●第十八夜 石蛇女(その二)
浅草橋にあるアパートのリビングには、石になった部屋主の
「朔夜さん、一体何があったの?」
「実は、わらわも良く分からん。突然光が照らしたかと思ったら、新田を含め周囲の人が石になったんじゃ」
新田を運んできた蛇女のあやかし、
「でも、そんなニュース、やってないにゃ」
スマートフォンでニュースサイトやSNSを検索していた
「確かに……あっ、将門社長からメッセージが来てる、ちょっと待って」
千紙屋の社長、
そこには、人々が石化した秋葉原の様子が写った数枚の写真や動画と、敵が現れたことを伝えるメッセージが添えられていた。
「そらちゃん、これ見て……社長が規制かけてない画像。みんな石になってる」
「言った通りじゃろ? 秋葉原の人間は皆、石になってしもうた……」
こんな大規模な災害級の事態に、それなのに肝心の新田は石になっている。
……自分が解決するしかない。そう結衣は決意する。
「そらちゃん、朔夜さん……私に力を貸して」
「どうする気にゃ?」
スマートフォンを操作しながら告げる結衣の言葉に、そらが何をするのか尋ねる。
メッセージを将門に送信した結衣は、そらたちの方を向くとこう告げる。
「
秋葉原でも一番高いビルの屋上。眼下に広がるネオンに彩られた街並みを見下ろしながら、石蛇女は高笑いを浮かべる。
「この街に生きる人間も、あやかしも、全て石にした! このまま東京全体を石にし、死の街にしてやる!!」
そうすれば、同じように虐げられ、最後は浄化され逝ってしまった烏天狗も浮かばれる……この力をくれた妲己の為じゃない。自らの、そして烏天狗の為、全てを石化する。
そう決意を新たにした石蛇女、
その頭から伸び、全方位を見渡す蛇の目に目的の人物が近付いてきたのが分かった。
「新田周平は石にした……残すは芦屋結衣、お前だけだ!」
その言葉と同時にビルの屋上から飛び降りる石蛇女。降りた先には、式神である唐傘お化けを構えた結衣たちの姿があった。
「居たわね、石蛇女!」
「自ら石になりに来たか……良い覚悟だ」
そう告げた石蛇女は、結衣たちを石にしようと両目を開けようとする。
だがその前に、結衣はそらと朔夜に持っていた眼鏡を渡す。
「ふたりとも、それを掛けて! ミラーレンズだから、石化の視線を跳ね返す!」
「くっ……鏡か、先にそれを破壊しないといけないようだね」
結衣が渡したのは、鏡面加工された眼鏡……石蛇女の石化は視線による物。それを跳ね返す鏡は弱点となる。
「勿論、私の眼鏡も何時ものサングラスじゃないわ……さぁ、街の人の石化を解除して貰いましょうか!」
そう告げる結衣に、それは不可能だと石蛇女は答える。
「石化は私の命と連動してる……浄化ではなく、私を殺さない限り石化は解けないぞ」
お前は人を、あやかしを祓うのではなく殺したことはあるか?
石蛇女に問われ、結衣は手にした唐傘の先が震える。
これまで数多のあやかしを祓って来たが……殺したことは一度もない。
だが、今回は殺さねば、命を奪わねば皆が助からない。
……結衣は覚悟を決めると、両手で唐傘をしっかりと握る。
「ほう……覚悟したか。ならば強力せぬといけぬな。のう猫よ」
「そうにゃ! 結衣にゃんだけツラい思いはさせないにゃ!」
お揃いの鏡面加工のサングラスを掛けた朔夜とそらは、結衣の姿を横目で見ると頷き合う。
そして朔夜は全身を強固な鱗で覆い、そらは鋭い爪を指先から伸ばす。
「同じ蛇同士、わらわが正面に立つ! 猫よ、結衣に伸びる蛇を斬り落とせ!」
「了解にゃ!」
ズサ―っと言う音を立て、白蛇朔夜が石蛇女へと迫る。そして大蛇の身体でその身に巻き付く。
石蛇女も頭から無数の蛇を伸ばし、朔夜を絞め返しつつ、結衣たちに向かってさらに蛇を這わせる。
だが、その蛇はそらの爪で斬り落とされる……そんななか、結衣は唐傘を片手に駆け出した。
「新田を……秋葉原の人たちを助けるために殺さないといけないのなら、私の手で!」
結衣はそう叫ぶと、唐傘お化けの切っ先を石蛇女へと向ける。
しかし、石蛇女の復讐に賭ける執念は凄まじく……朔夜の拘束を振り切ると、頭の蛇の群れを伸ばし結衣の唐傘を絡め取る。
「ふん、式神が無ければ戦えないか」
挑発じみた声を結衣に投げかける石蛇女。むかっとしつつも、結衣は拳を握り締める。
「もともと私は打撃で纏わりつくあやかしを祓って来たのよ!」
そう、結衣はこの街……秋葉原に来て、平将門の元で陰陽師見習いとなる前は、アルビノとして特殊な霊力を持ち、あやかしが視えるその体質に引かれた低級霊などを独自に学んだ術や格闘技を組み合わせて祓うことで生きてきた。
むしろ唐傘お化けと言う式神を得たのがつい最近なのだ。
だから、霊力を込めた拳で石蛇女を殴る……その行為に躊躇いは無かった。
「くっ、この暴力女め!」
「誰が暴力女よ! この石蛇女!!」
唐傘お化けを奪っている分、石蛇女が使える頭の蛇の数は少なくなる。
しかし、だからと言って唐傘を返せば戦力が増すことになる。
石蛇女は、数的に不利な状況に追い込まれていった。
「だが、負ける訳にはいかない……アイツの為にも、芦屋結衣は討たねばならない!」
そう叫んだ石蛇女が残る頭の蛇を伸ばす。
結衣はそれに絡みつかれながらも、逆に引っ張り寄せ拳を振るう。
「ちっ、あんたには負けられないのよ!」
「こっちだって、みんなの為に負けられないんだからっ!」
殴り合う石蛇女と結衣……二人が発するあまりの迫力に、そして繰り広げられる超至近距離のインファイトに、朔夜とそらは手を出しかねていた。
今、二人に出来ることはただ一つ……結衣の勝利を祈り、応援することだけであった。