結衣、何処へ行くの?」

「トイレ! 付いて来ないでよね!!」

 鳳ロールを食べ終えた結衣は、ガタっと立ち上がると教室を出てお手洗いに向かう。

まったく失礼な……そう呟きつつ持って来た携帯歯ブラシで歯磨きを済ませると、ふと鏡に映る自分の姿が気になる。

 確かに頬がやつれ気味……そしてお腹が張ってる。まるでその姿は地獄の住人でもあるあやかし、餓鬼のようだ。

「まさか……そんな……」

 ふらっと後ろに崩れるように下がった彼女を、愛が支える。

「心配して来ちゃったけど……正解だったかな?」

 傍には舞、そして美唯の姿もあった。

「お兄さんに迎えに来てもらうね、こんなこともあろうかと連絡先は交換してあったのだ!」

 美唯がスマートフォンを高々と掲げる。そんな彼女の姿に舞は、美唯はまだお兄さん……新田周平あらた・しゅうへいを諦めきれないらしいよと結衣にこっそりと伝える。

「お兄さん、直ぐ来るって! それまで保健室で休んでなよ」

 メッセージアプリのNYAINEで連絡を取った美唯がメッセージの履歴を見せる。

 秋葉原からお台場の鳳学園まで車で渋滞にさえ捕まらなければニ十分ほど。

 準備の時間も含めれば三十分ぐらい時間を見れば良さそうだ。

「それじゃ、保健室に行こうか」

「……なんで、みんな付いてくるの?」

 結衣のその問いかけに、結衣をダシに授業を休みたいから! そう元気に答え、彼女に頭をゴンゴンゴンとリズムよく叩かれる愛、舞、美唯の三人なのであった。


 鳳学園まで首都高を飛ばして迎えに来た新田は、社用車のワンボックスの助手席で、シートを倒しぐったりと横たわる結衣に必死で声を掛ける。

「結衣、しっかりしろ! 直ぐに社長のところに連れて行くからな!」

「新田……大丈夫だよ?」

 そう告げる結衣の表情はみるみるうちにやつれ、手足は瘦せ衰え、身体は細くなり、そして腹だけが異様に膨らんでいる。

 まるで地獄の住人、餓鬼だ……そうとしか見えない結衣の姿に、新田は一刻でも早く千紙屋に連れて行くためアクセルを踏み込む。

 片道ニ十分の道を少しでも短縮し、新田が運転するワンボックスカーは千紙屋のある秋葉原の電気街裏通りへと戻った。

 彼は車から遂に歩けなくなった結衣を抱き抱え、雑居ビルの五階にある事務所へと駆けこむ。

「将門社長! 結衣が!!」

「落ち着きなさい……これは」

 待ち受けていた千紙屋社長であり、神田・秋葉原地区の氏神、平将門たいらのまさかどは結衣の症状を視て唸る。

「確かに餓鬼が憑りついていますね……なぜ彼女に」

 結衣は東京を護る四神の朱雀、その巫女でもある。朱雀は不死鳥の名を持つ通り生命力に溢れた存在で、飢えの象徴である餓鬼が憑りつく筈はない。

「だけど、現に結衣に憑りついているじゃないですか!?」

 将門の言葉に、新田は語尾を強める。

「……実は、東京に流れ込む霊力が弱っています。それが原因なのかも知れません」

 将門はそう告げると、奥に控えていた獏のあやかしである夢見獏ゆめみ・ばくを呼ぶ。

 そして彼女に結衣の魂のなかに作られた東京の街を視て貰う。

「確かに、結衣さんの中の四神は衰弱しています。そして、それによってだと思うのですが、魂の中の東京に餓鬼が蔓延っています」

 そう視たことを告げる獏の言葉に、対処方法は二つと将門は言う。

 一つは結衣の中の四神に霊力を分け与えること。

 ただ魂の外から行っては、餓鬼に霊力を横取りされてしまうため、魂の中に入って行わなくてはならない。

 もう一つは魂の中に蔓延る餓鬼の掃除。四神が力を取り戻せば、ある程度の餓鬼であれば結衣自身の力で対処出来る。

 だが、今のように無数に蔓延ってしまっていては、折角回復した霊力を無駄に消耗してしまう。

 なので先に無数に蔓延る餓鬼を叩く必要があった。


「つまり……前みたく結衣の中に入って、餓鬼を倒しつつ、四神に霊力を分け与えれば良いんですね」

「そうです。新田君の白虎の牙、そして君自身の霊力の貯蓄……それがあれば、魂内の餓鬼を一掃しつつ四神の霊力を回復させられるでしょう。一度回復してしまえば、後は外から霊力を注げば再発はしないと考えます」

 新田は将門に確認すると、獏と、ソファーに座って様子を窺っていた地獄の獄卒である鬼女の鬼灯ほおずきを呼び寄せる。

「今回は相手の数が多い……獏は外からサポート。鬼灯には一緒に中に入って餓鬼を倒して欲しい」

 そう獏と鬼灯の二人に向け頭を下げて頼む新田に、彼女たちは任せろと胸を叩く。

「任せて下さい! ボクが外からバッチリサポートしますので!」

「ならアタシは餓鬼どもをぼっこぼこにしてやるぜ! 魂の中なら、金棒も作れるしね」

 魂の中に入る時、最初は球状のエネルギー体の状態になる。そこから現実の自分をイメージし、自分の身体を作り出すのだ。

 その時、現実で愛用している物や霊的な物を持ち込むことが出来るし、失った物をイメージで作り出すことも出来る。

 黄泉平坂から脱出する際に、鬼灯は愛用の金棒を失っていた。だが魂の中であれば、その金棒も生み出せると言う訳だ。

「それじゃあ獏、俺たち二人を結衣の魂の中に送ってくれ」

「分かりました! それじゃあ、手を繋いで……」

 獏は横たわっている結衣の手を握り、そして逆の手に新田と鬼灯が自身の手を重ねる。

「……行きます!」

 そう獏が告げると、グンっと新田と鬼灯の意識が肉体から離れ、獏の中を通り結衣の魂へと送られる。

 そして二人は、餓鬼が蔓延る結衣の魂の中の東京に降り立つのであった。

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