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第十四夜 餓鬼(その三)

●第十四夜 餓鬼(その三)

 芦屋結衣あしや・ゆいの魂の中に作られた東京の街へと降り立った新田周平あらた・しゅうへいと鬼女の鬼灯ほおずき

 二人は転送された場所が、人気が無い以外、先程までいた場所と変わらないことに一瞬違和感を覚える。

「ここは……魂の中の千紙屋か。さて、外の様子は……と」

 新田は窓を開けると、階下の様子を窺う。

 そこには無数の地獄のあやかしである餓鬼が、うようよとまるで細菌のように蠢いていた。

「一体一体は大したことないが、この数を相手にするのは至難だぞ?」

 同じように窓から眼下を見た鬼灯が金棒を肩に担ぎながら呟く。

 そんな時だ、二人の意識に獏のあやかし、夢見獏ゆめみ・ばくの声が響いたのは。

『新田さん、鬼灯さん、ボクです、獏です。将門社長からの伝言を伝えますね』

 現実の結衣と魂を繋いでくれている獏は、同じく現実側に居る千紙屋の社長である平将門たいらのまさかどからの伝言を伝えることが出来る。

『社長によると、餓鬼を倒しながら四神に霊力を与え活性化させれば、それぞれの地区の餓鬼を倒してくれる……とのことです。まずは秋葉原の隣、隅田川の青龍を目覚めさせてください』

「分った、青龍だな。鬼灯、行くぞ!」

「了解っと!」

 二人は窓を閉めると、千紙屋が入っている雑居ビルを後にする……そこには、上から見ていた通り無数の餓鬼が蠢いていた。

「新田! お前は四神に霊力を与えなきゃいけない。無駄に力を使うな……雑魚はアタシが消し飛ばしてやるよ!」

 そう言い、金棒を縦に横にと振るいながら、鬼灯は楽しそうに餓鬼を潰していく。

 鬼灯は等活地獄の獄卒……餓鬼を始めとする亡者の相手は手慣れているのだろう。

「おらおらっ! 道を開けろっ!!」

 鬼灯が金棒を振るたびに道を塞ぐ餓鬼が消し飛び、秋葉原から隅田川へと道が作られていく。

 流石に後方から迫る相手まで鬼灯に対処はして貰えないため、新田も式神の古籠火の炎で餓鬼を焼き消す。

 そうして隅田川の河川敷に蔓延る餓鬼を倒した二人は、川の中に沈む青龍に話しかける。

「青龍、聞こえるか? 今霊力を分けてやるぞ」

 そう青龍に告げた新田は、彼の家に代々伝わる呪具、白虎の牙を取り出す。

 そして取り出した白虎の牙を青龍の身体に突き差すと、自らの霊力を白虎の牙で拡大し注ぎ込んだ。

「どうだ、青龍……?」

 不安そうな新田の前で、霊力を取り戻した青龍が天に昇る……そして隅田川に降りると、荒々しく河水が暴れ出した。

 ……隅田川は、江戸時代に氾濫を抑えるために作られた河川である。

 つまり、その正体は暴れ川……青龍もその側面を受け継いでいた。

『白虎の、それに鬼よ、感謝する。これより水で洗い流す……高いところに避難しろ』

 青龍のその言葉に、慌てて新田は古籠火と白虎の牙を合わせ炎の白虎を生み出すと、それに飛び乗る。

 そして鬼灯に手を差し出し、上空へと駆け出した……その直後だ。東京中を洗い流すような洪水が隅田川を中心に発生したのは。

「……凄いな」

 思わず呟く新田の声に、鬼灯も同意する。

 ここが無人の東京の箱庭だから出来た荒業。だがこれで餓鬼の数は大きく減った筈。

『白虎の、我はこれで充分だ……他の四神を助けてやってくれ』

 青龍の言葉に、新田は頷く。次は北……山の玄武だ。


 そうして新田と鬼灯の二人は、立ち塞がる餓鬼どもを蹴散らしながら反時計回りに東京を回る。

 東京の北部で玄武に力を渡し、西部で白虎を助け、そしてお台場にある鳳学園へとやって来た。

「レインボーブリッジ、徒歩で渡るとは思わなかったよ……封鎖されずに済んで良かったぜ」

 懐かしい映画のタイトルを上げる新田であったが、地獄の住人である鬼灯には通用しない。

 サラっと流され、新田は少し寂しくなりながらも鳳学園のグラウンドで眠る朱雀の元へと向かう。

 ちなみに、仮にこの場に結衣が居たとしてもその映画の存在は知らなかっただろう……ジェネレーションギャップを感じずに良かったと言うべきか。

「朱雀、今助けるからな……結衣を助けてくれ」

 朱雀の前に立った新田は、白虎の牙を突き立てると残る霊力を流し込む。

 力が吸われる感触と共に眩暈が新田を襲うが、意識を奮い立たせると最後の力を振り絞る。

「はぁっ、も、もう限界だ……どうだ朱雀、調子は戻ったか?」

 新田の呼びかけに、朱雀は大きく翼を広げ答える。

『迷惑をかけたな……この炎で、朱雀の巫女に蔓延る餓鬼どもを焼き尽くしてくれよう』

 東京の東西南北を守護する四神に力が戻る。それは東京を護る結界……四神相応が蘇ることを意味する。

『新田さん! 鬼灯さん! 結衣さんの魂が活性化します。戻ってください!!』

 結衣の魂の外から獏の声が聞こえる。新田と鬼灯は頷き合うと、獏の開いてくれたゲートをくぐり抜けてそれぞれの肉体に戻っていく。

「はっ!? 社長、獏、結衣は!?」

 目を覚ました新田は起き上がるなり結衣の様子を尋ねる。

「見た方が早いでしょう……見なさい、魂が肉体を活性化させる姿を」

 将門がそう告げる先で、結衣の身体が光り輝く。

 痩せこけていた肌に艶が戻り、細く折れそうだった手足に肉が付いていく。

 膨らんだ腹が凹んでいくのと同時に、結衣の口から霊体のようなモノが吐き出されていった。

「これは……?」

「結衣君の体内に潜んでいた餓鬼ですね……実体化しますよ」

 そう告げた将門の言葉通り、結衣の体内を蝕んでいた餓鬼は魂が健康を取り戻したことで体外に追い出される。

 そして実体化し、一体の餓鬼がそこに居た。

「あとはこいつを祓えばお終いだな」

 キョロキョロと左右を見回す餓鬼の姿に、ぽきぽきと指を鳴らす鬼灯。

 だが、そんな彼女に声が掛けられた。

「待って……そいつは私に祓わせて」

「結衣……大丈夫なのか?」

 その声の先に居たのは、新田の肩を借りて起き上がる結衣であった。

 彼女は自分の身体に憑りついていた餓鬼は、自分の手で倒したい……そう告げる。

「……ほら、だったらシャキンとしな!」

「うん……! 唐傘、行くよっ!!」

 鬼灯に背中を叩かれ、前に向かいタタラを踏む結衣。

 その手には折り畳み傘……式神の唐傘お化けを顕現させ、轟々と燃える朱雀の霊力を纏わせていた。

「餓鬼……よくも憑りついてくれたわね。許さないんだから! ぶっとべ、結衣ちゃんホームラン!!」

 餓鬼に向かい走り出し、結衣は踏み込むとフルスイングする。

 全力で振られた唐傘は炎の軌跡を描きながら、餓鬼の醜い身体を捉え、あの世まで吹き飛ばす。

「ふぅ……すっきりした! 新田、その……ありがとうね」

 いい汗を掻いたと額を拭う仕草をした結衣は、新田に向かい振り返ると照れたように俯き礼を告げる。

 彼女なりの精一杯のお礼の言葉に、新田はおうと頷き返すのであった。

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