●第十六夜 塗壁(その一)
上野駅から特急列車に乗って一時間。さらにそこから鹿島臨海鉄道に乗り換え一時間半。
東京から八十五キロメートルの場所にその社はあった。
「ここが鹿島神宮……皇居と富士山、そして日光東照宮を繋ぐ霊脈の始点」
そう呟くのは、秋葉原にあるあやかし融資・保証の『
そして長距離の移動に腰をゴキゴキと鳴らす
二人は決して観光に来た訳ではない。ましてや只の参拝客でもない。
この鹿島神宮から東京に流れる霊脈の乱れ……それを調査しに来たのだ。
「皇居を中心に、霊峰富士の
「そしてそれを造ったのが、天海僧正って訳ね……何処まで絵を描いているんだか」
拝殿を詣で、鹿園の神鹿にせんべいをあげたりしつつ新田と結衣の二人は境内を練り歩く。
「結衣、霊視の力で何か異常は見つからないか?」
「ちょっと待って……なにこれ、凄い力!」
結衣の赤い瞳は視えないものを視る霊視の力を宿していた。
アルビノであり、紫外線が文字通り目に毒な彼女は、普段は視え過ぎるのを防ぐためもあり黄色いレンズのサングラスをしている。
それを前にズラし、裸眼で周囲を見渡すと、そこには大量の霊力が大気中に満ち溢れ、キラキラと光り輝いていた。
「新田にも視せてあげる……手、出して」
そう言って左手を差し出す結衣。新田はその手を繋ぐと、彼女が興奮でしっとりと汗を掻いているのが伝わって来た。
「す、すごい……これが鹿島神宮、武御雷の力か!」
視界を共有し、結衣の視ている景色を新田の視界に重ねる。
輝く空が、まるでハレーションを起こしているかのようだ。
そしてその奔流は空高く伸び、雲と共に西へと流れていく。勿論、その先にあるのは東京の街だ。
「……霊脈は無事みたいだな。それにしても綺麗だ、視られて良かった」
「ふふっ、感謝しなさい」
ぎゅ、と結衣が手を握る力を強くする。それくらいなら良いか、そう新田は暫くの間その身を任せるのであった。
霊脈が生まれる瞬間を眺めた新田たちは、今度は何処でその霊脈が途切れたのかを調べる。
在来線やバスに乗り、西に流れる霊脈を追う。
「車で来れば良かったかな……」
「長距離の運転したくないって言ったのはあんたじゃない」
霊脈は一直線に皇居へ向かっているが、交通機関はそうではない。
一度南や北に出て、そして地図で言うならば水平移動の後、縦方向へと向かう。
霊脈が無事だと分かると、また来た道を戻って横方向に移動する……を繰り返していると、何時の間にか外環道を越え江戸川に差し掛かる。
そんな時、黄色い総武線の車内にいた結衣があっと声を上げた。
「どうした……ってなんだ、あれは」
結衣と視界を共有して貰い新田も窓から外を眺める。そこにあったのは巨大な壁……周囲の人は気付かない。霊体なのだと新田は判断する。
それが東京に流れ込む霊脈の流れを遮断しているのだ。
「兎も角、行ってみよう!」
新田と結衣の二人は立ち上がると、江戸川を越えた最初の駅……小岩駅で下車する。
そのまま視えた壁の方へと走っていくと、それは巨大なあやかしであった。
「この感じ、
「でも霊体になってるから、誰も気付いてないね?」
塗壁を見上げる結衣……霊体のその身体は人や鳥は通すが、霊脈のエネルギーだけを阻害している。
「まずは話してみよう……ひょっとしたら、大人しく帰ってくれるかも知れん」
結衣と手を繋いでいる新田は、見習いとは言え陰陽師としてまずは話し合いを試みようとする。
陰陽師とはあやかしなどをただ祓うだけではない。まずは交渉し、穏便に出ていってもらうのが特徴なのだ。
「塗壁、話しを聞いてくれ! 霊脈を遮るのを止めて、大人しく福岡へ帰ってくれないか!」
『……僧正様の命だ。ここからは動けん』
新田の呼びかけに、少し待ってから遥かに高い頭上から塗壁の声が響く。
それは天海僧正の命により、ここからは動けないと言う物。
「どうしても動いて貰えないなら、祓うしかなくなる……そんなことはしたくない、どうか帰ってくれ!」
『くどい……天海僧正の命は絶対だ』
そう塗壁に返され、ふぅと新田は大きなため息を漏らす。
「交渉は決裂、だね」
残念そうに結衣も呟く。だが霊体の塗壁とどう戦うのか、彼女は新田の方を向いた。
「まず結界を貼る。そこに朱雀の力をぶつけよう」
そう言って新田は呪符を取り出すと、塗壁を包むように五芒星の頂点に札を貼る。
「結界術、起動!」
陰陽師を象徴する五芒星の結界が塗壁を包み、外界と隔離する。
同時に結衣が朱雀の巫女としての力を発現し、手にした折り畳み傘……式神の唐傘お化けを炎の剣にする。
「結衣、塗壁は見た目通り強固だ……全力で行け!」
「うん! 炎の剣、いくよぉぉっ!!」
朱雀の力を纏わせた炎の剣は霊体にも効果がある。
霊視の力がない新田には、視えない敵に向かい結衣が剣を振るったように見えた。
「手応えはどうだ?」
「……斬った、筈だけど」
新田の問いかけに結衣が自信なさげに答える。何しろこれまで実体を持ったモノばかりで、霊体を斬るのは実は今回初めてなのだ。
やがて悲鳴のような声が響き、霊体だった塗壁は徐々に実体化してきたのであった。