●第二十夜 半魚人(その二)
首都高速、都心環状線を一台のスポーツカーがエンジン音を響かせ駆け抜ける。
「新田、この車って……」
「あぁ、輪入道の車だな」
運転席でハンドルを握る
現場となった海ほたるに急ぐ必要があり、また車も襲われる可能性を考えた
二人が乗るスポーツカーは一般車を追い抜きながら、首都高一号線に乗り換えて、次は湾岸線へと入る。
「シートベルトは……ちゃんと締めてるな。飛ばすぞ!」
新田は横目で結衣の様子を確認すると、一気にアクセルを踏み込む。
時速三〇〇キロを目指してスピードメーターが踊るように走る光景に、結衣は息を飲み込む。
「前もそうだったけど、ジェットコースターより迫力あるよね……」
「レールがないからな! だけどこの車は凄いよ、飛ばしても安心感がある!」
結衣がそう呟くと、新田は前方を見つめながら彼女に答える。
ブレーキを踏み、シフトダウンするとググッとスポーツカーは減速する。そして川崎浮島ジャンクションの狭いランプウェイをオーバースピード気味で曲がると、東京湾アクアラインに合流した。
「海ほたるまで十二キロ、この調子なら三分で着くな」
「急ぐのは分かるけど……あんまり飛ばさないでよ?」
ちょっと楽しそうに告げた新田に結衣が注意すると、分かってるよと彼は返す。
ほんとーに分ってるの? と問いかけようとしたところで、新田は急ブレーキを掛けた。
「ちょ……なに?」
スポーツカーの車体を横にして止めた新田。その視線を追いかけた結衣も、驚く彼の表情の意味が分かった。
……そこには、魚の身体に人間の手足が生えた、半魚人が群れを成して居たのだ。
海底トンネルを塞ぐように現れた半魚人たち。ここを突破しないと海ほたるへは行けない。
新田と結衣は車を降りると、新田はスマートフォンのストラップに化けた石灯籠のあやかし、古籠火を。結衣はと言うと折り畳み傘に化けたあやかし、唐傘お化け。それぞれの式神を実体化させる。
「結衣、強引に突破するぞ! 古籠火っ!!」
新田の命にて石灯籠の明かりから炎を吹き出す古籠火。その支援を受けながら唐傘お化けの足を握った結衣がアクアトンネルを駆ける。
「それそれっ! 焼きと叩き、どっちがいい!?」
半魚人に向かい唐傘お化けをフルスイングする結衣。吹き飛ばされた半魚人が壁にめり込む。
「新田、一体一体は大したことないね!」
「あぁ! だが数が厄介だ……油断するなよ!」
結衣の言葉に、新田も手応え……いや、焼き応えを感じながら返す。
確かにこれまでのあやかしに比べ、一体一体の強さはそうでもない。
これまでの戦いや修行を通して新田たちが強くなったこともあるが、それでも二人の一振りで倒せる弱さ。
だが、こう言う群体生物の強さは群れで襲い掛かること……それを知ってる新田は、結衣に油断するなと声を掛けた。
「わかってる! でも、早く助けに行かないと!!」
「こら、結衣! 待てっ!!」
じれったいと唐傘お化けを振り回しながら、結衣は海ほたるパーキングエリアに続くランプウェイを駆けだす。
仕方ないとため息を漏らしながら、新田も火炎放射で後続を断ちながら結衣に続いた。
新田と結衣の二人は、立ち塞がる半魚人を蹴散らしながら、一階にある駐車場を駆け抜けると中央にあるエスカレーターへと向かう。
海ほたるパーキングエリアは五階建ての建物が建つ人工島……各フロアを探索し半魚人を倒しながら、生き残りの人たちを探さねばならない。
「駐車場はどうする、調べる?」
「……車の中は比較的安全だろう。半魚人がいなければスルーしていいと思う」
新田たちは車から引き摺り出された被害者のことは知らない。だから、彼は隠れる場所としては車の中は比較的安全だろうと予測する。
それでも車に群がっている半魚人が居れば、それは襲われていると言うことだから助けに行く……そう告げると、結衣もうんと頷く。
幸い、一階には走りながら見回した限り、半魚人が群がっている車は無かった。
であれば、次に探すのは一階のトイレだ。
「新田は入っちゃダメ! 男子トイレを調べて!」
「この非常時に……襲われても知らないぞ?」
トイレに続く入り口。結衣は、女子トイレは自分が調べると新田に告げる。
非常時だと分かっているが、結衣はなんとなく新田が女子トイレに立ち入る姿は見たくなかった。
「何かあれば大声上げるから!」
「ちょっ、結衣!」
引き留めようとする新田を置いて、結衣は奥に位置する女子トイレへと駆けこむ。
その姿を見送ってから、新田は今日何度目かのため息を漏らすと、男子トイレへと古籠火を構えながら侵入する。
鏡が並ぶ手洗いは誰も居ない。ふぅとため息を漏らした新田は、小便器と個室が並ぶ奥へとゆっくりと、足音を殺して近づいていく。
「……誰か、居ませんか?」
開いている個室を一つ一つ確認しながらぐるっと一周するが、幸いと言うべきか誰もトイレでは襲われなかったようで、半魚人の足跡はあるが被害者はいなかった。
「ふぅ……これを五階分繰り返すのか、神経キツイぞ」
逃げ場がないトイレで襲われたくはない。そう考えた新田は足早に男子トイレを出ると、隣の多機能トイレも確認する。
だがこちらも何もなく、安堵のため息だけが残る。
そうしている間に結衣も女子トイレの探索を終えたのか、トイレの入り口に戻って来ていた。
「結衣、そっちはどうだった?」
「うん。何もなかったよ……トイレに入るだけなのに、こんなに緊張するんだね」
だから言ったろ、と新田は結衣に告げる。一人で探索するのはここだけにしようと言うと、結衣も理解したのかコクリと首を縦に振った。
「それにしても、半魚人の足跡はあったが、一階には居なかったな……」
上階にはエレベーターとエスカレーターで行ける。だが、エレベーターを動かせば半魚人たちに気付かれる。
それを防ぐため新田はエスカレーターの前に立つのだが……ステップに足を乗せる前に、一階が無人であったことがふと気になった。
「一階に居た奴らがトンネルに来たとか? それか……考えたくないけど、上に何か集まる物があるとか」
その呟きに、結衣が自分の考えを告げる。楽観的な物と……悲観的な予測の二つを新田に話す。
半魚人が集まりそうな物……それはやはり人だろう。まさか観光のオブジェを背景に、SNS映えする写真を撮っているとかは考えられない。
もし悲観的な予測が当たっているのなら、その光景は結衣には見せたくないと思いつつ、新田はエスカレーターのステップに足を乗せた。
自動で動くエスカレーターは、緊張で無口になる二人を乗せて二階へと辿り着く。
まずはエスカレーターの最寄りにあるトイレから……探索の前に新田は、今度は一緒に行くぞと結衣に確認する。
「わかってる……仕方ないけど、非常時だもんね」
そう不満気に呟く結衣の頭を新田は撫でると、彼を先頭にトイレの探索を済ませる。
本来であれば近接役である結衣が前衛の方が良いのだが、見せたくない光景が広がっている可能性を考えると、大人で男な新田はつい前に出てしまっていた。
だが、二階のトイレも何もなく、三階も同じように何もなかった。そして二人は駐車場に出る。
そこでは駐車場をうろついている半魚人たちの姿があった。