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第十七夜 烏天狗(その四)

●第十七夜 烏天狗(その四)

 正体を現した烏天狗を追う『千紙屋』の陰陽師見習い、新田周平あらた・しゅうへい芦屋結衣あしや・ゆいの二人。

 新田の術で体力だけは回復し、秋葉原の街を再び駆けると黒い翼を追った。

「結衣、人気のない場所に出たら俺を唐傘で飛ばしてくれないか?」

 そう告げる新田の手には、五枚の呪符……五芒星を描き、星の中の相手を閉じ込め現実と切り離す結界符だ。

 新田は結衣に自分を飛ばして貰い、空中に居る烏天狗を捕まえて結界を貼ろうと考えたのだ。

「いいけど……あんまり無茶なこと言わないでよね」

 結衣は背負ったカバンから、折り畳み傘を取り出す。

 それは彼女の式神、唐傘お化けが変化した姿……伸ばした折り畳み傘に結衣は霊力を注ぐと、その真の姿を顕現させる。

「いくよ、新田っ! ……結衣ちゃん、ホームランっ!!」

 大きく叫ぶと、唐傘お化けの足を持ち、ジャンプした新田の足裏に向けフルスイングする結衣。

 打ち出された新田は、空中で驚きの顔を浮かべる烏天狗へと飛び、その背に抱き着く。

「人間を甘く見たな……! 結界符、発動!」

 烏天狗と一緒に落下しながら五方向に呪符を飛ばし、結界術を発動する新田。

 その結界の範囲内に飛び込んだ結衣の後ろで結界が閉じ、現実とは隔離された閉じた空間が広がった。

「これで逃げ場はないな? さあ、決着を付けようか……烏天狗!」

 そう叫ぶ新田に、烏天狗はククっと笑う。

「こっちこそ……待ちわびたぞ、この時を! 翼捥がれた怨み、今こそ晴らそう!」

 烏天狗の言葉に、覚えのない新田は不思議な顔をする。

「ふん、覚えるまでもないと言うことか……風遁の術!」

 疾風が竜巻となり、新田と結衣を襲う。結衣はスカートの裾を必死で抑えながら新田に説明した。

「この烏天狗、新田に化けた鼬が翼を捥いだの!」

「……っ! そう言うことか!!」

 激しい竜巻のなか、誤解を解こうと新田は烏天狗に話しかけるが……だが、烏天狗からの答えは意外な物。

 いや……彼女の存在を知っている新田と結衣の二人からすれば、納得出来る物かも知れない。

「お前が本物だろうが偽物だろうが、最早関係ない……俺は妲己様に命じられて来たのだ」

 妲己……その言葉に、新田と結衣は声を失う。

この街で騒ぎを起こすと宣言した天海僧正の配下、九尾の狐のあやかし、妲己。

 すなわち倒すしかない敵だと言うこと。

「わかったか? ならば行くぞ……旋風烈波!!」

 烏天狗が手にする扇を振り下ろすと、鋭い風の刃が幾つも波のように降り注ぐ。

「くっ、唐傘っ! 天裂剣舞!!」

 結衣がそう叫びながら唐傘に炎を纏わせ、回転する炎の刃を幾つも生み出し相殺する。

「結衣、それは……」

「うん。偽結衣の技……朱雀の翼を使える今なら、使いこなせると思ったの」

 そう告げる彼女の背中からは、体内に宿る朱雀の翼が伸びる。

 天裂剣舞……翼で風を起こし、炎を纏わせた刃を幾つも飛ばす必殺技。

 鼬が化けた偽結衣との戦いで受けた技を、彼女は物にしたのだ。

「なら……ここからは反撃と行こう」

 ストラップになっている式神、古籠火の付いたスマートフォンを構える新田の言葉に、結衣も頷く。

 烏天狗は、陰陽師見習いたちが来ると身構えた。


 千紙屋の陰陽師見習いである新田と結衣。対する烏天狗の戦いは苛烈を極める。

 地獄で修行し並みのあやかしであれば圧倒する力を得た新田と結衣。

 しかし、神鳥である八咫烏を取り込んだ烏天狗も負けてはいない。

 お互いの技と意地をぶつけ合い、激しい消耗戦となっていた。

「新田、交わしてね! 炎槍嵐!!」

 結衣が手にした唐傘に炎を纏わせ、長い炎の槍に姿を変える。

 そして朱雀の翼を広げ上空に舞い上がると、無数の炎の槍を雨のように地表に向け降らす。

「ちっ、交わしようが……ならば撃ち落とすのみ、神風烈斬!」

 扇を振るい、全てを撃ち落とす神風を放つ烏天狗。結衣の炎と烏天狗の風が衝突し、空中で嵐が起きる。

「くっ、見えん……!」

 嵐に隠れ、結衣の姿を見失う烏天狗。そこに下から新田が攻撃を加える。

「見えないならこっちの相手をしたらどうだ? 古籠火、全力噴射!」

 その言葉と同時に、古籠火の明かりより巨大な炎の渦が吹き出される。

 それは頭上を飛ぶ烏天狗を巻き込み、激しく焼く。

「お前は……許さん! 旋風烈波!!」

 炎に焼かれながら、烏天狗は扇を振るい、風の刃を新田に向けて放つ、

 グッとガードを固めた新田であるが、その上から刃は彼を斬り刻んだ。

「身の程を知れ、人間よ!」

「どうかな……金属は木を伐り倒す、すなわちそれ相克なり!」

 式盤を手にした新田は、呪符を取り出すと烏天狗へと向け飛ばす。

 それは金属の色を帯び、風……五行で言うところの木属性である烏天狗にとっては弱点となり、まるで樹木を伐採するかの如く斬り刻んだ。

「やるな、人間っ!」

 思わず烏天狗が口にした言葉に、新田は人間人間と呼ばれ憮然とした表情で叫び返す。

「人間じゃない、新田周平だっ!」

「知ってるよ!!」

 そう返した烏天狗は、扇に風を集める……巨大な竜巻がまるで剣のように伸び、天を貫く。

「これで終いだ、新田周平!」

 その一撃は全てを砕く一撃。流石の新田と言えども、直撃すれば命に関わる。

 だが、それを防ぐべく嵐の中から結衣が飛び出した。

「新田は殺らせない! 浄化の炎よ、全てを燃やせ!!」

 結衣の手にした唐傘が炎の剣に変わる。そして烏天狗の風の剣に負けないぐらいに燃え上がる。

「結衣っ!!」

 新田が叫ぶ……その視線の先で、炎の剣と風の剣がぶつかり合った。

 その瞬間だ。結衣の炎の剣……その炎が、風の剣の吹きすさぶ嵐と交じり合ったのは。

「木属性の風が、火属性の炎を燃やす……相生だ」

 そう呟く新田の前で、嵐を吸収し巨大な炎の渦となった結衣の剣が、無防備に驚く烏天狗に振り下ろされた。

「旋風炎舞……浄化されろぉぉっ!!」

「うわぁぁぁっ!?」

 叫ぶ結衣の炎の刃が烏天狗を捉える。そしてその身を浄化していく。

 振り下ろした刃の先には烏天狗の姿はなく、一羽の八咫烏が空に向かい飛び去って行くのであった。


 その光景を、ビルの屋上で石蛇女は見ていた。

 両目に、そして頭から生える幾匹の蛇の目から涙が溢れる。

「……仇を取りたいか?」

 彼女の背後から、妲己の声が響く。それは冷たく、それでいて慈愛に満ちた誘惑の声。

「……ハイ。烏天狗の……あの人の仇を取りたいです」

「ならば、力を与えましょう……おいで、石蛇女」

 最後にもう一度、石蛇女は秋葉原の街を振り返る。そこに居る新田周平と芦屋結衣の姿をしっかりと目に焼き付けるかのように。じっくりと、しっかりと見る。

「(絶対に、石にしてやる……!)」

 そう心に誓うと、妲己の方へと向き直す石蛇女。

 彼女を抱えた妲己は、拠点であるお台場の高層マンションへと向かい秋葉原の、東京のビルとビルの間を飛ぶ。

 復讐の時は、すぐそこに。

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