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第十五夜 蠱毒

第十五夜 蠱毒(その一)

●第十五夜 蠱毒(その一)

 東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビルの五階。

 そこには東京に隠れ潜み暮らすあやかしたちに、融資や身分保証を与える『千紙屋せんがみや』があった。

 普段はあやかしのためにあるこの店……だが、稀に人間に関わることもある。

 今回は、その稀のお話。

「これがね……蔵から出てきたのよ。厳重にお札も貼られて、気味悪くって」

「そうですね、これは……蠱毒と呼ばれる物ですね。開けなくて良かった」

 都内の一角にある古くからの住宅街。その一軒に千紙屋に所属する陰陽師見習い、新田 周平あらた・しゅうへいは、厳重に封印された壺を前に鑑定を行う。

「蠱毒……ですか?」

「ええ。毒のある生き物を壺に詰め、戦い合わせ、最後に残った一匹に呪いを凝縮させると言う術です」

 そう言いながら新田はスマートフォンの電卓アプリを叩くと、家主とその妻に金額を見せる。

「そんなに高く……いいのかね、こんな壺に」

「いえ、貴重な呪具であり……呪われた物ですからね。これでも破格なんですよ」

 呪いを振りまくと、それ以上の被害が出る……それを事前に抑えれるなら安い物。そう告げる新田の言葉に納得した夫妻は、商談成立の握手を求めた。

 その手を握り返し、新田は即金で呈示した金額を支払う。

……そう、人間の世界に紛れた呪具や呪い道具と言った、あやかしと人間の間にある物が出た時、東京の安寧を護るため千紙屋は回収に向かうのだ。

「それでは、本日はありがとうございました」

その後、新田は蠱毒の壺を厳重に包み箱に仕舞うと、思わぬ臨時収入に浮かれる夫妻と別れ、駐車場に停めておいた車へと戻って行くのであった。


「お帰り、新田!」

 時間貸しの駐車場で出迎えてくれたのは、もう一人の千紙屋の陰陽師見習い、芦屋 結衣あしや・ゆい

助手席で待っていた彼女は、飛び降りるようにドアを開け降りると、両手が塞がっている新田の代わりにワンボックスカーのスライドドアを開ける。

「ありがとう、結衣」

 そう言って新田はセカンドシートに蠱毒の壺が入った箱を乗せると、落ちて倒れないようにシートベルトで固定する。

「今回の呪具……蠱毒だっけ? そんなに危険なの?」

 突き出された新田のお尻に向かって話しかける結衣に、彼は作業しながら答える。

「ああ、危険だな……毒と呪いが凝縮した物だ。外に溢れれば周囲一帯が呪いに蝕まれるだろう」

 そう言うと固定が終わったのか、新田が車から降りスライドドアを閉める。

「さあ、飯でも食べて帰ろうか」

「うん! ご飯ごはーん!!」

 運転席に新田が、助手席に結衣が乗り込みシートベルトを締める。

 エンジンを点火し、ギアを入れるとアクセルを踏みゆっくりと走り出す。

 エアコンの効いた車内は快適そのもの。後席にある術具から漂う冷気も気にならない。

「昼はプリンスホストでいいか?」

「何処でもいいよー……新田となら」

 運転をしながら、新田は秋葉原にもある大手ファミレスチェーンの名を上げると、結衣は何処でも良いと答える。

 だが肝心の最後の方は小さな声で囁かれ、エンジンとタイヤの発するノイズに遮られ新田の耳には届かない。

 結衣の勇気はまだ、小さかった。


 ファミリーレストランで食事を取る為、新田は車を駐車場へと入れる。

 白線の枠内に駐車し、新田と結衣の二人は車から降りると鍵を掛け、『プリンスホスト』の店内へと向かう。

 だが、それを見ていた者が居た。

「車内に貴重品はお忘れでございませんかー? ございますねー?」

 それはあやかし、ではない。ケチな車上荒らしだ。

「昼間っから女子高生とデートなんてしてるから、罰が当たるんですよ……っと、開いた」

 特殊な工具でアラームが鳴らないようにドアを開けた男は素早く車内を物色する。

 新田も結衣も荷物は置いて行かなかったので前席には何もない。

 後ろには……と男が覗き込んだ時、声が聞こえた。

『おい、ここから出せ……さすればお前の望み、叶えてやろう』

「ひっ!? こ、声……どこから!?」

 突然話しかけられた男は驚きのあまり天井に頭をぶつけてしまう。

 そんな男の姿を楽しむかのように、謎の声は彼に話しかける。

『ここじゃ、ここ……そう、目の前の箱じゃ。開けてくれ』

 謎の声に導かれるまま、恐る恐る箱に近づいた男は、その蓋を開ける。

 まるで箱の中身に命じられ、それに従うようインプットされた機械のように、忠実にその手は止まらない。

 箱から封印された壺を取り出し、貼られた札を剥がしていく……そして壺の蓋を開けると、その中へと手を差し込んだ。

「痛てぇ! はっ、俺は何をやってるんだ……?」

 何かに刺された痛みで我に返った男は、慌てて車から立ち去る。

 食事を終え、車に戻る新田と結衣の二人が蠱毒の壺が開けられたことを知るのは約一時間の後……男が逃げおおせるには十二分な時間であった。


「やられた……」

 そして一時間後……車に戻った新田は蓋を開けられた蠱毒の壺に愕然とする。

「中身はあるけど……霊力も妖力も感じないよ?」

 壺の中身を確認し、干からびた蠍を見つけた結衣は、黄色いレンズが入った丸眼鏡をズラし赤い瞳で霊視をする。

 先天性色素欠乏症……アルビノである結衣の赤い瞳は、視えないモノを視ることが出来る霊視の瞳。

 それで壺や蠍を視るが、最初見た時に感じた禍々しさは何も感じない。

「結衣、悪いが妖力の残滓を追えるか? 力がかなり強い呪具だから、そう簡単には消えない筈だ」

「わかった。やってみる」

 苦悶の表情を浮かべる新田の言葉に、結衣は力になれればと思い快く引き受ける。

 アルビノの彼女は紫外線に弱い……特に日焼け止めで対処出来る肌とは違い、瞳はサングラスを外せばノーガード。

 長時間の霊視は瞳にダメージを与えることになるが、彼の為ならばと結衣は瞳を細め妖力を追う。

「こっち……付いて来て」

 点々と続く悍ましい妖気を追い、結衣を先頭に新田が続く。

 それは裏通りを通り、細い入り組んだ道を通り、一軒のアパートへと続いていた。

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