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第十九夜 輪入道(その三)

●第十九夜 輪入道(その三)

 虎の……白虎の唸り声と共に路肩に停めてあったスポーツカーが動き出す。

 ハンドルを握る『千紙屋』の新田周平あらた・しゅうへいは、助手席に乗る芦屋結衣あしや・ゆいにシートベルトをしっかりと締めるよう伝えた。

「ここからはあやかし同士のバトルになる……荒っぽくなるぞ!」

「う、うん! わかった!!」

 そう返事をする結衣は、先程お手洗いを済ませておいて良かったと内心で感謝する。

 何しろ、スポーツカーの動きが先程までとは全く違うのだ……車の形をした獣に乗っていると言っても過言ではない。

 道を塞ぐかのように前を走る一般車を斜めになりながら追い抜き、それでいてスピードはぐんぐんと上がっていく。

 結衣がちらりとスピードメーターを横目で見れば、その針は時速三〇〇キロを指そうかとしていた。

「見えた!」

 輪入道のあやかし……輪車入道わぐるま・いりみちが操る炎のスポーツカーを見つけた新田と結衣は同時に声を上げる。

 一般車を威圧し、道を開けさせながら走るあやかしのスポーツカーに、宣戦布告とばかりにヘッドライトを何度もパッシングする新田。

「追いつて来たか……さあ、つぶし合いだ!」

 バックミラーを確認した輪車は、ハンドルを右に切ると車体を横に振る。

「ぶつけようとしてきやがった……そっちがその気なら、行くぞ白虎!」

 ギリギリでブレーキを踏み、輪車の体当たりを交わす新田。

 輪車が突っ込んで来た側に座る助手席の結衣は、驚きで思わず声を失う。

「び、びっくりした……」

「これくらいは序の口だ! 次はこっちから仕掛けるぞ!!」

 荒く呼吸をしながら声を漏らした結衣に、新田が次はこちらからぶつけに行くと告げる。

「ちょっと、危ないことは……きゃっ!?」

 結衣の制止も聞かず、新田は操るスポーツカーを輪車から左に車線をズラすと擦り付けるように追い抜く。

 ミラーとミラーが接触し、縺れるように脱落していく。新田はそのまま前に出ると、ブレーキを一気に踏み込んだ。

「そう来たか!!」

 強引に減速させようとする新田の行動に、輪車は逆にアクセルを踏み込む。

 ブレーキランプが間近に迫る……そして後ろから押し出すように接触させた。

「くっ、白虎、立て直せ!」

 スピンしそうになる車体、暴れるハンドルを左右に切りながら、新田は白虎に立て直すように命じる。

 それに答えるように咆哮が響くと、後輪がアスファルトを掴み一気に加速した。

「これで終わりじゃないぜ……輪入道らしく、あの世に送ってやる!」

 ペロリと唇を舌で濡らした輪車は、アクセルを踏むと前を行く新田たちのスポーツカーのテールに何度も接触する。

 ゴン、ゴンと後ろから押されるスポーツカー。新田は必死にハンドルを操作し、アクセルを踏み堪える。

 一瞬でも気を抜けば、トンネルの壁と衝突してしまう……情熱的なキスは、気を失うぐらいとても刺激的だろう。

「そんなキスはまっぴらごめんだ! あの世に行くなら一人で逝け!!」

 新田は左側の車線に移動すると、勢い余って前に出た輪入道をコンクリートの壁と新田が運転するスポーツカーの車体で挟み込む。

 だが、輪車のスポーツカーはあやかしの妖力が宿った車……新田が放った決死の拘束から逃れようと、車と壁が擦れるガリガリと言う嫌な音を響かせながら加速する。

「抜け出すつもりか!? 白虎、耐えろ!!」

 新田と輪車、どちらもあやかしをスポーツカーに宿らせ走らせている。

 霊的な格で言えば神獣である白虎が圧倒的に上……しかし、部品一つ一つに己の力を注ぎ込んで来た輪車の方が、付喪神としての完成度は上。

 そして、その真の姿を現す時が来た。

「……よく戦ってくれたな。お疲れさん……ここからは、本当の姿で走ろうか」

 愛車に別れを告げる輪車……それに応えるかのようにクラクションが鳴り響くと、彼が乗っているスポーツカーの姿が変わる。

 あやかし、輪入道……炎を纏った車輪の姿をしたあやかしが、跳ねるようにアクアトンネルを走り出す。


 あやかしとしての真の姿を現した輪入道に対し、新田は結衣に呼びかける。

 スポーツカー同士のバトルでなくなった以上、手段は選んでいられない。

「結衣! 炎の矢で輪入道を倒せ! このままじゃ一般車に被害が出る!!」

 輪入道は炎に包まれた車輪のあやかしであり、その姿を見た人間の魂を抜くと言われている。

 その能力は『千紙屋』に質入れしてある筈だったのだが……スポーツカーに魂と妖力を注ぐことで付喪神化し、それと一体になることであやかしとしての力を取り戻していた。

「わかった! 任せて!!」

 結衣はそう新田に答えると、パワーウィンドウのスイッチを操作し窓を開け、シートベルトのバックルを外す。

 そしてよいっしょと声を上げると、吹き込む風のなか窓を下ろしたドアの上にお尻を乗せた。

「ちょっと、こっち見ないでよね!」

「見てない! 見る余裕なんてない!!」

 赤いセーラー服のミニスカートをバタバタと風で揺らしながら、結衣は新田に叫ぶ。

 と言っても、彼女の上半身は車外にあるので、本当に見られていないのかは分からないのだが……まあ、信じることにした。

 スポーツカーの車体を包む白虎の加護のおかげか、時速三〇〇キロで身体を窓から乗り出す、所謂箱乗りの姿勢になりながらも、結衣に恐怖心は襲って来ない。

「凄い、怖くない……これなら!」

 そう呟くと、結衣は式神の唐傘お化けに朱雀の霊気を通し、炎の弓に変化させる。

そして弦を引き、生み出した炎の矢を、前方を走る輪入道に向かい解き放つ。

「外した!? いや、迎撃された!!」

 輪入道に向け結衣が放った炎の矢は、輪入道が炎を飛ばしたことで迎撃される。

 それなら、と結衣は一射ごとに角度を変え、次々と炎の矢を放つ。

 結衣の炎の矢は誘導機能のような能力が付与されている。彼女が狙いたいと思った場所に当たる、そう言った能力があるため、左右から輪入道の側面を撃つ、なんてことも可能であった。

「それそれー! 当たれーっ!!」

 次々と輪入道の側面に命中する炎の矢。ぐらぐらと揺れるが……やがて回転に吸収されブレは収まってしまう。

「あれ、倒れない!?」

「結衣、ジャイロ効果って奴だ! 走ってる輪入道は回転の生む力で転ばない!!」

 ハンドルを握りながら、驚く結衣へ声を上げる新田。

 今の輪入道は揺さぶろうとしても、安定しようとする回転力が勝れば吸収してしまう。

「なら、一方に当て続ければ……っ!」

 結衣は、炎の矢を輪入道の左側面に集中させて放つ。

 一射されるごとにブレる回転は、二射、三射と重ねるごとに大きくなる。

「倒れろぉぉっ!!」

 輪入道の身体はどんどん斜めになっていく。結衣が叫ぶのと合わせて、限界を超えた輪入道は真横になり路面を滑る。

「止まるぞ、掴まれ!!」

「きゃっ!?」

 輪入道の真後ろを追走していた新田がぶつからないように急ブレーキを踏む。

 吹き飛ばされそうになりながら、結衣はしっかりとスポーツカーの天井に掴まる。

「もう、飛んじゃうかと思ったじゃない!」

 停車したスポーツカーの車体から箱乗りしていた結衣がまず飛び出すと、続いて新田がシートベルトを外して降車する。

「悪い悪い、だがぶつかる訳にはいかなかったからな……さあ輪入道、御用だ!」

 スポーツカーに宿らせていた白虎を実体化させると、輪入道の身体を踏みつけさせる。

 反対側には唐傘を構えた結衣……輪入道に逃げ場はなかった。

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