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第十七夜 烏天狗(その三)

●第十七夜 烏天狗(その三)

『千紙屋』の新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆい。二人は烏に導かれ、その先で石化する事件を追い秋葉原の街を移動していた。

「……お腹空いた」

「確かにもう昼か……ケバブでも食うか」

 結衣の声に腕時計を確認した新田。確かに時刻はもう昼過ぎ……昼食を取るには遅い時間かも知れない。

 二人は秋葉原名物のケバブ屋へと向かうと、巨大な肉の塊から切り出したケバブサンドを並んで頬張る。

「結衣……」

「なーに?」

 もぐもぐとケバブサンドを頬張りながら、新田の呼びかけに返事をする結衣。

 はしたないが、空腹が優先だ。

「念のため、コイツを渡しておく」

 それは新田手製の呪符……効果は、と結衣が尋ねると、新田は反射の呪符だと告げる。

「相手が石化を使って来ることは間違いない。石化を受けた時に術を反射することで防げる……一回限りだけどな」

「ふーん……よし、ご馳走様!」

 ケバブサンドを食べ終わった結衣は、新田から渡された呪符をセーラー服のスカート、そのポケットに仕舞う。

「使うことが無いのが一番なんだけどな」

 新田もケバブサンドを食べ終わると、包み紙をグシャっと握り潰しゴミ箱に放り投げる。

「ストライク!」

 投げられた包み紙はゴミ箱に見事に入り、新田は小さくガッツポーズをする。対する結衣はというととてとてとゴミ箱まで歩くと、ポイっとケバブサンドの包み紙を捨てた。

「さて、お腹もいっぱいになったことだし……社長からは何か来てる?」

 結衣の言葉にスマートフォンのメッセージを確認する新田だが、首を横に振る。

 新たな被害者は今のところ出ていないと言うことか。

「それじゃ、まずは烏を探しましょうか!」

 そう告げる結衣の言葉に、新田も立ち上がる。

 烏に導かれると言うぐらいだ、何か普通の烏とは違うのだろう。


 新田たちが烏を探して街を歩くころ、当の烏天狗はと言うとビルの屋上で二人の様子を見ていた。

「妲己……様からは奴には直接手を出すな、と言われているが……仇が目の前にいるのに、もどかしい」

「でも、強いんでしょ?」

 ケバブサンドを頭の蛇たちに分け与えながら、石蛇女はそう烏天狗に告げる。

「あぁ、強いな……お前の石化の術も簡単に解いている。陰陽術師として成長したと言う話も間違いないだろう」

 烏天狗たちが知っているのは、鼬が化けた新田の姿。だが、二人の主であり天海僧正の配下である九尾の狐のあやかし、妲己からはその時以上に成長したと伝えられている。

 人間とは一夜にして成長する物……とは言え、短期間での成長を怪しんでいた烏天狗であったが、実際の実力を見て納得はしていた。

「……少し、揶揄ってやるか」

「何をするの?」

 こうするんだ、そう言って烏天狗は三本足の烏の姿に変化すると、新田たちの元へと急降下する。

 そして器用に三本の足を使って新田の手にしていたスマートフォンを掴むと、今度は急上昇した。

「しまった、古籠火!?」

 新田はスマートフォンより、そのストラップ……式神の古籠火を攫われたことに声を上げる。

 慌てて追いかける彼に続く結衣……だが相棒を奪われ冷静さを失っている新田より冷静な分、彼女は観察眼があった。

「新田! あの烏、変! 足が三本あるっ!!」

「足が三本……八咫烏か!?」

 走りながら新田も烏の姿を良く見る。確かに普通の烏とは違い、足が三本あった。

「でも……いったい……どこまで……はしら……せるの……!」

 新田のスマートフォンを掴んだ八咫烏は、まるで秋葉原の街を一周するかのように飛ぶ。

「あ、遊んで、やがる……!」

 秋葉原の街を周回する数が重なり、体力の限界が来た新田と結衣の二人は、秋葉原練塀公園の中で倒れ込む。

 はぁー、はぁーっと荒い息を吐く二人の頭上で、もう終わりかとくるくると旋回した八咫烏は、ポイっとスマートフォンを投げ捨てた。

「くっ……!!」

 最後の力を振り絞り、落ちてきたスマホをキャッチする新田。

 何とか無事に受け止めることができ、古籠火も新田の手の中に帰って来た。

「あ、新田、スマホは無事?」

「ああ、なんとか……でも、もう動けん」

 結衣に声を掛けられ、スマホを手にぐったりとへたり込む新田はなんとか返事をする。

 そんな二人の前に八咫烏は降りてきたかと思うと、人間の声で喋り出す。

「我は神の使い……お主らに忠告しに来た」

「神の……御使い?」

 結衣の問いかけに、八咫烏はそうだと頷く。

「この街で起こっている異変……それは神の意思。妨げることは許されん」

 烏天狗は噓八百を並べているのだが、その正体を知らない新田と結衣は顔を見合わせる。

「それはどういうことですか、八咫烏様」

「そのままの意味よ……石化は神の意思、それを妨げると言うなら貴様らに罰を与える必要がある」

 八咫烏はゆっくりと新田に近付きながらそう告げると肩に乗る。

 そして彼にだけ聞こえるように囁く……お前の大事な者も石にせねばならなくなる、と。

 その瞬間、新田は反射的に八咫烏を捕まえる。そして八咫烏に向かって脅すように告げる。

「……手を出したら、神の使いだろうと、神であっても、殺すぞ」

「あ、新田? どうしたの!?」

 結衣が驚くなか、新田は八咫烏を投げ捨てる。すると変化が解け、烏天狗の姿になってしまう。

「しまった!?」

「あっ! このあやかし、鼬に倒されていた烏天狗!」

 その姿に見覚えがあった結衣が、思わず声を上げる。

 そう、彼女は以前の鼬事件の際、鼬が暴れた被害者の烏天狗と石蛇女を見ていたのだ。

「石蛇女だって? ……と、言うことは、今回の石化事件の主犯はお前たちか!」

「ちっ、悪戯に興じ過ぎたか……だがその身体では追って来れまい!」

 翼を広げ、空中に飛び上がる烏天狗。確かに今の新田と結衣は追いかける体力が残っていない。

 しかし、新田には奥の手があった……呪符を二枚取り出すと、一枚を結衣に、もう一枚を自分に張り付け術を唱える。

「……体力が湧いてくる!」

「回復呪だ、これで走れる!」

 結衣と新田の身体が緑の輝きに包まれ、札が剥がれる。

 すると先程までヘトヘトだった肢体に活力が戻っていた。

「追いかけるぞ、結衣!」

「うん!」

 烏天狗を追い走り出した二人。今度は逃がさないと強く決意をするのであった。

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