首都高湾岸線を舞台に、最高速バトルは続く。
先頭を走る輪入道のあやかし……
「半数が脱落したか……なかなかやるな。だがここからは最高速が物を言う。ついて来れるかな?」
輪車の意思に答えるかのように、車は最高速を目指して加速していく。
空気の抵抗が壁になるが、それを洗練された空力パーツで斬り裂き、ゆっくりと速度は伸びる。
時速二六〇……二七〇……三〇〇キロの大台を目指して加速は止まらない。
「くっ、速いな……」
「新田、追いつけるの?」
輪車を追いかける
「スリップストリームだ。引っ張って貰うぞ!」
前車が生み出す気流の隙間に入った新田たちのスポーツカーは、空気の壁を無視することでエンジンに加速する余力を生み出す。
そして素早く車線を変更し、その余ったパワーを全開にすることで前の車をオーバーテイクした。
「やった! 新田、一台抜いたよ!!」
「まだまだ、先は長いぞ!」
車体下部のマフラーから轟音を奏でつつ、スポーツカーの集団が湾岸線を走り抜ける。
新田がチラリとメーターを見ると、スピードメーターは時速二八〇キロを指していた。
「このまま行けば三〇〇キロまで届くか……なんて改造をしてるんだ、輪車の奴は!」
輪入道として走れなくなったからか、それともスピードに憑りつかれたのか、先頭を行く輪車の加速は衰えを知らない。
幾ら白虎のサポートがあるとは言え、超高速域のドライビングはゲームでしか時速三〇〇キロの世界に触れていない新田の神経に負担をかける。
「早いとこ追いついて、捕まえないとこっちが先に参っちまう」
オレンジ色の水銀灯で照らされたトンネルを抜ければ、時速三〇〇キロの大台が近付いてくる。
この速度域に達すると、止まって見えていた一般車はこちらに突っ込んで来るように見えた。
「……!」
ゲームでは味わうことが出来ないリアルな光景に、結衣は言葉を無くすとギュッとシートベルトを握りしめる。
ここまで来たら自分に出来ることはない……後は新田を信じるだけ。
ヘッドライトの光が闇夜を斬り裂き、テールランプが踊るように煌めく。
一列になった隊列は右に左にとまるで一つの生き物のように動く。
だがそれも僅かな時間……一斉に横へ広がったスポーツカーたちは、各々が最高速度を刻むべく全力で加速する。
「勝負って訳か……行くぞっ!」
新田も前方を走る車と車の隙間に自車の鼻先を無理やりねじ込むと、アクセルペダルを全開にする。
タコメーターの針はレッドゾーンに迫り、限界を超えるべくエンジンは悲鳴のような音色を奏でる。
時速二九〇キロ……エンジンが限界を迎えたか、空気の壁に負けたか、はたまた一般車に道を塞がれたか、最高速チャレンジの資格を失った者たちが次々と脱落していく。
時速二九五キロ……残された車たちが横一線に車は並ぶ。
六、七、八……ゆっくりと、だが確実に速度は上がっていく。
そして……スピードメーターの針が時速三〇〇キロを指し示した。
限界に達したのか、隊列は次々と脱落し残すは新田たちと輪車だけになった。
新田は輪車の真横に車を並べると、さらにアクセルを踏み続ける。
ここからはどちらかが壊れるまで、限界への挑戦。
輪車を逃がす訳にはいかない新田たちは、彼に負けを認めさせるために前に出ようとする。
スピードは何時しか時速三〇〇キロを超え、三二〇キロに達しようとしていた。
二台のスポーツカーは並走しつつ、どちらも一歩も譲らないと意地を張り合う。
スピードの果てで視野狭窄になりかける視界の先、一台のトラックが別のトラックを追い越そうと車線を変える。
二車線が塞がれ、通れるのは一台のみ……それでも輪車も、そして新田もアクセルを緩めない。
ホイール同士が接触し合うようなサイド・バイ・サイドでの超高速域でのバトルに思わず新田が叫ぶ。
「退け、輪車!」
輪車には聞こえる訳がないその叫び。だが、それが届いたのかスッと速度を落とした輪車が新田の後ろに着く。
そしてトラックの横を通り抜け、二台のスポーツカーはゆっくりと減速すると大黒パーキングエリアに入った。
隣り合い停車すると、止まるのももどかしいと輪車が愛車から飛び出して来る。
「あんたたち、凄いじゃないか! 何処のチームなんだ?」
運転席の新田に話しかける輪車に、新田は結衣と顔を合わせると窓を開ける。
「俺たちは千紙屋だ……輪車入道、お前の車を差し押さえする」
千紙屋、その言葉に驚いた輪車は、慌てて自分の車へ駆け戻る。
「しまった!」
「新田、あいつ逃げるよ!」
車内に戻った輪車は、シートベルトを締めるのもそこそこにギアをローに入れるとアクセルを踏み込む。
荒く踏まれたアクセルによってリアタイアはホイールスピンを起こし、車体を踊らせながら輪車のスポーツカーは高速に戻ろうとする。
「行かせるか! 結衣、行くぞ!!」
新田もギアを繋ぐとアクセルを踏み、タイヤから白煙を上げつつ輪車を追走する。
「くそっ! 千紙屋が走り屋だなんて、聞いてないぞ!」
輪車は一般車をスラロームするように交わし、新田から逃げようとする。
だが、バックミラーに映る新田たちのスポーツカーは、見るたびに大きくなってきた。
「浮島ジャンクション……こうなったら、一か八かだ!」
川崎浮島ジャンクションに辿り着いた輪車は、車線を一気に跨いで分岐へと突入する。
左へ、右へ、そしてさらに右へと狭いランプウェイを駆け抜け、東京湾アクアライン……東京湾を横断する東京湾アクアトンネルへと針路を取った輪車は、最高速まで加速を始めた。
「この車は渡さない……逃げ切ってやるぞ、千紙屋!」
アクアトンネルは海底トンネルである。海ほたるまで一直線であり、トンネルなので横風の影響もない。
「新田、逃げられちゃうよ!」
「わかってる! 走れ、走れっ!!」
離されまいと必死にアクセルを踏み込む新田に、結衣が声を上げる。
この件に対応するため『千紙屋』の社長、
だが、輪車の必死の思いが込められたのか、それとも先程のバトルでエンジンが疲れたのか、最高速へと加速していくのは輪車の方が早かった。
「……こうなったら、結衣! 炎の矢だ、タイヤを撃ち抜け!!」
「えっ!? そんなことしていいの? 車両の回収が目的でしょ!?」
運転しながらそう叫ぶ新田の発言に、結衣は困惑の表情を浮かべる。
「回収出来なければ、奴の借金が減らないだけだ! 将門社長からも許可は取ってある!!」
そう言われ、結衣は足元に置いた鞄の中から折り畳み傘を取り出す。
それは彼女の式神である唐傘お化けが姿を変えた存在……結衣はシートベルトのバックルを外すと、窓を開け身体を半分外へと乗り出す。
「新田! 真っ直ぐ走らせてよ!!」
「わかってる!!」
ハンドルをしっかり固定した新田の姿に頷いた結衣は、手にした唐傘お化けに、彼女の身に宿る朱雀の力を流し込み炎の弓矢を作り出す。
「炎の……矢っ!」
結衣がそう叫ぶのと同時に、まるでミサイルのように尾から炎を吐きだしながら火の矢が射られ、輪車の愛車の右後輪を撃ち抜く。
パァンと言うタイヤが破裂する音が響く。
同時に車体が斜めになり、路面に擦れ火花を上げる。
「くっ、このっ!」
運転性の輪車は、必死に暴れる車を立て直そうとハンドルを操作するが……その甲斐も無く、車体はトンネルの壁に左側面を擦り付ける。
ガガガと嫌な音がトンネル内に木霊し、輪車の愛車はボロボロの姿で停車した。
「よし、今度こそ身柄を抑えるぞ」
停止した輪車のスポーツカーの前に、自分たちの車を停めた新田はハザードランプを点けると、エンジンは掛けたまま車から降りる。
結衣も新田に続いて車から降り、シートでガックリと項垂れる輪車の元へと向かう。
「輪車入道! 改めて言う、千紙屋だ! 大人しく従って貰うぞ!」
新田は運転席の窓を叩きそう言うと、ドアノブをガチャガチャとさせながら開けようと引くのだが……鍵が掛かっているのか開かない。
「このっ! 開けろ、開けないと窓を割るぞ!!」
ドンドンと窓を叩くが、車内の輪車は無反応……いや、笑っている様子であった。
「何が可笑しい!? 結衣、窓を割ってくれ!!」
「了解だよ、新田はどいてて!」
結衣の唐傘お化けは、朱雀の霊力を通すと剣や弓に、結衣の霊力だけなら打撃武器として使うことが出来た。
今回は窓を割るだけなので、結衣の霊力だけで唐傘を強化し窓に振り下ろすのだが……その一撃はバリアーのような壁で防がれる。
「何っ!?」
新田と結衣が同時に叫ぶ……そしてその視線の先では、輪車が二人を嘲るような笑みで声を発した。
「俺がただチューンドカーを作ったと思っていたのか? ……残り少ない権能を分けて作ったこの車は、言わばもう一人の俺! 輪入道様のお通りだっ!!」
そう告げると、破裂した筈のタイヤが……いや、残るタイヤも全て炎に包まれる。
傷付いたボディからはオイルの代わりに炎を吹き出し、エンジン音が高らかに鳴り響く。
「結衣、車に戻れ!」
今にも走り出しそうな輪車のスポーツカー……いや、輪入道の付喪神は、新田たちを蹴散らすように追い払うとアクアトンネルを駆け出した。
「大丈夫か、結衣!?」
「う、うん……それより、輪入道に追いつける?」
尻餅をついた結衣は、新田に起こされながらスポーツカーの助手席へと戻る。
だがこの車は二度目のバトルでは全力を出せなかった。対する輪入道はあやかしの力を使う……追いつけるのか、不安に思うのも仕方ないだろう。
しかし、新田には秘策があった。スポーツカーに対するにはスポーツカーを。
ならば、あやかしに対するにはあやかしを……ホルダーにスマートフォンをを突き差すと、新田は白虎の牙に霊力を注ぐ。
「大道を走りし白虎よ……我に力を貸したまへ!!」
その時、虎の咆哮がアクアトンネルを……前を走る輪入道に向けて響いたのであった。