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第十四夜 餓鬼(その四)

●第十四夜 餓鬼(その四)

 餓鬼事件から翌日の朝。新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいのアパート。そのリビングでは、背中を捲った結衣の白い背に両手をあてて、霊力を流し込む新田の姿があった。

「あー……霊力が染み渡るぅぅぅっ」

「温泉に浸かった婆さんみたいな声を出すな!」

「その言い方は何よ!? 乙女の柔肌に直接触れてるんだから、感謝ぐらいしなさいよ!!」

 東京に流れ込む霊脈の乱れ。それが見立ての儀式のため結衣の魂の中に作られた、四神を宿した箱庭の東京にも影響が出た。

 見立てとは大きな物を小さな物……例えば今回であれば現実の東京を魂の中に作った東京で見立てることにより、中で起こした影響を外にも反映させると言う古来より伝わる儀式。

 だが外の……現実の事件は魂の中の東京にも影響を与え、結衣の魂に宿る朱雀を始めとする四神が弱ってしまった。

 東京に流れ込む霊脈の遮断。深刻な霊力不足に陥った結衣の魂は餓鬼を呼び、魂が餓鬼で満ち溢れたことで現実の結衣にも影響が出た。

 だが霊脈の代わりに霊力が豊富な新田が力を分け与えることでその代替とし。四神に霊力が途絶えないようにする。

 ただ霊力を流し込むには素肌へ触れる必要がある……なので、結衣は新田に背中を見せていると言う訳だ。

「でも良かったよ。あのまま結衣が餓鬼のようになってたら、正直困ってた」

「ん? どうかしたの?」

 力を流し込み終えたのか、新田は両手を結衣の背中から離しながらそう告げる。

 捲っていたシャツの裾を直しながら、結衣は少し朱に染まった顔で振り返ると、そこには新田が紙袋を持って待っていた。

「それは……?」

「前、秋葉原駅で欲しそうに見ていただろ? ……まあ。普段のお礼って言う訳じゃないが」

 紙袋を受け取った結衣がその中身を確認すると、そこには秋葉原駅のデジタルサイネージで見たワンピースが入っていた。

「新田……見ててくれたんだ! 着替えて来る!!」

 ワンピースが入った紙袋を胸に、部屋に駆け出す結衣。

 扉をバタンと言う音を立てて開けて閉めると、着ていたシャツとズボンを脱ぎ捨てると、紙袋の中からワンピースを取り出す。

 それは薄いピンクのワンピース。結衣は威勢よく着替えると、姿見の前でくるりと回りポーズを決める。

「可愛い……えへ、えへへ」

 鏡の前で思わずにやけてしまう結衣。そしてそのまま新田の待つリビングへと戻る。

「新田、ありがとう! どう? 可愛い!?」

 ワンピース姿の結衣を見た新田は、驚き……そして無言で着ていたジャケットを脱ぐと彼女の肩にかける。

「どうしたの、似合わなかった?」

 そう問いかける結衣に、新田は首を横に向けて呟くように告げる。

「違う……似合い過ぎてたから、外に出る時はそれを羽織ってろ」

 その言葉にキョトンとする結衣。そして、ニヤっと笑みを浮かべると新田の腕を掴む。

「じゃあ新田、これを着る時は一緒に居てね!」

 笑顔で新田の腕を掴む結衣に、彼は自分で言った言葉なので仕方ないな……そんな顔を浮かべながら、ぽりぽりと頭を掻くのであった。


 浅草橋のアパートでそんなやり取りがされていた頃……隣駅である秋葉原駅。その電気街の裏通りにある雑居ビルの五階にあるあやかし融資・保証の『千紙屋』では、社長の平将門たいらのまさかどが東京の地図を広げむぅっと唸っていた。

「霊脈の乱れ……これは東京、いえ関東だけの問題じゃありませんね」

 将門は日本地図を広げ直し、東京に流れ込む霊力の流れを霊視する。

 すると東京に向かい日本全国から流れる霊力の奔流が堰き止められていたり、発生源が塞がれていたりと全国的に影響が出ていることが分かった。

「……まずは伯爵に連絡し、現地の様子を見て来て貰いましょうか」

 そう呟くと、将門は着物の袂よりスマートフォンを取り出すとメッセージアプリのNYAINEを開く。

 連絡するのは以前の事件で世話になったドラキュラ伯爵……彼は仕事柄日本全国を飛び回っており、将門はその序に各地の様子を調べて貰うよう内々に頼んでいたのだった。

『伯爵、今はどちらですか?』

 慣れた手付きでスマートフォンを操作する将門。何しろ電脳都市秋葉原を氏子に持つ彼は現代の電脳神とも言われている。

 そんな彼にかかればスマートフォンの操作など朝飯前。そしてメッセージを送信し暫くすると伯爵から返答が届く。

『今は北海道ですな。魚の件、やはり公が睨んでいた通り霊脈の乱れによる物です』

 魚の件と言うのは、これまた以前ニュースで流れていた、魚の異常死が起きた事件。

 海岸に死んだ魚が打ち上げられ、全国ニュースでも取り上げられたのだ。

 それを調べるため、伯爵は北海道に飛んでいたのだ。

『もう少し詳しく調査をお願いします。場合によっては新田君たちを派遣するかも知れません』

『了解しました。進展があり次第、報告します』

 伯爵からの返答を確認した将門は、最後によろしくと書かれた猫のスタンプを送る。

 将門は神とは言え、氏子である神田・秋葉原地区からは出ることが出来ない。

 ネットの世界であれば世界中どこでも影響力があるのだが、現実はそうそう上手くは行かないもの。

 だからこそ新田や結衣の二人を雇い弟子にし、そして先の伯爵と言ったあやかしの協力を得るための『千紙屋』でもあった。

「(全国に影響が出るのが先か、東京が干上がるのが先か……霊脈を潰されては、結界の維持が精一杯でしょうか)」

 そう将門は日本地図を眺め、東京がある関東地方を見ながらため息を漏らす。

 東京を護る四神結界を維持するには、大量の霊力が必要だ。

だが見立ての儀式により、結界の維持に必要な霊力は最小限で済んでいる。これは幸運と言わざるを得ないだろう。

「都内での雑事が片付いたら、まずは鹿島神宮に行ってもらいましょうか」

 日本を貫く霊脈。その一つに、霊峰富士を起点に鹿島の地に終端がある物がある。

 江戸城……皇居へと流れ込む最大級の霊脈であるその力を取り戻せれば、当面の間結界の維持に問題はないだろうと将門は読んでいた。

「おはよーございます!」

 そんな時だ、新田と結衣が声を揃えて出勤してくる……将門は日本地図を閉じると、笑顔で二人を出迎えるのであった。

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