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第十七夜 烏天狗

第十七夜 烏天狗(その一)

●第十七夜 烏天狗(その一)

 東京、秋葉原。電気街の裏通りにある雑居ビル。その五階にその店はあった。

 この街に暮らすあやかしに対し、能力や権能を対価に融資や保証を行うその店の名は『千紙屋せんがみや』と言う。

 社長であり、神田・秋葉原地区の氏神でもある神、平将門たいらのまさかどの前には、従業員であり陰陽師見習いでもある新田 周平あらた・しゅうへい芦屋 結衣あしや・ゆいの二人が並び立ち、先程遭遇したことを報告する。

「ふむ、妲己ですか……」

「はい。自ら天海僧正の配下、と名乗っておりました」

 それは今から三十分ほど前のことだ。

 秋葉原の隣駅、浅草橋駅の駅前で食事を済ませていた新田と結衣。そんな二人の前に現れたのが、東京を護る四神結界を破壊しようとしている天海僧正……その配下を名乗る狐面の女性。

 名を妲己……九尾の狐であり、傾国の美女とも呼ばれる伝説のあやかしの名を名乗り、この街で騒ぎを起こすと告げた。

「四神結界が弱っているのに、あやかし騒ぎが起きたら……」

「結衣君、分かってます。今の東京は兵糧攻めを受けた状態……騒ぎで余計な霊力を使う余裕はありません」

 そう、今の東京は、結界を護る朱雀、白虎、玄武、青龍の四神を支えるだけの霊力が無い。

 それも天海僧正の手により、東京に流れ込む霊脈の流れが断ち斬られているからだ。

 幸い鹿島神宮からの霊脈は新田と結衣の活躍で復活した。だが霊力はまだまだ足りない。

 ならばどうするか……幸い、結衣の魂の中には箱庭の東京が造られており、そこに四神、もしくはその分霊を宿らせている。

 そしてその東京を現実の東京と見立てることにより、現実の東京へ効果を発揮する見立ての儀式を行っていた。

 結衣の中の東京、そして四神に霊力が豊富な新田がエネルギーを供給することで結界の崩壊を防いでいる……それが今の東京の現状であった。

「まず新田君にはこれを預けます」

「これは?」

 そう言って将門から新田に渡されたのは、三枚の呪符。

「この呪符には私が貯めた霊力が満ちています。一枚で新田君の霊力を満タンにすることが出来るでしょう」

「将門社長の霊力!? 良いんですか、社長も霊力の維持が必要なのでは……」

「構いません。ただ許容量の問題などもありますので、使用するのは一日に一枚までにして下さいね」

 そう微笑みながら将門は告げると、新田と結衣の肩を強く叩く。

「妲己が……天海僧正が何を企んでいるか分かりません。二人とも、くれぐれも気を付けて下さい」

「「はいっ!!」」

 将門の言葉に、新田と結衣の二人は元気に声を揃える。

「今日はもう夜遅いです。二人とも気を付けて帰るんですよ?」

 そう言われ、時刻は二十二時近くになっていることに気が付く。

「そうだ、明日は日直だった! 急いで帰らないと!!」

「そう言うことは先に言え! 将門社長、失礼します!!」

 二人は挨拶もそこそこに、千紙屋を後にする……静けさが戻ったオフィス。一人残された将門は窓を開けると星見をする。

「大きな困難……ただ、それを破る光もある。困難に挫けないで下さい。新田君、結衣君」

 将門の言葉は白い息となって、夜空に吸い込まれる。


 同じ頃、とある路地裏では、翼を失った烏天狗と両目を潰された石蛇女メデューサが街の明かりから隠れるように潜んでいた。

 彼らは過去に千紙屋に怨みを持ついたちが千紙屋の名声を落とすため、新田に姿を変えた彼によりその能力を奪われた哀れな犠牲者。

 最も、在りし日の鼬に対し暴力を先に振るったのは彼らであったため、自業自得とも言えなくもないが……だがそんなことは関係なかった。

「あいつ……千紙屋の新田周平とか言ったな。あいつの所為で、俺たちはこんな惨めに……」

「そうよ、蛇の目があるから日常生活は送れるけど……もう怯えるだけの日々なんて嫌っ!」

 金、能力、立場……力を失ったあやかしは人間よりも悲惨だ。

 元々能力以外を持たざる者があやかしなのだ。その唯一の拠り所が異能の力である。

 だが彼らはそれを鼬に奪われた負け組。行動したくても力がないため、出来るのは恨み言だけ。

 そんな哀れな二人に、狐面の女……妲己が声を掛ける。

「こんばんは、負け組あやかしのお二人さん……やり直すチャンスは欲しくないかい?」

 そう言って取り出したのはケースに入れられた二つの目玉……それを見た瞬間、石蛇女が声を上げる。

「それ、アタシの眼!」

「なんだと!? ……あんた、何者だ」

 警戒しつつ、妲己を窺う烏天狗……その姿に、彼女は微笑む。

「いきなり飛び掛かったりして来ない……理知的な相手で助かったよ。あんたたち、コイツに怨みがあるんだろ?」

 そう言って妲己は烏天狗たちの足元に写真を飛ばす。

 そこに写っているのは、新田周平の姿……その写真を足で踏みつけながら、烏天狗は妲己に問いかける。

「あんた、何処で俺たちのことを聞いたか知らないが……何を企んでる?」

「なに、私もその男に用があってね……ちょっと叩いて欲しいのさ」

 妲己の言葉に、烏天狗は肩を竦める。

「その眼が本物でコイツの力が戻ったとして、俺は羽根無し……それにこの男は陰陽師としても手練れだと聞いている。話にならねぇ、他を当たんな」

 烏天狗の回答に、妲己は満面の笑みを浮かべる。

「いいねいいね! 本当に理知的で、力を失ったからこそ己をわきまえている……本当にいいね。だけど……」

 笑い声を上げていた妲己は、狐面を取る……そしてその瞳で烏天狗、そして石蛇女を睨む。

「……お前たちに拒否権は無いんだよ。返事はハイかYESか。だがそうだね……服従か死かぐらいは選ばせてあげよう」

 そう言うとにやりと口元を開き、犬歯を見せる妲己。従わなければ殺す……殺気が二人の周りに広がる。その言葉に嘘偽りはなかった。

「……眼は返してくれるんだな」

「勿論。君にも新たな翼を与えよう……では付いて来たまえ」

 クルリと後ろを向き、妲己は歩き出す。その一見無防備に見える背中に、烏天狗は拳を握る。

「おっと、背後からザクリ、とか考えても無駄だよ? その程度で殺せるとは思わないことだ」

 立ち止まらず、そう背後に向け告げる妲己に、烏天狗は固めた拳を解く。

 翼を捥がれた烏天狗と石化の瞳を失った石蛇女、二人は妲己に導かれお台場の高層マンションへと連れて行かれるのであった。

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