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第十九夜 輪入道

第十九夜 輪入道(その一)

●第十九夜 輪入道(その一)

 某日深夜。東京都内、首都高速道路湾岸線……あやかし融資・保証の『千紙屋せんがみや』に所属する新田 周平あらた・しゅうへいは、助手席に相棒である芦屋 結衣あしや・ゆいを乗せ、改造したスポーツカーで左車線を流していた。

「これで何往復目だっけ?」

 車内を照らす街灯の灯りが、結衣の掛けた黄色いレンズのサングラスに反射する。

 赤いセーラー服の彼女は、身体を包む窮屈なバケットシートの上で小さなお尻をもぞもぞと動かし、少しでも楽な姿勢を取ろうとポジションを探る。

「三往復目かな……? 一度下道に降りて、給油するか」

 丁度来た出口に新田はウィンカーを出し、首都高をゆっくりと降りる。

 そして最寄りのガソリンスタンドで給油を済ますと、コンビニに入りコーヒーを二つ注文した。

「今回の債務者……輪入道の輪車 入道わぐるま・いりみちは、借りた金で車を改造して夜な夜な首都高を走っている。タレコミによれば、今夜は湾岸線に出没するとのことだったが……空振りか」

 パキっとクリームが入ったポーションの蓋を割り、砂糖と共に注ぐと掻き混ぜ結衣に差し出す。

 自分は眠気覚ましも兼ねたブラックのコーヒーを啜りながら、ファイリングした資料を取り出す。

 そこにはSNSに投稿された走り屋グループの投稿が印刷されており、その中に居る輪車の姿と彼の車に赤い丸で印が付けられていた。

「支払いは踏み倒して住所はもぬけの殻。手掛かりはSNSの投稿だけ……見付けられなきゃ、骨折り損のくたびれ儲けだねー」

 甘いコーヒーをずずずと音を立てて飲み込むと、結衣ははぁーっと深いため息を漏らす。


 元々あやかしは身分も保証もない。なので、千紙屋で能力や権能と引き換えに金や保証を得る。

 それを元手に働き、返済をして能力を取り戻しながら東京の街に溶け込むのだが……この街は誘惑が多い。

 輪車は輪入道のあやかしと言うこともあり、走ることが好きであった。

 だが、その能力を対価に人間社会に紛れた時、彼は走ることが出来なくなった。

 そんな時に輪車が出会ったのが自動車、それもスポーツカーであった。

 輪車はその魅力に取りつかれ、自分の能力を最大まで預け入れることにより大金を手にする。

 それで一台のスポーツカーを購入し、改造に改造を重ねて気が付けば首都高でも有数の走り屋となっていた。

 しかし、そんな生活は長くは続かない……スポーツカーは兎に角維持費が掛かる。金喰い虫と言ってもいい。

 燃料、タイヤ、ブレーキなどの消耗品だけでも月の収入の殆どが飛んでいく。

 そんな状態で千紙屋への返済が出来る訳もなく、支払いは滞り延滞利息が膨らんでいった。

 あやかしに自己破産などはない。千紙屋の社長、平将門たいらのまさかどが東京を守護する神の一柱だと言っても、その本質は荒神……債務者が悪質だと判断されれば価値ある物を取りたてるだけ。

 仏の顔も三度までと言う訳ではないが、神も無礼を働けば怒るのだ。

 そして輪車は、将門を怒らせた。故に新田と結衣が深夜の首都高に、輪車の愛車を差し押さえするために現れたのだ。


 コーヒーを飲み干した新田は店内に飾られていた時計を見る。

 時計の針は三時を指そうかと言う頃。戻るならもう一往復は出来そうだ。

「結衣。コーヒーを飲み終えたら出発するぞ。トイレも済ませとけよ?」

「もう、デリカシーが無いって言われてない? ……ちょっと行って来る。車で待ってて」

 コーヒーを飲んだことで尿意を感じたのか、結衣はそう言うとコンビニのイートインを出て店の奥にあるトイレへと姿を消す。

 やれやれと呟いた新田は、結衣が飲み終えたカップと自分のカップをゴミ箱に捨てると、コンビニを出て車へと乗り込む。

 ロールゲージに包まれた狭い車内。固定されたバケットシートに尻を滑らせ、四点式のシートベルトをしっかりと締める。

 キーを回しエンジンを目覚めさせると、ブォン! と言う轟音が静かな夜空に響き渡った。

 新田がドドドとアイドリングの重低音が車内に伝わるのを感じていると、結衣がお尻を向けて助手席に乗り込んで来る。

「ろーるげーじ? だっけ? これって乗り降り不便だよねー」

 スカートの裾を直しながらそう告げると、シートベルトをしっかり締める結衣。

 結衣が普段仕事で乗る社用車は、車内が広いミニバンの助手席だからか、ただでさえ狭いのにそれを囲むようにパイプを走らせたスポーツカーは狭くて狭くて堪らないと言った様子であった。

「そうだな、でもおかげで飛ばしても安心感がある。さて行くか」

 ギアをローに入れ、重たいクラッチを繋ぐとアクセルをゆっくりと踏む。

 新田たちは追跡者だ……いきなり飛ばしたりはしない。

 静かに牙を潜め、流れに乗り目標を探し、見つけた瞬間に襲い掛かる狼。

 だからこそその瞬間までは気配を隠すように一般車のフリをしなくてはならない。

 首都高湾岸線、西行きの高速入り口。車はETCゲートを潜り抜けると静かに本線に合流する。

「結衣、何を見てる?」

「んー、遊園地……今度一緒に行きたいなーって」

 新田も左を向けば、舞浜にある大型遊園地が見えた。

 今日はイベントで終夜営業なのか、眩しいぐらいに輝いている。

「騒がしい場所は苦手なんだけどな……」

「新田なら絶対ハマるよー? 夕方には帰りたくないって言ってるに、くまのぬいぐるみを賭ける!」

 そう力説する結衣に、ホントかーと返す新田。

 そんな時だ、後方から勢いよく駆け抜ける集団に遭遇したのは。

「新田! 今の車、輪車のナンバーと一緒!」

「よく気付いた結衣、行くぞ! しっかりと掴まってろ!!」

 結衣の声に新田はギアを一つ落とすと、アクセルを床まで踏み込む。

 途端に先程までの大人しさは消え、エンジンは唸るような咆哮を上げた。

「キャッ!?」

 全力で走り出したスポーツカーの加速度に、シートに押し付けられた結衣は軽く悲鳴を上げる。

 だが新田はそんな彼女を気遣う余裕はなく、全速力で集団に追いつけとハンドルを切り、アクセルを踏んだ。


 集団の最後方に居たスポーツカーの運転手の男は、後方から追いかけて来る新田たちの車を見つけると、ハンズフリーにし、グループ通話に設定していたスマートフォンに向けて叫ぶように報告する。

「おい、挑戦者だ……! 抜かれた奴はレースから降りろ!」

 パッシングして来る新田に、男はハザードで答えるとアクセルを更に踏み込む。

 同時に隊列は加速し、スピードメーターの針は時速二百キロを指してもなお回ろうとする。

 だが、後方の車は小さくなるどころか、バックミラーに迫るぐらいに大きくなる。

「楽しくなってきた!」

 男はそう言うと、遅れだした仲間をパスしつつ隊列の前方へと出ようとする。

 既に時速二五〇キロは出ており、周囲を走る一般車は止まって見える。

「新田! こんなに飛ばして、警察は大丈夫なの!?」

 一方、隊列を追いかける新田たちはと言うと、甲高く鳴り響くエンジンからの叫びに負けないよう、結衣は新田に向け大声を上げる。

「大丈夫だ! 今日は朝の五時まで警察は動かないようにして貰っている!」

 ハンドルを握りながらそう答える新田に、結衣は呆れつつ返事をする。

「また将門社長の伝手!? 前は都庁だったし、どんだけ顔が広いのよ!?」

「神様だからな、この街にはあやかしも居るし、警察にも都庁にも、多分政府にも専門の部署とかがあるんだろ!」

 新田もエンジン音に負けないよう叫びながら、手早くアクセルやブレーキを操作しつつ、パイロンのような一般車の群れを交わしていく。

「そう言えば新田! やけに自信持って運転してるけど、レースのライセンスとか持ってたっけ!?」

 常識を超える違法な速度で首都高を走り抜ける光景に、結衣はふと新田に尋ねる。

 そんな結衣に新田は自信満々で答えた。

「任せとけ! 首都高はゲームで走り慣れてる!!」

 その言葉に結衣はハァッ!? と言う表情を浮かべると、降ろしてーと叫び出す。

「そんなに信用無いか……まあ大丈夫だ、白虎の力を使ってるからな!!」

「……白虎の!?」

 不信がる結衣に、新田はホルダーに指したスマートフォンを……正確には石灯籠のストラップ、式神の古籠火と共にぶら下がっている象牙に見える牙を指差す。

 結衣が眼鏡をズラし、赤い瞳に宿る霊視の力で白虎の牙を視ると、そこから霊気が溢れ二人が乗るスポーツカーの車体を覆っていた。

「こっちは素人だからな! ズルをしても許されるだろ!!」

 西の大道を守護する白虎。その力を使い、新田はドライビングをアシストして貰っていた。

 結衣が感心の声を上げるなか、新田はギアをトップに入れると先頭集団へと斬り込んでいくのであった。

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