●第十八夜 石蛇女(その四)
秋葉原を石化した
白蛇のあやかし、
だが、胸部を自ら石化していた石蛇女により、結衣の攻撃が通じない。
そして石蛇女はコンパクトの鏡を自分自身に向け、閉じていた両目を開く。
「そんな……」
結衣たちが見守る目の前で、石蛇女の両目が光る。
それがコンパクトの鏡に反射し、石蛇女に降り注ぐ……同時に、石化していた胸部だけではない。手足や胴体、そして頭と次々と彼女の身体は石になっていく。
「ゲームで見たにゃ。動く石像だにゃ……」
そらが驚きの声を上げる。そう、石蛇女の身体は関節部と言った身体を動かすのに必要な部分以外は石化し、まさに動く石像となったのだ。
「芦屋結衣、これでお前の攻撃は通らない……そして石の身体は、打撃でも強い!」
ドスン、ドスンと地響きを立てながら、石蛇女は結衣に向かって走り出す。
そのまま拳を握り、驚く結衣に向かって拳を繰り出す。
「そうはさせん!」
そう叫び、結衣と石蛇女の間に入った朔夜であったが、ズドンと言う音と共に、まるでハンマーで殴られたような一撃に苦悶の声を上げる。
「面白い! 邪魔をするなら、どこまで耐えれるか試してやる!!」
石蛇女はそう叫ぶと、両手で次々と朔夜の胴に重い音を立てながら打撃を放つ。
朔夜も妖力を注ぎ白銀の鱗で身を護るのだが、段々と押されていく。
「離れろにゃーっ!」
そんな中、そらが石蛇女の背中から両手の爪を伸ばし斬りかかる……しかし、パキンと音を立て、爪は折れてしまう。
「つ、爪が……ボロボロにゃ!」
石となり硬質化した石蛇女の肉体に、生半可な斬撃は通じない……パートナーである
こうなれば、残すは最大火力で叩き斬る……そう判断した結衣は、霊力を炎に変え、式神の唐傘お化けを刀に見立て燃え上がらせた。
ありったけの霊力を注ぎ込み、結衣の手にした唐傘お化けの全長を遥かに超える炎が刃を模る。
「朔夜さん、もういい。もう大丈夫……行くよ、石蛇女」
結衣はそう告げると、攻撃を受ける盾となってくれた朔夜を下がらせる。
そして自らが前に立ち、石蛇女と正面から向かい合う。
「芦屋結衣……烏天狗の仇。ここで倒す」
「石蛇女……こっちこそ新田を、秋葉原の人たちを、元に戻して貰うよ!」
結衣と石蛇女は同時に走り出し、今度はリーチの差で結衣の一撃が先に石蛇女を斬る。
「炎の剣っ!!」
結衣の一撃が斜めに振り下ろされる……だがその刃は、胸を半分斬り裂いたところで止まってしまう。
「残念だったねっ! 死ね、芦屋結衣!!」
同時にカウンターで石蛇女の拳が結衣の顔面にめり込む。
唐傘を手放し、吹き飛ばされる結衣。その衝撃で掛けていた眼鏡が飛んでいく。
「結衣!」
「結衣にゃん!」
朔夜とそらの悲鳴があがるなか……結衣に近付いて行った石蛇女が、無防備になった彼女の胸元を掴み引き起こす。
「念には念だ……お前も新田周平と同じく石になれ、芦屋結衣!」
そう言い、閉じていた両目を開き結衣を見る石蛇女……怪しげな光りが輝き、結衣の身体を包むのだったが、その瞬間、スカートのポケットが光り輝く。
「な、なん……」
驚き結衣を掴んでいた手を離す石蛇女。そしてその身体は、完全に石に変わっていた。
「結衣、大丈夫?」
「な、何があったのかにゃ!?」
驚く朔夜とそらの前で、血反吐を吐き出した結衣はポケットを探る。
そこには、以前新田から貰った石化反射の呪符があった。
「新田に、また助けて貰ったみたい……石になってもこれなんだから、もう!」
効果を失った呪符は、徐々にその文字が薄れていく。それを大事そうに胸元で抱きしめた結衣は、改めて石蛇女を視る。
眼鏡を外した結衣の赤い瞳は、視えざる物も視ることができる霊視の力を持つ。
その瞳に映る石蛇女は、妖力はおろか、生命力さえも完全に失っていた。
「……これで秋葉原の人たちの石化も解けるかな?」
「そのようじゃ……わらわの中の白が目覚めてきた」
朔夜の身体には二つの魂がある。一つは蛇女のあやかし、白蛇朔夜。もう一つは人間、
最初に石化された時、白の魂が被害を受けた代わりに朔夜は無事であった。
そして朔夜の中で、白の魂の石化が解けて行っていると告げる。
そんな時だ。頭上から一羽の烏が飛んできたのは。
それは石となった石蛇女の頭上をクルクルと旋回すると、その肩に止まる。
「そっか、迎えに来たんだね」
カァカァと鳴く烏に結衣はそう答えると、唐傘を引き抜き朱雀の翼を広げる。
「今、浄化してあげるから……そして再生して、今度こそ一緒に居るんだよ」
唐傘が剣に変わる。そして浄化の炎がその切っ先まで燃やす。
結衣は剣を両手で持ち、ゆっくりと振り上げると、雄叫びと共に振り下ろす。
「浄化の炎!」
その一撃は、石蛇女に触れると、触れた先から砂に変えていき……切っ先が地面に届いた時には、石蛇女の全身は砂となりサラサラと風に乗り舞っていった。
三本足の烏が砂と一緒に飛んでいく。今度こそ二人で幸せになって、そう願わざるを得ない結衣であった。
「結衣、テレポートだよ、テレポート! 転移術を使ってないのに、気付いたらアパートに居たんだって!」
アパートに帰ると、興奮したように新田が話しかけて来る。
それもそうだろう。彼の記憶の中では、ついさっきまでアキヨドカメラの前に居たはずなのだ。
それが、気が付けば自分のアパートに居る……驚かない訳がない。
「知らずに転移術、使ったんじゃないの?」
「いや、俺はまだ、そこまで術を使える訳じゃ……ひょっとして眠れる才能があったとかなのかな?」
結衣はニコニコと新田に返事をする。無意識で術を覚えたのではないかと思った新田は、転移術を使おうと呪を唱えるが、全て失敗に終わる。
「それにしても、夕食を一緒に取るのは良いんだけど……なんで白さんじゃなく朔夜様なんだ? 結衣、苦手にしてなかったか?」
一通り術の動きを試した新田は、キッチンへと向き直す。
そこではスパゲティが四人前茹でられており、フライパンではソースが暖められていた。
リビングでは、結衣とそら、そして朔夜が楽しそうにゲームをしていた。
「んー、そちの知らんところで結衣とは仲良くしておってだな……妬けるか?」
「そらも朔夜とは仲良しさんなんだにゃ!」
朔夜とそらの答えに、妬きはしませんけど……と不思議な顔をする新田。
ただ自分だけ仲間外れにされた感があって、少し寂しいのだ。
「乙女の秘密を探るなんて……きゃー、新田のえっちー!」
「えっち、ってお前!」
結衣の言葉に、新田は流石にげんこつを落としに向かう……ちゃんとコンロの火は消しているところが彼らしい。
だが、げんこつを落とされようとも、結衣は今日のことを新田には話さなかった。
三人仲良くなった乙女の秘密、なのだから。