●第十六夜 塗壁(その三)
東京から東……国家鎮護の社であり、霊峰富士と共に関東で一、二を争うパワースポットである鹿島神宮から発生する霊脈。
その力の流れを追い、江戸川の上で霊脈を封鎖していた
巨大なあやかし、塗壁を結界に閉じ込め、結界内を火の属性にすることで霊力を消耗させることに成功したが、あと一息と言うところで結界内に侵入者が現れる。
「……小名木様!」
「小名木だって!?」
塗壁の言葉に、新田は侵入者の姿を確認する。
それは若い青年に見えるが、その正体はこなきじじいのあやかしであり、東京を護る四神結界を破壊しようと企む天海僧正の配下、小名木。
彼は一反木綿に乗り、新田に向かいこう告げる。
「霊脈の流れが戻ったと思ったら、原因は天海僧正の教えを理解しない不届き者でしたか……お久しぶりですね、新田君」
「久しぶりだな、小名木。京都の山奥に引っ込んだんじゃないのか?」
バチバチと火花が飛び散る新田と小名木……何しろ、新田は小名木に惑わされ、一度は洗脳と言う形ではあったが天海僧正の元に就いたのだ。
怨みの一つや二つ、あっておかしくない。
「それで何の用だ、小名木。まさか塗壁の代わりにお前が戦うとか言わないよな? お前は後ろで観戦してるのが趣味だもんな」
「勿論そのつもりですよ? 私が手を汚すだなんて、そんな汚い真似は出来ませんから……ただ、塗壁には負けて貰う訳にはいかないんですよ」
東京に霊脈の力を堰き止めるためにね。そう小名木は告げると、何かの呪具を取り出し塗壁に向け投擲する。
それは塗壁の背に刺さったかと思うと、その身体に霊力が戻り、同時に火炎の渦と化した結界内で自由に動き始めた。
「新田、塗壁の傷が治ってる!」
「何をした、小名木!」
結衣の声に振り向いた新田の目には、先程まで与えた筈のダメージから回復した塗壁の姿が。
何をしたと小名木へと向き直すが、そこには既に彼の姿は無かった。
「霊力と傷の回復……でもそれだけじゃない。何か動きが違う」
眼鏡をズラした結衣は、霊視の力で塗壁を観察する。そして気付く、炎の力が塗壁を活性化させていることに。
「新田! 塗壁が火属性になってる!」
「なんだって? ……あの野郎、やりやがったな!」
そう叫ぶと拳で結界の壁を殴る新田。結衣と新田は共に火属性の攻撃を得意とする。
その攻撃が無効化されたのだ……叫びたくもなる。
「ふふふっ、お得意の炎を封じられて、どう戦うのか……見せて貰いましょうか、千紙屋の小僧共」
観察するための『目』を置いて、小名木は一反木綿を東京へと向け飛ばす。
塗壁が勝てばヨシ、負けても千紙屋の二人がどう戦ったのか情報が手に入る。
小名木的にはどちらに転んでも損はしないと言う訳だ。
高笑いを残し去っていく小名木を余所に、灼熱地獄と化した結界内では戦いが続いていた。
「儂に炎はもう効かんぞ、さあどうする?」
霊力が戻り、また炎で活性化した塗壁に対し、結衣と新田の二人は手を出しかねていた。
「炎の攻撃が無効化されちゃう……どうするの、新田?」
「火の相克は水……だが結界内は火で満ちている」
五行では水は火を消す相克関係にある。だから水属性で攻撃すれば良いのだが、既に結界内の水の力は木属性を育てるのに使ってしまった。
一度江戸川の水を戻すか……? 新田が考える間も無く、塗壁が二人に攻撃を始める。
「秘儀、火炎大畳!」
巨大化した塗壁は燃えながら隙間なく倒れ込んで来る。
「やばっ!?」
そう叫んだ結衣は新田の脇を掴むと空中に舞い上がる。次の瞬間、残された白虎がパシュンと潰れて消えた。
「危なかった……」
「結衣、助かった……でもどうするか」
結衣に抱えられながら、空中でホッと一息漏らす新田……そんな彼に、結衣は今度こそどうするのか尋ねる。
「結界内は火の属性。そして塗壁も火の属性になって、攻撃が効かなくなった……勝ち目、あるの?」
その問いかけに、新田は覚悟を決めると結衣へと向く。
「結衣、炎の攻撃を塗壁だけでなく結界内に放つんだ。もっと、もっと燃やせ!」
「そんなことをしても……ううん、わかった。何か考えがあるんだよね」
朱雀の翼を大きく広げると、地面に向けてスーッと滑空し新田を降ろす結衣。
そして翼を強く羽撃たかせると、上空へと舞い上がる。
「行くよ……炎の剣、炎剣乱舞!」
結界の最上部へと舞い上がった結衣は、炎の剣を巨大化させると、その燃え盛る刃を無数に振り下ろす。
「そんな攻撃、効かんぞ!」
放たれた炎の刃は塗壁だけではなく、その周囲の大地にも直撃し燃え上がらせる。
炎の渦のなか、勝ち誇ったかのような塗壁の声に、新田はもっと続けろと叫ぶ。
「結衣、もっと、もっとだ! この空間を焼き尽くせ!」
「新田、死なないでよ!? ……炎剣乱舞!!」
再び剣に炎を集め、それを振り下ろす結衣。炎が爆ぜていくなか、ある一定の高さまで火柱が上がったかと思うと急激にそれが萎む。
それどころか、炎の花園であった結界内の炎が急激に消え、同時に塗壁の身体も小さくなっていった。
「……どう言うこと?」
結衣が疑問を口にすると、新田がその答えを解説する。
「火と火が重なることを比和と言ったな。火の場合、あれは相乗効果で燃え盛るのだが……燃えすぎると逆に土の処理能力が追い付かなくなり、火が消えるんだ」
五行のバランスは相生関係によって力を増し、相克関係によってバランスを保っている。
それをワザと崩してやれば……力は乱れ、正常に働かなくなる。
「それで火が消えちゃったのね……で、火属性になった塗壁も苦しんでいると」
「く、苦しい……息が……」
苦しむ塗壁の姿を見る結衣は、少し悲しく思う。
だが今なら話が通じるかも知れない……そう期待する気持ちもあった。
「塗壁……もう止めにしない? もうあなたに勝ち目はないよ?」
そう告げる結衣に、塗壁は苦しそうに悶えながら答える。
「わ、儂は僧正様に恩がある……それを裏切る訳にはいかん。恩を裏切ってまで、生き延びたいとは思わん」
その言葉は、ここで止めをさせと言っているのと同じ。
新田の方を振り向くと、彼は呪符を取り出す。
「水は火を消す……それ相克なり」
呪符に水属性を与えると、新田は結衣の唐傘に張り付ける。
これで炎の剣は水の剣に変わり、火属性となった塗壁に痛恨打を与えることが出来る。
そして結衣は、塗壁に向かい合う。