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第十五夜 蠱毒(その三)

●第十五夜 蠱毒(その三)

 車が引っ切り無しに走る幹線道路。その上を跨ぐように作られた歩道橋の上。

『千紙屋』の陰陽師見習い、新田周平あらた・しゅうへいが見守るなか、式神の唐傘お化けを構えた芦屋結衣あしや・ゆいと蠱毒の力を得た緋鼠ひねずみが向かい合う。

「唐傘っ!」

 結衣が叫ぶ、烈火の気迫と共に唐傘を剣に見立て振り下ろす。

「呪えっ!」

 緋鼠の咥えていた煙草が落ちる。同時に見えざる力が橋下の車たちへ向かい放たれた。

「きぃぃれぇぇろぉぉっ!!」

 放たれた結衣の斬撃は、炎を纏い緋鼠に……ではなく、緋鼠の右手の先へと向けられていた。

「何っ!?」

「どっちに向くか、賭けだったけどね!」

 呪いを断ち斬られ驚く緋鼠に、そう叫ぶ結衣……そのまま返す刀で二撃目を、今度は緋鼠に向かい放つ。

「ちぃっ! 呪われろ!!」

 緋鼠は結衣の攻撃が交わせないとみると、足元の歩道橋へ向かい呪いを放つ。

 途端に三人を乗せた歩道橋は呪いの力で崩れて落ちる。崩壊する足場に、新田と結衣は慌てふためく。

「古籠火! 白虎の牙! クッションになれ!!」

 新田は石灯籠の式神、古籠火から炎を噴出させると、呪具『白虎の牙』の能力で白虎の形に変える。

 そして白虎はクッションとなり、落ちる新田と結衣を受け止める……そこに急ブレーキの音が響き、次々と車が止まった。

「あんたたち、大丈夫かい!?」

「歩道橋が老朽化してたんだね……怪我が無くて良かったよ」

 途端に停車した車の運転手たちに囲まれる二人。視線を向けるとそこには緋鼠の姿は既になかった。


 警察と消防、それに救急が到着し、事故処理が行われる。

 新田たちは巻き込まれた歩行者と言うこともあり、救急車で軽い診察を行われつつ事情を聞かれ解放された。

 だが緋鼠はその混乱の間に距離を取ったようで、再び結衣の霊視による追跡が始まる。

「無駄に被害を出してないと良いんだけど……」

 黄色いレンズの眼鏡をズラし、赤い瞳で霊視を行いながら結衣は心配そうに呟く。

 実際に相対して分かったが、蠱毒の力は非常に強力であり危険であった。

「だが、その強すぎる力のおかげで追跡が出来る……逃がさず捕まえるぞ」

 不幸中の幸いなのが、新田の言う通り蠱毒の力が強すぎるため、残り香が消えずにハッキリと分かること。

 それでも、行く先から救急車の音が聞こえるたびに、緋鼠が力を振るったのだと分かってしまう。

「くっ、こんなことになるなら、容赦しなかった……」

「新田、次は止めないでよ?」

 悔しそうに呟く新田に、結衣は念を押すかのように告げる。

 そう、次は殺す気でやる……そう言っているのだ。

「大丈夫……その時は俺がやるよ」

 新田はそう言うと、追いついた緋鼠の背中に向かい声を掛ける。

「緋鼠! 最後の警告だ! 力を渡す気はないんだな!?」

「こんな便利な力、渡す馬鹿が居るか!?」

 よし……そう呟くと新田はスマートフォンを取り出す。

 正確にはその先に付けられたストラップの石灯籠……古籠火から、轟々と燃え盛る火炎が吐き出された。

「東京は古い街だ……水道管が古くていけねぇな?」

 新田の古籠火が吐き出した炎に対し、緋鼠は水道管に呪いを掛ける。

 するとマンホールの蓋を勢いよく吹き飛ばし、水柱が立ちあがると炎を分断する。

「野郎……呪いの力を完全に使いこなしていやがる」

「ここは任せて、唐傘っ!」

 今度は折り畳み傘を伸ばした結衣が、新田に変わり緋鼠に接近戦を仕掛けようとする。

「あらあら、そんなに足を広げちゃって……パンツがずり落ちたら転んじゃいますわよ?」

 下品な笑いと共にそう緋鼠が結衣に向けて力を放つ……その瞬間、何故かショーツが足首まで下がり、足が絡まりお尻を丸出しで転んでしまった。

「ゆ、結衣……その、大丈夫か?」

 慌てて新田が剥き出しになったお尻を、スカートを直し隠す……直視はなるべくしないようにしたが、小さいがプリっとした白いヒップラインが目に焼き付いてしまった。

「……ぶ、ぶ、ぶ」

「ぶ?」

 ショーツを履き直しつつ、ぶぶぶと呟きながら起き上がった結衣は、唐傘を改めて手に取る。

 そして叫ぶ。羞恥と怒りと屈辱と……色々な感情をごちゃ混ぜにし、腹の底から叫んだ。

「ぶ、ぶ……ぶっ殺す!」

 怒りに燃える結衣は、文字通りその身を燃やす……朱雀の巫女である彼女は、体内に宿る朱雀の力を振るうことが出来るのだ。

「……呪いが効かない!?」

 朱雀の力、不死鳥の力は東京を護る四神の中でも最上位の階級……確かに四神結界の弱体化で一番力は弱っているが、その本質は変えられない。

「燃えろぉぉぉっ!!」

 唐傘を大上段に構えた結衣は、驚く緋鼠に向かい炎の刃を振り下ろす。

 その勢いは、過去最速であった。


 振り下ろされる結衣の唐傘。身構えた緋鼠は自らに呪いを掛ける。

「呪いよ、俺の腕を硬化させろ!」

 呪いで左腕を硬化させ、結衣の唐傘を受け止める。

メキっと言う音と共に緋鼠の骨が折れ曲がるが、結衣の放った唐傘の一撃は防がれた。

「ちっ、防がれたか……だけどぉっ!」

 二撃、三撃と追撃の刃を放つ結衣。緋鼠は左腕を犠牲に攻撃を凌ぐが、どんどんと速くなる剣撃に付いていくのがやっとであった。

「くっくっくっ……」

「何がおかしい!?」

 圧倒的に押している筈なのに、緋鼠は余裕がありそう……結衣は嫌な予感を振り払うように、剣撃を更に激しくする。

「なに、この力の本当の使い方が分かったんだよ……こうするんだ」

 一気に後方に飛んだ緋鼠は、自らの心臓に右手を当てる。そして呪いの力を流し込んだ。

「ぐはっ、はっ、うぐっ……はぁ、はぁ、はぁっ……生まれ変わったみたいだ」

 緋鼠のその姿に結衣も、そして新田も動きを止める。

 それは呪いそのもの。蠱毒の力を自らの全身に注ぎ込んだ緋鼠は、もはや人ではなかった。

 呪いを振りまくモノ……退治すべきあやかし。

「結衣、止まるな! 人型よ、分身せよ! 古籠火、燃やせっ!」

 先に我に返った新田が結衣にそう叫び、胸元のポケットから人型の呪符を三枚飛ばす。

 緋鼠を取り囲むように飛んだ呪符は、新田の姿に変わると、四人の新田は四方から火炎を放った。

 だが……その必殺の一撃は、緋鼠だったモノはフッと姿を掻き消す。

「どこへ行った!?」

 八つの目で緋鼠を探す新田。そして一人が気付く……瞬間的に電柱の頂上まで移動した緋鼠を。

「上か!」

「このぉ!」

 背中から朱雀の翼を出現させ、唐傘を片手に結衣が上空へと飛ぶ。

 しかし、その前に呪いの塊になった緋鼠が電線に乗り移動する。

「速い! 捉えきれない!!」

 笑い声と共に電柱から電柱を電線の中を走り移動する緋鼠の姿に、結衣は右へ左へと視線を動かすがその姿を捉えきれない。

「せめて一瞬でも止まってくれれば……」

 新田は次の呪符を取り出しながら、口惜しそうに呟く。

 用意したのは結界符……現世とは切り離された結界に閉じ込める札だ。

「一瞬でいいの?」

 そんな新田に、空中から結衣の声が届く。何か策があるのか? と言う彼の問いかけに、無くはないと結衣は告げた。

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