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第十七夜 烏天狗(その二)

●第十七夜 烏天狗(その二)

 東京、お台場。高層マンションの最上階では、九尾の狐のあやかし、妲己に連れられて烏天狗と石蛇女がキョロキョロと室内を窺っていた。

「妲己様、コートを」

「ありがとう……さて、まずはお主の眼からじゃな」

 執事のあやかしにコートを預けると、石蛇女の眼が入ったケースを見せる妲己。

 彼女は石蛇女を別室に招く。そこは魔法陣で四方が描かれた部屋、

 一見異様な部屋だが、断れる状況でもないため命じられるまま石蛇女はその部屋に立ち入る。

「抜き取られた眼の移植……なに、難しいことではない。気を楽にせい?」

 そう妲己に声を掛けられても、石蛇女は緊張の色を隠せない。

「楽にせいと言ったのに……まあいい。眼を戻すぞ」

 呆れながら妲己が術を唱えると、ケースの中身が浮かび石蛇女の空洞になった目に収まる。そしてさらに術を唱えながら視神経を接続していく。

「……見える! 見える!!」

 視界が戻った石蛇女は歓喜の声を上げる。そして付き添っていた烏天狗の方を向こうとして……ぐいっと顔を抑えられた。

「嬉しいのは良いが、こっちを向くな……石になるだろ」

 石蛇女はメデューサのあやかし。その瞳で見つめられれば石になってしまう。

「和気あいあいとしてるところ悪いけど……次は烏天狗、あなたよ」

「俺か? 翼を奪われた俺にどうしようって言うんだ……?」

 不審がる烏天狗の前に、執事が布に包まれた鳥籠を持って来る。

 妲己は頷くと、その鳥籠の覆いを剥がした。

「……八咫烏ヤタガラスだと!?」

 そこに居たのは、足が三本ある烏……神の使い、八咫烏。

 妲己はそれをむんずと捕まえると、暴れる八咫烏を持ち烏天狗の元へと歩を進める。

「あなたの翼、普通に復活させるのは面白くないわよね……この子の翼をあげるわ。神の使い、八咫烏。失った翼の代わりには充分な筈よ?」

 彼女の言葉に、烏天狗は頷く……同じ烏とは言え、烏天狗と八咫烏では神格が違う。

 上位格の八咫烏の翼、頂けるのならありがたい。

「さあ、八咫烏よ……翼を失った烏天狗に、新たな翼を与えなさい……!」

 烏天狗の背中にグイっと八咫烏を押し付ける……八咫烏の身体が烏天狗に吸収されるのと同時に、彼の背に翼が戻っていく。

「それじゃ……次は凶化ね」

 翼が戻り、喜ぶ烏天狗とそれを祝福する石蛇女。そんな二人を見ながら、妲己は薄笑いを浮かべる。

 妲己の悪だくみは、秋葉原を混乱の渦に巻き込むのであった。


 秋葉原の街に、とある噂が流れ出す。

 烏に導かれると石にされる……そんな荒唐無稽な噂。

「……噂は噂、だったら良かったんだけどな」

 秋葉原の路地裏で、石になった人物を見つけた『千紙屋』の新田周平あらた・しゅうへいは、呪符を貼ると石化解除の呪を唱える。

 石になっていた人物は石化を解かれると、ハッとした表情で左右を見る。

 だがその時には新田の姿はない……彼は路地裏の入り口で人が来ないように見張りをしていた芦屋結衣あしや・ゆいに終わったと話しかけていた。

「お疲れ、新田……これで今日三件目だね」

「あぁ……術自体は大したことないが、数が多いと疲れるな」

 首をゴキゴキと鳴らす新田に苦笑を浮かべる結衣。

 そう、人々が石化すると言う噂は事実であった。烏が導かれ、石化される……どんなあやかしの仕業か、二人は話し合う。

「石化と言うと、やっぱり代表的なのはメデューサか」

「でも烏を使いにするなんて聞いたことないよ?」

 そうだよなー……と新田も首を傾げる。

 頭上を見上げれば無数の烏が電線に止まっている。烏に導かれるなんてあるのだろうか?

 ジーっと烏を見ると、警戒したのか烏はカーッ、カーッと鳴き声を上げて来る。

「怒らせちゃダメだよ? ごめんね、烏さん」

 朱雀……鳥の王である不死鳥を宿している結衣は、烏に怒らないでと話しかける。

 それが伝わったのか、烏は鳴き声を収めキョロキョロと左右を見渡し始める。

「鳥に言葉が伝わるのか?」

「うーん、ふわっと……かな? 何言っているかとかまでは流石に分からないよー」

 そう告げる結衣に、新田は残念と口にする。

 もし烏の言葉が分かるのなら、人々を惑わす烏の正体を掴めるかと考えていたのだ。

「ざーんねん、そうは上手く行きません……地道に探していこ?」

「そうだな。将門社長も監視カメラとかをハックして監視してくれてる……地道に行くか」

 秋葉原は狭いようで広い。監視の目も全てに渡っている訳ではない。

 そのため事件の発生は足で探すしかないのだ。

 幸いなことに、石化されている間は時間が止まるので、被害者にとっては一瞬の出来事。

 石化さえ解ければ日常生活に支障はなかった。

「問題は、先に警察とかに発見された場合だよな……」

 新田と結衣の主であり、千紙屋社長である平将門たいらのまさかど……彼は神田・秋葉原地区の氏神であり、電脳都市秋葉原を抱えたことにより電脳神の神格をも持つ。

 街角に設置されている防犯用の監視カメラのハッキングなどは朝飯前。

 その気になれば個人のスマートフォンに侵入し、スマホ内の写真データを書き換えることすら出来る。

 それが令和の平将門であった。

 そして将門が警察より早く人間石化の情報を入手し、現地に新田と結衣が向かう……これが今の千紙屋の基本戦術になる。

「今のところ私たちの方が先に見つけてるけど……」

 そこまで言って、結衣がふと考える。

「どうした、結衣?」

「ねぇ新田……ひょっとしてだけど、私たちにワザと発見させてない?」

 結衣が辿り着いたのは、東京を護る四神結界に霊力を注ぐ新田の霊力を無駄に消耗させると言うこと。

 石化の解除は術の適性問題で新田にしか出来ない。そして四神に霊力を注ぐことも……その彼の霊力を消費させればさせる程、四神結界の維持は難しくなる。

「まさか、そんな……」

 新田はそんな馬鹿な、と言いたいところだが、見立ての儀式の情報は天海僧正側にも伝わってしまっている。

 そうなれば東京の四神結界の維持に見立ての儀式を使っていることも予想つくことだろう。

 その維持に、霊力を消費していることも……。

「……ようやく気付いたようだな」

 新田と結衣が話し合う光景を眺めていた烏の一羽がそう呟く。

 その正体は烏に化けた烏天狗だ。彼は三本の脚で屋上の柵に掴まり、カァカァと鳴き声を上げる。

 そして次の獲物を探すべく空へと舞う……空は行く先を表すかのように、暗雲が立ち込めていた。

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