●第十五夜 蠱毒(その二)
ファミリーレストラン『プリンスホスト』の駐車場から、念のため裏道を通りアパートへと帰った車上荒らし。
本名は別にあるが、仲間たちからは
「いてて……結局なんだったんだ、さっきの声は」
とりあえず軟膏を塗り、ガーゼを当てて包帯を巻いていた緋鼠の頭の中に声が響く。
『うむ、新たな宿主は心地良いのう……百年眠っていた甲斐があったわ』
「な、なんだ!? 頭の中に声がする!?」
驚く緋鼠に、脳内に侵入した声……蠱毒はそう驚くなと声を掛ける。
『儂は蠱毒……呪いの王とでも言うべきか。喜べ、鼠よ。貴様は選ばれた』
「選ばれた? 俺が?」
驚く緋鼠に、蠱毒はそうだと告げる。呪いに適合した彼は、蠱毒の呪いを自由に振りまける存在だと言うのだ。
「それじゃあ、さっきの二人組みたいな、妬ましい奴らも……」
『ああ。儂の力……いや、お主の力で、好きに呪うことが出来る』
不幸な目に合わせることも、苦しみを与えることも、そして呪い殺すことも。すべてお前の自由……蠱毒にそう告げられた緋鼠の前に、一匹のネズミが走って来た。
「……試し打ちだ。毎夜チュウチュウとウザかったんだよ!」
そう言い、ネズミに向け蠱毒に刺された右手を向ける緋鼠。縊り殺すイメージを浮かべると、開いていた右手をグッと閉じる。
すると走っていたネズミは首を抑えたかと思うと、苦しみだし……やがて息絶える。
その結果を見た緋鼠は、ニタァと笑みを浮かべるのであった。
一方、緋鼠のアパートの前では、新田が結衣にここで間違いないのだなと確認をしていた。
「ここだな……どの部屋までか分かるか?」
「ちょっと待って……何、この嫌な感じ」
アパートを霊視していた結衣の背筋に、ゾクっと汗が走る。
次の瞬間、彼女の瞳の中に膨大な呪いの力が溢れて噴出したように見えた。
「新田……今、呪いの力が視えた。車を荒らした犯人、力を手にしちゃったかも」
「遅かったか……!」
一歩遅かった、そう悔しがる新田だが、そんな彼の目の前で一つの部屋の扉が開く。
そして男が現れると、手にしたネズミの死骸をポイっと外に投げ捨てた。
「新田、あの人!」
その男を視た結衣は、彼が呪いの元凶だと言うことに気が付く。
同時に新田は駆け出すと、閉まりかけた扉にガっと足を挟む。
「すみません、ちょっとお話を聞きたいんですが……」
「ちっ、さっきの車の! 追って来やがったのか!!」
男の反応に、ビンゴと判断した新田は、男が締めようとする扉を無理やり開く。
「痛い目に遭いたくなければ、大人しくして下さいね?」
玄関に踏み込む新田であったが、男は何か策があるのかニヤッと笑みを浮かべる。
「誰が捕まるか、バーカ! 俺にはこの力があるんだよ!!」
その言葉と同時に男は新田に向かい手を伸ばす。そして届かない彼の首を絞めるかのように右手を閉じ始めた。
「ぐっ! うぐっ!!」
同時に新田の首を呪いの手が絞めつける。結衣の瞳には男から伸びる呪いが新田の首に手を掛けるのがはっきりと視えた。
「唐傘っ! 呪いを……断ち斬れ!!」
ぐいぐいと首を絞めつけられ、息が出来ない新田。
そんな彼を助けるべく、結衣は折り畳み傘に化けた式神の唐傘お化けを取り出すと、それを剣のように両手で握り振り下ろす。
その途端、呪いの腕は剣圧で断ち切られ、自由になった新田は床に崩れ落ちるように倒れると酸素を求め荒く呼吸をする。
「ちっ、そう言えばもう一人居たな……ここは逃げるか」
新田を倒せなかったことに舌打ちしつつ、男はフェンスを乗り越え飛び降りると一目散に駆け出す。
「逃がすかっ!」
結衣は追いかけようと走り出すが……それを新田が止める。
「ま、待て、結衣! 罠だ……」
立ち上がった新田のその言葉に結衣は足を止めると、彼の方へと向かう。
「新田、大丈夫?」
「あぁ、なんとかな……それより相手は一人になるのを誘ってるんだ。だがこっちの霊視の力には気付いていない。逃がしやしないさ」
まずは奴の情報収集からだ……そう新田は開かれたアパートの扉へと向き直す。
「追って来なかったか……馬鹿では無いようだな」
後ろを確認した緋鼠は、傘を持った女子高生が追って来ないのを意外と思う。
あの口調、激情家なら相棒をやられれば追って来そうなものなんだが……そんなことを思っていると、いつの間にか幹線道路へと出る。
「ここは……いいな」
緋鼠は左右を見渡すと、歩道橋があるのを見つける。
そこに昇ると、走り去る車列を見下ろしながらタバコを一服吹かし始めた。
「
新田と結衣が彼に追いついたのは、緋鼠がタバコを三本ほど灰にしたあと。
「遅かったじゃないか……俺の名前を知ってるってことは、部屋を調べたってことだな」
「そうだ。財布もスマホも残ってたからな……お前の犯罪も、仲間も追及出来る」
だが、そんなことはしたくない……そう新田は告げる。
「お前が盗みを働こうが、こちらには関係ない……その力を返してくれればそれでいい」
そう緋鼠に告げる新田であったが、彼は何が面白いのか、くくくっと笑みを漏らす。
「俺が犯罪を犯そうが関係ない、ね……じゃあ、この力とやらで、下の道路を走る車に不幸なことが起きたら、どうするのかなー?」
緋鼠、お前……そう悔しそうに呟く新田。そんな彼に変わり、結衣が前に出る。
「言っとくけど、私は新田とは違うよ。あんたが何かするなら……容赦なく斬る」
そう言い、結衣は緋鼠に向けて唐傘を構える。
だが緋鼠も動くなよと右手を車道に向けた。
「お前が斬るのと、俺が呪うのと……さて、どっちが早いかな? 一度暴走した車はこえーぞー?」
「結衣、挑発に乗るな!」
新田が結衣を諫めようとするが、挑発された彼女は止まらない。
「唐傘っ!」
「呪えっ!」
結衣と緋鼠……二人の声が、同時に響いた。