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第十五夜 蠱毒(その四)

●第十五夜 蠱毒(その四)

 電柱と電柱の間を電気の流れに乗り移動する、人間を止め呪いと化した緋鼠ひねずみを追う新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人。

 新田の持つ結界符を発動させるため、一瞬の時間を稼ごうと結衣は朱雀の翼を広げて空高く舞い上がった。

「朱雀の力よ……矢となり射抜け!」

 唐傘の胴を握り、和弓に見立てる結衣……炎の弓が生まれると、弦を引き炎で出来た幾本かの矢をまとめて番える。

「炎の矢の同時攻撃か!」

 作戦を見抜いた新田は、結界符の準備をする。五芒星を描くように札を貼り、術を唱える準備をする。

「(この力は一度新田を殺した力……使いたくなかったけど、今の私なら!)」

 過去、朱雀の力で暴走した際に、結衣はこの力で一度新田を殺していた。

 だからこそ戒めとして封印していたのだが、呪いの王と言う危機を前にその封印を解く。

「行くよ……炎の矢っ!」

 上空から電柱と言う電柱に向けて炎の矢が一斉に降り注ぐ。

 逃げ場のない攻撃に、緋鼠はそれでも攻撃が無い電柱へと移動する。

 それが罠だったとしても……そこに行くしか、勝機がないのであれば行くしかなかった。

「結界符、発動!」

 新田が唱えた力ある言葉に応えるように、五芒星が光り輝く。

 それは天へと昇り、星の中に囲われた空間と現世を隔離する。

「これで逃げられないな……緋鼠。いや蠱毒」

「蠱毒とは品がない……呪いの王と呼んでくれたまえ」

 結界の中、緋鼠に対面した新田に対し、自らを呪いの王と呼んだ緋鼠は両手を大きく広げると笑い声を上げる。

「呪いの王だかなんだか知らないけど、お前はここで祓われるんだよ!」

 スーッと朱色の翼を広げ滑空した結衣が、大きく羽撃たくとスカートをはためかせながら着陸する。

 そして式神の唐傘お化けを炎の剣に変え、呪いの王へと向けた。

「あと……新田の前で辱めたこと、許してやんないんだから!」

 そう宣言すると、結衣は炎の剣で斬りかかる。

 呪いの王は瘴気を吐き出し行く手を遮ろうとするが、朱雀の……不死鳥の巫女である結衣には浄化の力がある。

「そんな瘴気、効くもんか!」

 結衣は覆いかぶさろうとする黒いモヤをその手で振り払い、呪いの王へと突き進む。

 呪いの王も、呪力の集合体を剣にすると結衣の炎の剣を受け止めた。

「お前、人を殺したことがないんだろう……切っ先が震えているぞ?」

「結衣、そいつの言うことを聞くな! 古籠火っ!!」

 炎の剣と呪いの剣で鍔迫り合いをする結衣と呪いの王。呪いの王はそんな彼女へ囁くように毒のある言葉を投げる。

 動揺し、圧され始めた結衣を奮起させるべく、新田が古籠火を手に、分身の彼と共に連続し炎を吹きかけた。

「大丈夫だ、こいつを倒しても……結衣の炎なら、呪いだけ浄化させることが出来る」

「……! 分かった!!」

 新田の言葉に結衣は元気を取り戻すと、呪いの王から一度離れ呼吸を整える。

「(新田の言うことに間違いはない……なら、全力で斬るのみ!)」

 結衣は雄叫びを上げると、再び炎の剣を大上段に構え呪いの王へと踏み込んでいく。

 呪いの王も呪念を振りまきながら、結衣に向かい呪いの剣を振るった。

「(結衣の力、朱雀の力は浄化……呪いだけ焼ける筈)」

 新田はその光景を見ながら、グッと手を握る。そして自分に出来ることをするため、動きだした。


「今できることを……今する!」

 走り出した新田は、結衣を援護すべく古籠火に繋げた呪具『白虎の牙』で炎の白虎を生み出す。

 それは四人に分身した新田全てが同じ動作を行い、四体の白虎が現れた。

「結衣、俺が動きを止める! お前は攻撃に集中しろ!!」

 そう叫んだ新田たちは、一斉に白虎を飛び掛からせる。

「邪魔だ! どけっ!!」

 飛び掛かる炎の白虎たちを、呪いの王は振り払うように斬る。

 だが斬られても、斬られてもなお白虎たちは新田の命に従い、呪いの王を抑えるべく襲い掛かった。

「白虎よ! もっと、もっとだ! 古籠火、援護するぞ!!」

 さらに新田は式神の石灯籠、古籠火に明かりを灯すと炎を吹き出させる。

 炎の白虎はその火炎を追い風にし、まさに暴風のように暴れ回った。

「いっけーっ!」

「くっ……獣如きがっ!」

 遂に一体の白虎が呪いの王の動きを止める。そして一体、もう一体と白虎は呪いの王へと圧し掛かり完全に抑えつけた。

「結衣、今だ!」

「任せて……朱雀の力よ、全てを浄化する炎となれぇぇっ!」

 火柱を上げて、結衣の炎の剣が呪いの王へと振り下ろされる。

 身動きの取れない呪いの王は、炎に触れる先から浄化されていった。

「成敗っ!」

 炎の剣を振り抜いた結衣は、クルっと回ってポーズを決める。

 その背後で、浄化の炎が呪いの王を焼き……後には軽く火傷を負った緋鼠の姿があった。


「こいつはどうするの、警察に突き出す?」

 結界符の効果が切れ、現実へと戻って来た結衣と新田、そして緋鼠。

 結衣は緋鼠の処遇をどうするか新田に尋ねる。

「まあ……窃盗犯として手配されているなら警察だな。ただ、もう犯罪に走る悪意は残ってないと思う」

「悪意も……浄化しちゃったから?」

 結衣の問いかけに、新田はそうだと頷く。結衣の浄化の炎はそれだけ強力なのだ。

「なんでこのまま放置でも……いや、火傷を負ってるから救急車かな?」

 そう言って新田はスマートフォンの通話アプリを立ち上げると、そこには『千紙屋』から複数回の着信があった。

「……ヤバイ。社長から着信があった」

「あっ……呪具、祓っちゃった」

 そう、蠱毒は貴重な呪具。大いなる呪いを孕む代わりに絶大な力を持つ。

 それを二人は事故とは言え失ってしまったのだ。

「えーと、えーと……とりあえず119番?」

「そ、そうだな、救急車を呼んで、それから考えよう」

 結衣の言葉に、新田は119をダイヤルする。

 オペレーターに救急か消防か尋ねられ、救急車をお願いしていると緋鼠が目を覚ます。

「ん、んん……はっ、す、すみませんでした!」

 起き上がると同時に、新田と結衣に向かって頭を下げる緋鼠。

 新田が今救急車を呼んでいることを伝えると、それは不要ですと頑なに辞退する。

「すみません。倒れてた人が目覚めて、救急車は不要だと強く言うので、要請は取り消しでお願いします」

 通話口のオペレーターに新田はそう謝ると、通話を切る。

 それを待っていたかのように、緋鼠は土下座をする。

「お二方、車を荒らして……そして蠱毒を解き放って申し訳ありません。なんてお詫びすれば良いか……」

「いえ、良いんですよ……それよりも、本当に救急車、呼ばなくて良かったんですか?」

 新田の問いかけに、これぐらいなら自分で何とか出来ますと告げる緋鼠。

 そんな彼に、結衣も本当に悪意が浄化されたのか確認をする。

「ねえあんた、もう悪いことしないって誓える? だったら見逃しても良いって話してたんだけど」

「大丈夫です。このあと傷の手当をしたら警察に出頭するつもりです。余罪は沢山ありますので……暫くお勤めしてきますよ」

 そう何かが晴れた顔で返す緋鼠の姿に、結衣はどうすると新田を振り向く。

「それなら……信じようか。もう悪いこともしないって言っているんだ」

「うん、わかった」

 結衣は頷き、それじゃあ元気でねと手を振り新田と共に歩きだす。

「それにしても、大変なランチタイムになったな」

「もう夕ご飯の時間だよ……それより、社長にどう説明するの?」

 それだよな……そう結衣の言葉に新田は考え込む。素直に話せば許してくれるのか。

 それともお仕置きが待っているのか……相手は荒神でもある神田・秋葉原の神、平将門たいらのまさかどなのだから。

 ……すべてを見通す神による罰が待っているのは知らず、新田と結衣の二人は秋葉原へ戻るため、駐車場に停めっぱなしの車へと戻るのであった。

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